2020.1026

外部リソースを活用し1年次向けデータサイエンス教育を開始―香川大学

ニュース

この記事をシェア

  • クリップボードにコピーしました

3行でわかるこの記事のポイント

●「全学展開」「1年次からの履修」を基本方針として設計
●オリジナルコンテンツと外部リソースの組み合わせでスムーズな立ち上げ
●受講後に「興味・関心が高まった」「興味・関心を持った」学生が計95%

香川大学は2020年度から、全学的な数理・データサイエンス教育をスタートさせた。まずは、1年次必修の基礎リテラシー科目を開講した。教員作成のコンテンツと外部リソースを組み合わせたeラーニングのプログラムで学生の興味・関心を高めることに成功。次年度は大学が重視する危機管理とデータサイエンスとを組み合わせたステップアップ科目を同じく全学共通科目として開講すべく、準備を進めている。


●独自の「DRI教育」と政府によるデータサイエンス教育推進が合流

 香川大学は文部科学省が示した国立大学の3つの枠組みのうち、「地域のニーズに応える人材育成・研究を推進」を選択、この方針の下、新たな価値の創造を通じて地域活性化を担う人材を育成する「DRI教育」に力を入れている。「DRI」は同大学による造語で、それぞれデザイン思考(D)、リスクマネジメント(R)、インフォマティクス (I:数理・情報基礎)を表す。工学部を基盤として2018年度に新設された創造工学部が、先行的にDRI教育を推進している。
 これを全学に拡大する構想を練っているところに政府を挙げてのデータサイエンス教育推進の動きが活発化。そこで、2020年度から「 DRIイノベーター養成プログラム 」を特別教育プログラムとして全学展開する一方、このプログラム中、統計学、ビッグデータ、AIなどを扱う「Iコース」と連携しながら数理・データサイエンス教育も全学で実施することを決めた。地域に根を張ることと社会全体の変化を俯瞰することとの両軸で取り組む教育改革が、データサイエンス教育のスピーディな導入にもつながったわけだ。

●「情報リテラシー」を再編して1年次向けの基礎科目を開講

 データサイエンス教育の実践における香川大学の基本方針は「文系・理系にかかわらず全学で展開する」「1年次に基礎的なリテラシーを修得させる」ということだ。そこで、2012年度から1年次必修の全学共通科目として開講されていた「情報リテラシー」(2単位)を再編し、全ての1年生を対象とする基礎的な科目を立ち上げることにした。
 「情報リテラシー」のアプリケーションリテラシーに関する内容を「情報リテラシー A」(1単位)に移動。一方、情報セキュリティやデータ倫理に関する内容に、機械学習や実社会での活用事例などを加えた科目をデータサイエンス教育初級編の「情報リテラシー B」(1単位)にするという枠組みを決定した。
 コンテンツは、東京大学を幹事校とする「数理・データサイエンス教育強化拠点コンソーシアム」が策定したモデルカリキュラムの構成をふまえて設計。「文系・理系を問わずすべての学生が初級レベルの数理・データサイエンス・AIについて学ぶ」という同カリキュラムの基本的な考え方が、香川大学の基本方針と合致したからだ。
 前身の「情報リテラシー」は各学部の教員で構成する情報リテラシー実施部会で協議・調整し、学部ごとに担当教員を置いて開講していた。再編後の「情報リテラシーA」もその体制を引き継ぐ形で実施。一方の「情報リテラシーB」は全学共通教育を担当する大学教育基盤センターを主幹とし、情報リテラシー実施部会長の林敏浩創造工学部教授と同センターの藤澤修平特命助教が実質的な責任者となった。教育工学が専門の両氏が設計からeラーニングシステムの導入までを担い、科目担当教員も2人で務めた。
 「従来の大学にはない内容を扱うデータサイエンス教育にハードルの高さを感じる教員にも、(情報リテラシー実施部会長の)私が設計の中心になることによって従来の『情報リテラシー』の延長線上の科目になるという安心感を抱いてもらえたのではないか」と林教授。

●地元の身近な事例で興味を高めるコンテンツは自前で作成

 「情報リテラシー B」は全8週の科目だが時間割には組み込まず、各自のペースで都合のいい時間に学ぶ「時間外科目」に位置づけ、全てのコンテンツをオンデマンド型のeラーニングとした。教育、法、経済、医、創造工、農の全6学部の1年次(約1260人)に必修で課し、2020年度は第2クォーター(6~8月)に開講。
 「情報リテラシー B」の到達目標とコンテンツは下表の通り。

mokuhyo.jpg

contents.jpg

 コンテンツの整備にあたってはベネッセコーポレーションと共同研究契約を結び、学内で作成したものとベネッセが提供する「大学生向けeラーニングサービス」の「 AI・データサイエンスコンテンツ」とを組み合わせた。香川大学の独自性を出したいと考えた「第 1週 履修ガイダンス/データ・AIにおける心得」と「第2週 数理・データサイエンスを活用した地域活性」は、林教授の統括の下、藤澤特命助教や創造工学部の教員が教材を作成・提供。特に後者では自学の教員が手掛ける研究の中で、地元・香川の活性化につながっているデータサイエンスの活用事例を紹介している。
 林教授は「一人で学ぶeラーニングの継続にはモチベーションの維持が欠かせない。身近なコンテンツで興味がわき、事例に関わっている教員に直接話を聞きに行くこともできる、そんな内容をめざした」と説明する。
 一方、「 AI・データサイエンスコンテンツ」はデータサイエンス教育に必要な要素を網羅し、特に「マインドセット」カテゴリーは内容・レベルともに全学展開かつ1年次対象という「情報リテラシーB」の要件を満たしていた。そこで同カテゴリーを第3週~第8週に活用することを決めた。
 学内では、正規科目に学外のリソースを活用することに慎重な意見もあったが、林教授は「授業を肩代わりしてもらうわけではなく、我々自身が設定した目標の下で授業の一部として活用するという考え方だ。汎用的なコンテンツでは目標を達成できない部分はオリジナルにするし、目標の達成度を確認する課題も自前で作る」と説明。「コンテンツを全て内製したら時間や費用がどれくらいかかるだろうか」とも問いかけ、現実的・合理的な判断に着地させた。
 それによって人的、時間的な負担が大幅に軽減され、全体設計とオリジナルコンテンツの作成に注力し、納得がいくプログラムを作れたという。

●単位認定の要件は「全ての課題を期限までに提出」

 「情報リテラシーB」では毎回、講義コンテンツ視聴の後、教員が作成した課題を提示する。課題は選択式5問と200字程度の記述式1問で構成され、講義を真面目に聞けば回答できる内容だという。講義コンテンツに視聴期限はないが、各週の課題に提出期限が設定され、学生は受講ペースをある程度コントロールされる。提出が1度でも遅れると単位を与えないが、全課題を提出すれば成績の優劣はつけずに単位認定した。そこには「単なる知識・技能の教育ではなく、数理・データサイエンスを学ぶ意義を自分で考え、くじけず理解に努める学習姿勢を形成する」というねらいが反映されている。
 受講対象の約1260人中1割強の学生が単位修得に至らなかったが、これは同大学の他のeラーニング科目とほぼ同程度で想定の範囲内だという。一方で、6月中に全てのコンテンツを視聴して課題を出し終える学生も。さらに、「AI・データサイエンスコンテンツ」の中でも文系の学生にはややハードルが高いことから、任意受講の対象にしていた「数理統計」「コンピューティング」などを登録する学生も8%ほどいた。これらには文系・理系による差はなかったという。

●学生の授業満足度は82%

 「情報リテラシーB」に対する学生の評価を見るため、受講の前後にアンケートを実施した。受講後、講義について「満足」「やや満足」と答えた学生は計82%に上った。

manzokudo1.jpg

 受講前は「データサイエンスに興味・関心がある」と答えた学生が計50%強だったのに対し、受講後は、講義をきっかけに「興味・関心が高まった」「興味・関心を持った」が計約95%に。入門編としては十分な成果と受け止めている。

kekka_new.jpg
 この科目を通じて高まったデータサイエンスへの興味・関心の受け皿とすべく、林教授と藤澤特命助教は次年度の選択科目として開講する第2ステップの科目を設計中だ。データサイエンスを危機管理などの特定分野とかけ合わせた内容を構想している。
 次年度は「情報リテラシーB」も2年目となる。林教授は「新しい教育プログラムの立ち上げは基本設計をしてコンテンツをそろえるところまでが最も負担が大きい。学外リソースの活用によって初年度にそこをしっかり固めることができ、学生の反応も良かったので、次年度は担当教員1人でも回せるのではないか」と考えている。


オンデマンド型動画配信サービス「Udemy」の大学向けサービスの紹介はこちら
*関連記事
社会科学系の学生に求められる学びとは?-ベネッセセミナー<上>
社会科学系の学生に求められる学びとは?-ベネッセセミナー<下>
データサイエンス教育の実践例紹介~ベネッセがセミナー開催
『Between』特集:データサイエンスから考えるSociety 5.0の大学教育
全ての大学生にデータサイエンス教育を実施できる環境の整備へ―文科省