2024.0722

神奈川の13大学が推薦書を統一、高校の負担軽減のため全国への拡大をめざす

この記事をシェア

  • クリップボードにコピーしました

3行でわかるこの記事のポイント

●入試広報担当者の連絡会が高校の働き方改革への貢献として検討
●賛同した大学が推薦書を持ち寄り、項目ごとに要否を議論
●使い勝手や高校の要望をふまえて改訂する予定

神奈川県内の大学を中心とする13校が、2025年度入試から学校推薦型選抜の推薦書のフォーマットを統一した。記入する高校教員の負担を軽減することが目的で、要望を挙げ続けてきた高校側はこれを歓迎。統一を推進した大学グループは、このフォーマットの活用を全国の大学に広げたいと考えている。


推薦書作成の負担軽減について対応を求められてき

2025年度入試で推薦書の共通フォーマットを導入するのは、神奈川県内にキャンパスがある大学を中心とする以下の13校(20245月時点)。
桜美林大学、神奈川大学、神奈川工科大学、鎌倉女子大学、関東学院大学、産業能率大学、湘南工科大学、田園調布学園大学、桐蔭横浜大学、東京工芸大学、東洋英和女学院大学、横浜商科大学、横浜薬科大学

いずれも神奈川県大学入試広報連絡会の加盟校だ。同連絡会で推薦書フォーマット統一のワーキンググループ座長を務めた産業能率大学入試企画部企画課の渡邊道子課長に話を聞いた。

加盟大学の多くは以前から、高校訪問の時などに「大学間で推薦書を統一してほしい」との要望を受けていたという。「高校教員はとにかく忙しく、働き方改革が必要だという話の中で、提出先ごとに書き分けが必要な推薦書の作成も大きな負担になっていると、繰り返し聞かされた」と渡邊氏。 

「手書きではなくデータ入力を可能に」との要望も

連絡会が見直しに取り組むきっかけはコロナ禍だった。イベントの自粛で恒例の合同進学相談会を取りやめるなど、活動が停滞。一部の加盟校から、「複数の大学が連携する価値を発揮できる新しい取り組みを考えよう」との声が挙がった。「『せっかくなら高校の教育に貢献できることを』と考え、推薦書の見直しに着手することにした」と渡邊氏。教員の負担軽減は、本来の仕事である教育の充実につながると考えたのだ。

産業能率大学、鎌倉女子大学、関東学院大学が検討を提案し、20236月、11大学によるワーキンググループが発足。鎌倉女子大学の担当者が初代座長を務め、2024年度は渡邊氏が引き継いだ。

各大学が高校訪問の機会を利用して、関東・甲信越の高校約100校にあらためてヒアリングを実施。「フォーマットがバラバラだと作成の負担が大きい」「経験の浅い若手教員にとってはミスの原因になる」といった声を集約。推薦書の手書きを求められることに対しても、「WordExcelのフォーマットへのデータ入力が認められれば、修正の負担が軽減される」といった要望が出た。

文科省通知「学力の3要素をふまえた推薦理由の記載」に緩やかに対応

ワーキンググループでは参加校が自学の推薦書を持ち寄り、高校へのヒアリング結果もふまえて各項目について必要か否か、内容をどう改めるべきか検討した。

多くの大学が設けていた性別欄は、「時代の趨勢をふまえて」(渡邊氏)、なくすことを決定。
「性格に関する所見」についても、「大学入学者を受け入れるうえで必要なのか?」と疑問視する声が多く、入れないことに。
調査書の提出を課すにもかかわらず、内容の一部を推薦書に転記させるケースもあった。「高校の負担となるだけでなく、ミスを招きやすい」との理由で削除した。

推薦理由欄については「記入欄自体がない」「複数の欄に分けている」「箇条書きをさせる」「長文を課す」など、大学ごとの違いが特に大きく、さまざまな論点が出た。
学習面と活動面の記入欄を分けることについては、「切り分けが難しく、高校を悩ませる」との判断に着地。
文科省が「推薦理由は学力の3要素をふまえた記載を」との趣旨の通知を出しているため、3つの欄を別々に設けている大学もあった。これは大学にとっても記載の求め方が難しく、今回の議論の前から課題になっていたという。
そこで、「3要素を踏まえた記載」については緩やかなガイダンスにとどめ、高校ごとの判断、書き方を尊重することにした。

渡邊氏は「各記入欄にこだわりを持つ大学もあるが、多くの場合、かなり前に決まったフォーマットを何となく踏襲してきたということがわかった」と説明。「高校に負担をかけず、本当に必要な情報を得るには」という観点で考えると、おおむねスムーズに結論を出せたようだ。

基本項目以外は10行の推薦理由欄のみ

このような検討を経てワーキンググループが作成したたたき台は下図の通り。

suisen.png

志望学部・学科、推薦対象者の氏名以外は、10行の推薦理由欄のみというシンプルなフォーマットだ。推薦理由欄には「学力の三要素を踏まえた推薦理由等を記載してください」という注記を入れ、具体的な書き方は高校の判断に委ねている。

各大学はこのたたき台を持ち帰って学内に諮った。
産業能率大学の場合、推薦書の改訂権は入試委員会にあり、新しいフォーマットを示して報告することによって大学としての成案になった。

一方、教員の了承や学部間の意見調整を要する大学ではそれぞれの学内手続きがふまれた。結果的に初年度からの導入を見送った大学もあり、ワーキンググループに参加しなかった大学を含め13校でのスタートとなったが、たたき台の修正はどこからも求められなかった。

高校側のニーズをふまえ、共通フォーマットの運用ルールでは「ダウンロードしてデータ入力する運用を推奨」とし、手書きからのシフトを促した。

フォーマットの下部には、黒船をモチーフにしたロゴマークを掲載。「日本を開国に導いた黒船に、この推薦書が全国に広がることへの期待を込めた」(渡邊氏)。 

フォーマットの利用について、エリア内外から問い合わせ

同連絡会が「全国初」とアピールする「推薦書の統一」は複数のメディアで取り上げられ、地元内外の大学から反響があった。西日本の大学からは「自学でも使いたい」との要望を受けた。神奈川県内のある短大は、高校訪問で「貴学は参加しないの?」と聞かれ、参加について問い合わせてきた。
今回の取り組みに興味を持ちヒアリングを申し込んできた文科省には、渡邊氏らがフォーマットを示しながら経緯について説明した。

神奈川県大学入試広報連絡会は、加盟校の間でこの推薦書の活用校を増やす一方、全国の大学に広げることによって高校教員の負担軽減につなげたい考えだ。
「連絡会内では、2026年度入試からの参加を表明している大学をはじめ、全体として『使っていきたい』という機運になっている。入試担当部門が集まる組織は東京や関西など他のエリアにもあるので、そこに働きかけることも考えたい」と渡邊氏。「自学で一からフォーマットを作り直すのは大変だが、高校の要望を反映したものがすでにあり、複数の大学で使われていると言えば、学内を説得しやすいはずだ」。

 今回作ったフォーマットはあくまでも初版であり、多くの大学で活用してもらえるよう、使い勝手や高校の要望をふまえてブラッシュアップするという。「『ここがこうなっていたら自学でも使える』といった声は前向きに検討するので、ぜひ提案や要望を寄せてほしい」(渡邊氏)。

 同氏は「高校教員が推薦書を書く時間や精神的負担が軽減されれば、教材研究をしたり生徒と向き合ったりする時間や気持ちの余裕が生まれるはず。それは、私たち大学にとっても歓迎すべきことだ。日頃は競合関係にある大学同士が連携してスケールメリットを生み出し、高校教育に多少なりとも貢献できるのは大きな喜びだ」と、今回の取り組みを総括する。 

高校教員からは入試要項のフォーマット統一の要望も

推薦書のフォーマット統一について、高校教員にも話を聞いた。
神奈川県立百合丘高校の榎本一弘教諭は長年、進路指導に携わってきた経験をふまえ、①大学ごとにフォーマットが異なる、②大学によっては推薦理由の記入欄が細かく分かれ、長文による記述を求められる、という2つの困りごとを挙げる。
「フォーマットが違うと、観点を切り替えて書き分けなければいけないのでとても大変。若手の教員が困って相談してくることも多い」と話す。

大学の訪問を受けた時などは「われわれが責任を持って生徒を推薦していることを信用していただき、細々した記入欄は集約して減らしてほしい」と繰り返し伝えてきた。
今回、13大学がシンプルなフォーマットに統一したのは「大歓迎」と喜ぶ。「今後も年内入試受験者の増加は確実で、われわれが推薦書を書く機会も増える。神奈川だけでなく、全国の大学で統一フォーマットが広がってほしい」と期待を寄せる。

榎本教諭にはもう一つ、大学に求めていることがある。「推薦基準などを説明する入学者選抜要項のフォーマットを統一してほしい。英語外部検定の基準などもすべて1つの書類にまとまっていると助かるが、大学によっては『別紙参照』で他の書類から探す必要があるなど、複雑で確認するのが難しい。前年と基準が変わったことに気づかず推薦し、受理してもらえないといったトラブルが、毎年どこかの高校で起きていると聞く」。

榎本教諭は「この大学でぜひ学んでほしいと思うような生徒が些末なミスで入学できないというのは、高校、大学の双方にとって悲しむべきことだ。そんなミスを防ぐためにもぜひ、要項のフォーマットをシンプルにし、すべての大学で統一してほしい」と話す。

*紹介した推薦書フォーマットについての問い合わせは、下記まで
神奈川県大学入試広報連絡会
2024年度幹事校 神奈川工科大学 入試課
TEL 046-291-3000
Mail nys@kait.jp