"育てたい学生"を入学させるためのデータ分析と入試改革 千葉商科大学
学生募集・高大接続
2025.0630
学生募集・高大接続
3行でわかるこの記事のポイント
●「離籍しにくい層」を特定したIRフォーマットを使いPDCAを継続
●離籍率低下に加え成績優秀者獲得のための活用も
●データ分析の切り口を広げ、学生の多様性確保を図る
千葉商科大学は"育てたい学生"を獲得するためのデータ分析に基づいて入試改革を行い、検証を続けながら施策の精度を高めてきた。離籍率の低下をめざして導入した独自ツールの活用について掘り下げていくと、「離籍リスクが高くても別の強みに着目して受け入れ、満足度を高め、成長させる」という教育機関としての矜持に話が広がる。「高校生のさまざまな頑張りを応援できるよう、より多くの切り口で評価したい」という多様性確保の考え方について聞いた。
2010年代初頭、千葉商科大学では5%台後半に達した離籍率が経営課題になっていた。その後は徐々に改善し、2024年度は2%を切った。
同大学の離籍対策は、データ分析に基づいて「離籍しにくい入学者」を増やすことを柱の一つにしている。そこで力を発揮しているのが、2016年度から入学センターで活用している「IRフォーマット」だ。IRプロジェクトに加わっていた職員が「離籍率は選抜区分と関係がある」という仮説を検証するため、プロジェクトメンバーと連携して開発した。
このフォーマットは高校の偏差値(横)と評定平均(縦)をかけ合わせたもので、蓄積された離籍者のデータを分析した結果、離籍率が低いのは青い線で囲まれた枠内の入学者だということがわかっている。この枠内の入学者が増えれば、全体の離籍率を下げられるというわけだ。
と言っても、枠内の受験生を優先的に合格させるなど、選抜での直接的な活用はしない。入試の振り返りの時、このフォーマットで入学者の傾向を捉え、次年度は枠内の割合を高められるよう入試制度と学生募集広報を検討するという使い方だ。
IRフォーマットの具体的な使い方を説明する。
全ての入試結果が出た後、「指定校推薦」「一般選抜共通テスト型」などの選抜区分ごとに、フォーマットの各升目に入学者数とその割合を記入。青の枠内に入る「枠内率」を前年度と比べたり、数年間の傾向を分析したりして、枠内率が低い場合には次年度のその選抜区分について見直しを検討する。
千葉商科大学ではもともと選抜区分が多すぎるという問題意識があったため、フォーマットの運用を開始した当初は、枠内率が低い選抜区分の廃止によって改善を図った。離籍者が多い原因について入学センターの職員が議論し、仮説を立てたうえで廃止を決定。仮説はその後、新しい入試制度を設ける時の根拠にもなった。
入職14年目で2023年度から入試広報課長を務める村上春香氏は「指定校推薦の評定平均に届かないから出願条件が漠然としていた総合型選抜の自己アピール方式で受けようとか、10月期の総合型は準備が間に合わないから11月期で受けようという具合に、消極的な理由で選ばれそうな入試は枠内率が低く、離籍者が多いのも納得できた」と説明。結果的に、廃止したものの多くが総合型選抜だったという。
廃止の次のステップは入試の新設だった。「こういう学生を育てたい」という考えに基づく選抜区分を設け、「こういう生徒に受けてほしい」というメッセージとして高校に発信。求められているものが明瞭であれば意欲と適性のある高校生がそれに応え、「入学後、モチベーションの高い学生」になると考えたのだ。
例えば、総合型選抜の給費生制度に「検定資格評価型」や「探究学習評価型」を新設した。
さらに、既存の選抜区分では、出願条件や入試実施時期の変更、経済支援制度の創設など、さまざまな見直しを加えた。競争倍率適正化のため、入学後の活躍状況に基づいて指定校枠数も再検討した。
これら入試改革の成果はIRフォーマットの枠内率で検証し、次の年は必要に応じて修正するというPDCAを繰り返している。
IRフォーマットに基づく入試改革によって、離籍率は順調に改善してきた。「マイナスをゼロに食い止めるだけでなく、次は成績優秀者の獲得というプラスの価値を生み出すためにフォーマットを活用しようと考えた」(村上課長)。
2024年度に教学部門と連携し、入学後の単位修得率やGPA等のデータを使って分析。成績上位25%以内の割合が高い層として、緑色の線で囲まれた枠を設定した。
現在は、さまざまな入試のデータをこのフォーマットに当てはめて成績優秀者枠の確かさを検証している。
検証対象の一つが、2024年度入試で一般選抜に導入した国公立大学併願延納制度。国公立大学との併願をあらかじめ申告すれば、3月下旬まで入学金の納付を猶予するというものだ。初年度のこの制度による入学者の母数は少ないが、フォーマットに当てはめたところ、成績優秀者枠内率は50%に上った(全入学者の枠内率は16%)。実際、GPAの中央値は3.39でかなり高いという。
今後さらに分析を続け、2027年度入試以降、この枠に基づく入試改革も進める予定だ。
当然ながら青と緑の枠にはずれた部分があり、成績優秀者枠には入るが離籍しにくい枠には入らないという者もいる。実際、 2025年度入試の国公立大学併願延納制度による入学者の離籍しにくい枠内率は 62%にとどまり、学校推薦型選抜全体の 85%、総合型選抜全体の70%に比べると「離籍しやすい」といえる。
この点について、村上課長はこう話す。「この制度で入った学生が離籍する時の理由は、本学の教育に満足できないことだと思う。離籍リスクが高いとネガティブに捉えるのではなく、満足してもらえるよう教育や学生サービスを向上させる。離籍しにくい学生をとる努力と、入った学生を離籍させないための努力の両方が大事だ。離籍しにくい学生、成績優秀な学生など、異なる強みを持つ学生を受け入れるうえでもIRフォーマットの活用には意味がある」。
優秀な学生や学修意欲の高い学生の満足度を上げるための施策の一つが、2025年度のカリキュラム改革だ。新カリキュラムのうち、全学共通カリキュラムでは、学部を問わず希望者が「グローバル」「情報・データサイエンス」「総合教養(公務員)」など4領域から選んで学べる「アドバンスト科目群」を設置。さらに、他学部・学科の科目を履修して複数の専門領域を学べるようにするなど、意欲に応えるカリキュラムを整えた。
1期生を迎えたばかりでこれらの履修はまだ始まっていないが、1年生の資格取得講座(日商簿記検定)の参加者数が対前年比 182%、オープンカンパニーやインターンシップ等のプログラム実施企業と交流する学内イベント参加者数が同 400%など、意欲の高さが裏付けられた。改革に込めたメッセージは伝わったと、大学側は受け止めている。
下表では、2025年度まで3年間の入試における離籍しにくい枠内率と成績優秀者枠内率を、入試方式ごとにまとめている。
2025年度の離籍しにくい枠内率は、全体では75.9%で前年から微増。しかし、入試方式別に見ると総合型、学校推薦型でこの枠内率が共に下がる一方、一般選抜は10ポイント以上の上昇となっている。成績優秀者枠内率も、一般選抜のみ大きく上昇した。
この結果をふまえた2026年度入試について、村上課長は「一般選抜の枠内率はもう少し下がってもいいので、各入試の倍率の適正化に向けて、指定校枠数は入学後の活躍状況を基に削減済み。どの入試区分でも本学にマッチする受験生がより多く入学してくれるよう、全体の枠内率を上げたい」と話す。
村上課長は2026年度入試の学生募集で注力する施策の一つに、ウェブマーケティングによるターゲティング広報の強化を挙げる。「検証を重視するために紙からWebへの移行を進めているが、一方で、学生の活動や成長が伝わりやすいという紙ならではの良さもある。そこで、大学案内のデジタル版でアクセス解析を行い、受験生の興味・関心と大学案内の内容との関係について検証してみたい」。
MAツールを使って、受験生とのコミュニケーション履歴も分析。接触フェーズごとに反応を確認し、より良いマッチングができるよう企画の改廃やブラッシュアップに生かしている。
IRフォーマットは今のところ、離籍防止と成績優秀者の確保という2つの目的で活用されている。実態として、偏差値と評定平均が比較的高い入学者の獲得が課題解決につながっているが、入試においてこれらの指標だけを重視しているわけではない。IRフォーマット以外でもさまざまなデータに着目・分析し、学生の多様性確保を図っている。
例を挙げよう。
総合型選抜の一つである一般総合型選抜は「高校時代の学業や活動への取り組みなどを評価する入試」で、出願基準を幅広く設定している。入学者をIRフォーマットに当てはめると、必ずしも偏差値や評定平均が高いわけではないようだ。
「他の選抜区分での出願が難しい生徒でも受けやすい入試なので入学後の活躍が気になるところだが、実は意外な特長がある」と村上課長。入学後の海外プログラムや語学研修への参加率、卒業後に自営業に従事する割合が全選抜区分中、最も高いというのだ。これらは千葉商科大学が「育てたい学生像」の一角をなす。
このデータの背景について、入学センターは「評定平均値や文化・スポーツ活動における成績など一般的な指標では成果を可視化しづらくても、どうしてもこの大学を受けたい、これをやりたいと思った時の瞬発的な勇気や行動力に秀で、入学後もそれが発揮される。安定よりも自分の力で道を切り開くことに喜びを感じるタイプではないか」という仮説を立てている。
こういう独自の強みを持つ入学者を取りこぼさないためにも、IRフォーマットだけで判断しない多様な入り口の設置が大事だと、入学センターは考えている。
「一人ひとりのさまざまな頑張りを応援できるよう、これからもより多くの切り口で受験生を見ていきたい。入試や学生募集を担当する私たちにとっても、ゴールは学生が『入学して良かった』と思ってくれ、成長できる大学にすること。常に教育的な視点を失わず、あらゆる施策が受験生とのより良いマッチングと未来の成長につながるよう、データに基づく効果検証を続けていく」