2023.0904

「見えない学力」も伸ばす入学前教育に切り替え成果を検証-南九州大学

入学前教育・初年次教育

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3行でわかるこの記事のポイント

●基礎学力の底上げを目的に、10年以上にわたり内製で課題を出し添削
●新たなプログラムでは受講前後の比較に加え、非受講者との比較も
●専門教育に向かう動機付けとなる「見えない学力」の重要性を認識

宮崎市にキャンパスを有する南九州大学の健康栄養学部は、10年以上前から続けてきた入学前教育のプログラムを2022年度入学者から刷新した。新たに導入した外部のプログラムは、基礎学力に加え意欲や主体性といった「見えない学力」も育てることができ、成果を検証できる点が採用の決め手になった。受講データを入学後の指導に生かす一方、高校との信頼関係を築くために成長のエビデンスとしての活用も考える食品開発科学科の事例を紹介する。


●内製で負担が大きい割に明確な効果は表れず、見直しに着手

南九州大学健康栄養学部食品開発科学科は、消費者のニーズをふまえた食品を開発でき、食品産業のあらゆるプロセスにおいて、科学的な知見を生かして活躍できる人材の育成をめざしている。食品の開発・加工・製造技術を修得できることから、普通科の高校だけではなく、農業科をはじめとした実業高校からの入学者も多い。1学年40名という規模を生かし、教員が学生を手厚くサポートできる教育体制が強みだ。

普通科高校と農業科高校の出身者が混在することによって、学生の多様性を確保できている。一方、「学生間の基礎学力の差が大きいことが初年次の指導を難しくしている」と、2023年度から副学長を務める吉本博明教授は語る。「例えば、塩分濃度の計算で0.1を10%に即座に換算できない」。基礎学力が十分でない入学者の存在は、教員間の共通認識になっていた。

そこで、教科学力の底上げを目的に、10年以上前に内製による入学前教育を導入。入学予定者全員を対象に、教員が作成する生物、化学、数学、英語、国語の各2、3枚程度のプリントを配付し、添削して返却していた。高校教員に対して安心感をアピールする必要性も認識し、熱心に取り組んだ。

教員には相応の負担がかかっていたが、入学者の基礎学力向上という明確な効果は表れなかったという。そもそも効果を測定して改善を図るところまで取り組みを深められず、近年は前年踏襲の問題を配り、やりっぱなしになってしまっていたようだ。吉本副学長はじめ教員たちは「学生にとって意味をなしていないのではないか」と考え、2021年度にプログラム見直しに向けた検討を開始した。

●大学生に求められる学習姿勢や学習力について気づきを促す教材

2022年度入学者から採用した外部の教育プログラムは、成果の分析・報告もセットになっている。吉本副学長は「内製では成果を客観的に評価し、PDCAサイクルを回すマンパワーはなかった。教育事業者との連携によって、データに基づいた効果検証ができる点に魅力を感じた」と話す。
また、オンラインベースで課題提出管理ができる点も、導入の決め手になった。同学科の初年次教育担当である永田さやか准教授は「卒業論文の執筆に向け、自分で計画を立ててスケジュールを管理する力、期限を守るという意識を身につけてほしかった」と話す。

新しいプログラムでは、大学での学習の準備をするための教材「学ぶ力の基礎」と、生物の基礎を復習する教材を選択。「学ぶ力の基礎」は身近なテーマを通して日本語、計算、社会常識などの基礎的な力を伸ばし、大学生として求められる学習姿勢や学習力について気づきを促す。「イラストやコラムがあり、勉強に対する苦手意識が強い入学者でも取り組みやすい」と吉本副学長。
「内製時代の入学前教育では『見える学力』に偏重していたが、このプログラムは意欲や主体性、学習習慣といった『見えない学力』を含む学力の3要素を伸ばす設計になっている」と評価する。
まずは試行的に、入学者の約3割を占める学校推薦型選抜の入学者を受講対象とし、大学側が費用を負担してスタートした。

●「必要な知識やスキルの理解」の肯定率が非受講者を20ポイント近く上回った

新しい入学前教育プログラムでは、受講者の「見える学力」「見えない学力」の両軸で成果を検証できるようになった。受講前後の伸びだけではなく、受講者と非受講者の差も分析。一般選抜合格者が中心となる非受講者については、受講者と同じ内容の確認テストとアンケートを実施して、両者の比較を行った。2023年度入学者の検証結果の一部を紹介する。

まず、「見える学力」だが、確認テストの得点率は受講者が非受講者より2.0ポイント高い程度で、明確な差はなかった。
一方、受講者の得点率を受講前後で比べると14.4ポイント向上。内製で実施していた頃には体感できなかった成果が、データで可視化された。

「見えない学力」の成果は、アンケート結果に基づいて検証。プログラム受講者は「大学での学びに必要な知識やスキルを理解できている」の肯定率が18.0ポイント、「入学後の学びが楽しみだ」 の肯定率は15.8ポイント、それぞれ非受講者を上回った。
さらに、受講者の自由記述から「自分で調べまとめることで、自分の知識として身につけることができた」「自分で考え行動することで、正確に深く理解していくことできると思った」といった気づきを得ていることがわかった。

「全員とは言えないが、受講者は将来の夢やなりたい自分がはっきりしている傾向がある。『食品開発科学科で何を目的にしてどういうことを学んでいくのか』という意味づけが自分なりにできている」と永田准教授。

吉本副学長は「見えない学力」が向上する価値について、「40名という小規模な学科では、数名のキーパーソンの存在が学年全体の学びに好影響を与える」と話す。「2年前から高大連携事業の一環として実施している『食品開発キャンプ』では農業高校出身者が意欲高くチームを引っ張ることが多い。新しい入学前教育を通して今後、そのような学生がさらに増えることを期待したい」。
 
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●入学前教育を一般選抜による入学者にも拡大する方向で検討

食品開発科学科は、入学前教育のデータを成果検証以外でも活用している。
永田准教授は、入学後の指導の参考にしている。「再試験でつまずいた学生を指導する際、入学前教育で課題提出が遅れがちだった学生にはより丁寧なフォローを心がけた。最初からデータを見過ぎると先入観を持ってしまうが、問題が生じた時に学生の特性を把握できる資料があるのはいい」。
吉本副学長は、入学前教育プログラムの受講成果を学内外に示すためにデータを活用している。「『送り出す生徒が学修についていけるか』と心配する高校教員に対し、成長のエビデンスを示して安心感を届けていきたい」と考えている。

吉本副学長は今後、学内で他の入学前教育プログラムも併用して効果を比べつつ、受講対象者を一般選抜による入学者に拡大したい考えだ。「意欲は高いが基礎学力に不安を抱える中間層は、引き続き現在のプログラムで学力を伸ばして自信をつけさせたい。一方、基礎学力は高いが意欲の面で課題がある層は、意欲を高めるアプローチによってリーダーシップを発揮できるようにしたい。いずれも、継続的な検証を通して確実に成果を上げることが大切だ」。

●「見えない学力」の重要性をふまえ入学後の教育も再検討へ

内製による入学前教育では「見える学力」を重視していたが、「塩分濃度の計算ができれば安心して授業ができるのかと言われれば、そうでもない」(吉本副学長)と話すように、教員の考え方は変わってきたようだ。「学生自ら成長するための土台には、主体的な学習姿勢や学びへのモチベーションなど、専門教育に向かう動機付け、つまり『見えない学力』の方がより重要だと考えるようになった」。 
この気づきが、入学後の教育にも新たな視点をもたらしている。吉本副学長は「仲間と協働して動く能力を身につけさせたい」と熱く語る。「カリキュラムを課題解決型プロジェクトやアクティブラーニングに寄せていき、楽しくチームビルディングに取り組みながら『見えない学力』やスキルを伸ばしていきたいと考えている」。


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