2020.0227

共愛学園前橋国際大学の教学マネジメント② 他大学へのアドバイス

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3行でわかるこの記事のポイント

●教育成果を可視化する手法は大学ごとに多様であるべき
●問題意識と知恵が集積する現場を巻き込み、全学的な議論を
●最初から完璧をめざすことよりも、継続的な改善の仕組みづくりが大事

教学マネジメントをテーマにした本シリーズ、前回は指針の策定を担った有識者会議委員の一人、大森昭生氏が学長を務める共愛学園前橋国際大学の教学マネジメントの仕組みづくりについて解説した。今回は大森学長に、自学の取り組みや有識者会議の議論をふまえ、これから教学マネジメントに取り組む大学へのアドバイスとなる基本的な考え方、望ましい進め方について聞いた。

*「共愛学園前橋国際大学の教学マネジメント① 学生主体の学修成果可視化」はこちら
*「教学マネジメント指針」と関連資料はこちら
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●理想的なDPになっていなくてもやり方はある 

 大森昭生学長への質問と回答は以下の通り。

―教学マネジメント指針の公表を受け、各大学が教学マネジメントの仕組みづくりに取り組むことになる。負担や不安を感じている大学にアドバイスをするとしたら?
 ゼロベースから始めなければいけない大学は少ないのではないか。これまでの中教審の答申などを受けてGPA、ナンバリングなどに対応済みの大学も多いし、3つのポリシーは公表を義務づけられているので全ての大学ができているはず。それらバラバラに整備してきたものを、DPを起点にしたシステムとして統合し、足りない部分を新たに作ったり、DPにうまくつながらない部分を手直ししたりすることが教学マネジメントの構築になる。

―システム全体の起点たり得るDPになっているかどうかがまず重要と言えそうだ。
 DPを達成するためのPDCAサイクルを回すことが教学マネジメントなので、達成度を定量的または定性的なエビデンスに基づいて評価できる目標をDPに定めておく必要がある。指針では、DPにおける到達目標の記述形式として「学生は~することができる」という具体例も示している。
 とは言っても、実際には抽象度の高いDPを掲げている大学が多いと思われる。かく言う本学もそうで、従来の学修目標を踏襲したため抽象的な表現になってしまった。
 ただし、本学はDPの見直しと合わせてDPの目標をブレークダウンした「共愛12の力」という成果指標を策定した。こうしたやり方は他大学にも参考にしてもらえるのではないか。DPそのものを作り直すという選択肢もあるが、どの大学も原案から成案に至るまでかなり議論を重ね、数次にわたる学内承認を経ているはずで、作り直しは避けたいだろう。

●アセスメント科目の設定や独自テストの開発による可視化の事例も

―DPの再考や成果指標の策定に加え、それらに定めた目標の達成度をどうやって測るのか、すなわち教育成果、学修成果の把握手法を考えるのも容易ではない。
 教学マネジメント特別委員会では、DPには大学ごとの特色が反映されるのだから、その達成度の評価手法も多様であるべきだという意見でまとまった。大学間で共通の指標がなければ比較できないという声もあったが、私自身は各大学が目的と特色に合わせて可視化の手法を工夫すべきだと思う。
 本学ではポートフォリオとルーブリックを使った学生の自己評価をベースにしている。教学マネジメント特別委員会の委員で教育方法学・学習論が専門の松下佳代先生(京都大学高等教育研究開発推進センター教授)によると、教育成果は直接評価で把握する必要がある。ただし、客観的な指標を用いたエビデンスに基づく評価であれば、学生による自己評価も直接評価になり得るという見解も示され、意を強くした。
 委員会では他大学の可視化の手法も紹介された。新潟大学歯学部では重要科目をアセスメント科目として設定し、PBLにおける問題解決能力などについてパフォーマンス評価を行っている。山形大学のように、独自に開発したテストによって可視化している例もある。
 各大学が「うちは学修成果をこう考えているから、このように可視化している」と説明することが大事で、それができなければ就職率のようなものが一律の指標として下りてくるかもしれない。

―学生の自己評価を学修成果の可視化の柱にする貴学の手法は、教学マネジメント指針にある「学修者本位の教育の観点から、一人ひとりの学生が自らの学修成果として身に付けた資質・能力を自覚できるようにすることが重要」「学生が、同方針(DP)に定められた学修目標の達成状況を可視化されたエビデンスとともに説明できるよう」という考え方とも合致する。
 本学では「予測困難な時代の中で生涯学び続ける自律的な学修者を育てたい。そのためには自分自身を客観的に評価したうえで目標を設定する力をつけさせる必要がある」という考え方で、学生自身による可視化の仕組みを考えた。可視化の究極の目的は「学生の幸せな生涯のため」だと思っている。
 こうした観点から、学生にとっての学びの成果は「学修成果」であり、その成果を生み出している大学側から見た教育の成果は「教育成果」と呼ぶべきだと提案し、指針でもこれらの言葉を使い分けることになった。

●課外活動も含めた成果の可視化で授業を改善

―貴学では、課外活動も含めて学修成果を把握する仕組みになっている。委員会では、DPを起点にする以上、正課に絞るべきとの意見も出たが。
 大学が関与しない海外ボランティアに学生が参加し、その経験が12の力のいずれかにつながったのであれば、その力を身につけたと学生が自己評価するのは当然だ。大学は、海外ボランティアに行った学生だけにその力がつき、授業では修得させきれていないことが明らかになったら、海外ボランティアに内在する「成長させる仕組み」を分析してその仕組みを授業に取り込めばいい。学生本位の教育という以上、彼らのあらゆる活動を可視化の対象にしてPDCAを回すというのは、本学にとってはごく自然なことだ。

―指針では「想定される指針の利用者」は「学長・副学長、学部長など」と明示され、教学のトップが教学マネジメントの責任を負うべきだという考えを打ち出した。貴学の教学マネジメントの体制はどうなっているか。
 2019年度、私を委員長とする教学マネジメントセンターを設置し、教務、IR、情報公表、就職など関係する各部門から代表を出してもらっている。ここで全学共通の課題について検討し、各コースの議論と連携しながら課題に取り組んでいく予定だ。いずれはしかるべき教員にアメリカのプロボスト(総括副学長)的な役割を担ってもらい、このセンターも引っぱってもらうのがいいと考えている。

―貴学の教学マネジメントの取り組みは他大学の参考になりそうだが、「大森学長のいる前橋国際だからできる」と受け止められる可能性もある。
 私の専門はアメリカ文学で、ルーブリックという言葉を知ったのもほんの5、6年前だ。そもそも、現在の取り組みも私が主導したというわけでもない。本学には教学マネジメントの専門家はいなくて、いわば素人集団が試行錯誤でここまでやってきた。それを知ると多くの大学に安心してもらえるのではないか。
 けん引してくれている教職員を中心に、みんなが一生懸命学びながら取り組んだ結果、立てることができた「自律的な学修者を育てる」という教学の柱は本学の財産だ。それでも、DPは抽象的な表現になっているし、カリキュラムのマップもツリーも現在、求められている姿とは違うものができていてこれから作り直さないといけないなど、まだまだできていないことがたくさんある。 
 そんな中でも、学生を成長させるという大学の使命を考えれば、試行錯誤を覚悟して一歩ずつ進めていくしかない。指針ができたことで、本学を含め多くの大学は今後、迷路にはまって立ち尽くすような状況を回避できるはずだ。学内の2、3人でもいいので、しっかり指針を読み込んで理解し、議論をリードすることが大事だろう。

●大学教育を評価する社会の視点の成熟を期待

―全学で教学マネジメントに取り組むうえでのポイントは?
 本学では、学修成果指標の策定やナンバリングはFD研修の一環として全学で取り組んだ。めざす方向を共有し、一人ひとりが当事者意識を持つうえで効果的だった。原案は一部の人で作るにしても、決めるまでのプロセスで全体を巻き込むことが大事。
 例えば、本学の成果指標は当初の案では7段階になっていたが、実際にそれを使って自己評価する学生の様子を思い浮かべた教員らが「細かすぎて選べないのでは?」と言い出し、5段階評価になった。現場にこそ、リアルな問題意識と知恵がある。

―今後、大学が教学マネジメントに取り組むことによって、大学教育は飛躍的に良くなっていくだろうか。
 本学の場合、2021年度か2022年度に新しいカリキュラムに移行するが、そこから4年間の1サイクルを回さないと成果を検証できない。検証した結果、そのカリキュラムでは12の力をきちんと修得させられないことがわかり、再び見直すこともあり得る。もちろん、その時に考えられる最善のカリキュラムや取り組みを用意することを怠ってはいけないが、結果として十分ではない部分が出てくるかもしれない。
 情報公表を含む教学マネジメントへの積極的な取り組みが、結果的に大学の教育の問題点を社会に広く知らせることになるかもしれない。その時に「この大学はダメだ」と判断するのではなく、問題点を解決して教育を改善する仕組みを整え、実践していることを評価してほしい。それが教学マネジメントの本質であることを情報の受け手である社会の側も理解し、大学教育を評価する視点が成熟していけばいいと考えている。

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