週2回の「オンデマンドデー」で学びの自由度を向上-東京工芸大学
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2026.0319
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3行でわかるこの記事のポイント
●授業の特性をふまえ、一部をオンデマンドに移行
●対面授業と分けて曜日ごとに集約し、通学不要の日をつくる
●創出される時間を活用してプロジェクト活動や研究の推奨へ
東京工芸大学の工学部は2026年度、一部の科目をオンデマンド授業に切り変え、1週間のうち3日は対面、2日はオンデマンドという形で集約する新たな学びのスタイルをスタートさせる。個別最適な学びや通学時間の削減によって学生生活のフレキシビリティを高め、より充実させることがゴールだ。
東京工芸大学には工学部(神奈川県厚木市、入学定員400人)と芸術学部(東京都中野区、入学定員585人)がある。
2026年度に新しい学びのスタイル「つうおん」を導入する工学部工学科には、情報学系(情報コース)、工学系(機械コース、電気電子コース)、建築系(建築コース)という3系4コースを設置している。
「つうおん」は、「通学」と「オンデマンド」を組み合わせた名称だ。全科目の授業について、対面とオンデマンドのどちらが効果的か判断し、開講する曜日を分けて集約するというもの。
グループワークやディスカッションがある授業、施設や器具が必要な実験・実習系の授業は対面とし、火・水・金に集約。卒業研究や教員との面談は、対面の日をあてることが想定されている。
一方、知識習得型の概論科目や大人数の授業は、動画コンテンツによるオンデマンド授業とし、月・木に集約。両日は時限を撤廃し、朝、配信される授業をその日のうちに視聴するという方法をとる。理解度に応じた繰り返し視聴も可能だ。配信形態は担当教員に任され、YouTubeの活用が多い。

「つうおん」導入の背景には、非効率な時間割の改善という課題があった。
工学部では15年ほど前、予習・復習を含む学修時間の確保によって単位の実質化を図るため、履修単位数に上限を設けるキャップ制を導入。年間50単位を上限とし、半期25単位を目安とした。学生が受ける授業は日に2、3コマとなり、「時間割の半分がスカスカの状態になった」(工学究科長の大嶋正人教授)。
予習・復習のための空き時間は確保できたものの、飛び地のような状態で効率的な時間の使い方が難しかった。通学に2時間以上かかる学生もいる中、1コマの授業を受けるためだけに登校する日があるケースも。 "タイパ(タイムパフォーマンス)"が重視される中、1日1コマだけの授業の出席率は低くなりがちだった。
一方、コロナ禍を通じてオンデマンド授業のノウハウを蓄積していたことは、「つうおん」の導入を後押しするポジティブな要因になった。
大嶋教授が教務部長だった2019年度に学部再編とカリキュラム改訂を実施し、同時にGoogle Classroomを導入。翌年にはパソコン必携(BYOD)にした。
その直後、コロナ禍に見舞われる。全ての授業のオンライン化を余儀なくされ、結果的に「オンラインと対面、それぞれのメリットとデメリット」「オンデマンド方式が対面以上に効果的な授業の特性」といった知見を蓄積。教員はオンデマンドのコンテンツ作成など、オンライン授業のノウハウを高めていった。
そのノウハウを生かし、積年の課題である非効率な時間割を2026年度に刷新することを決定。2025年4月にワーキンググループが立ち上がった。
工学部教務部長の片上大輔教授を中心に、大嶋教授ら教務部の部長・課長経験者によるワーキンググループが半年間、議論を重ねた。リアルタイムのオンライン授業は取り入れず、対面とオンデマンドのいずれかにすることを決定。並行して、2025年度は各コースの半数程度の開講科目を対象に、曜日を分ける仕組みを試行。大きな問題がないことを確認し、2026年度からの全面実施に向けた準備を進めた。
「時間割の変更であってカリキュラム改定ではないし、大学設置基準上、オンライン授業は60単位まで卒業要件に組み入れることが可能。文科省に諮る必要もないため、迅速な導入が可能だった」(大嶋教授)。
試行段階の対象科目をはじめ、全科目を対面とオンデマンドに仕分けることが、準備の第一歩となった。ワーキンググループが「双方向で進行するグループワークやディスカッション、施設や器具を使ったり手を動かしたりする実験・実習は対面」「知識習得型や大人数の授業はオンデマンド」といった基本的な考え方を提示。1年次の科目はワーキンググループと教務部が判断し、専門科目については、どちらが成果を上げやすいか各コースに検討を委ねた。
オンデマンド科目は、各担当教員が授業の進め方(板書かパワーポイントかなど)や構成について考え、自ら動画を作成する。教務部は基本的なマニュアルを提供したうえで、各教員の授業スタイルと創意工夫を尊重する。105分の授業に対し、「最短でも60分程度の動画を」という目安以外、縛りを設けていない。片上教授は「基本的にはどの教員も学生のために最良のコンテンツをめざしており、それぞれのオリジナリティや工夫を厳格なルールによって縛り付けたくない」と話す。
オンデマンド授業の受講についても、当日視聴以外に縛りはない。履修科目は決まった曜日の朝に配信され、同日中であればいつ、どこで視聴してもいい。通学の電車やバスの車内でスマートフォンとイヤホンを使って視聴している学生も多いという。
試行段階では対面授業と同様、科目ごとに1限目、2限目など時限を設定していたが、時間内での視聴を義務付けてはいなかった。一応の時間を確保しておけば自ずとそこで視聴し、自宅学習で昼夜逆転になるような事態を防げると考えたのだ。全面実施では学生の自律性を尊重しようと、時限そのものを撤廃。「ルールは極力柔軟にしておき、問題が起きたら迅速に対応する」(片上教授)。
学生アンケートでは、オンデマンド授業について「いつでもどこでも受けられる」「復習として繰り返し視聴したり、倍速で聞いたりできて便利」など、ポジティブな意見が多かった。「字幕を母国語に自動翻訳できるので理解しやすくなった」とコメントした留学生も。対面とオンデマンドで曜日を分けたことについても、「自宅が遠いので、週3日の登校は助かる」「時間を有効活用できるようになった」と歓迎する声が目立った。
学生アンケートでも挙がった「時間の有効活用」について、大嶋教授は「『つうおん』のゴールは単に時間を生み出すことではなく、その時間を使って研究を深めたり、プロジェクやインターンシップ、サークル、ボランティア活動に参加したりと、さまざまな経験を通して学生生活を充実させることだ」と話す。
その実現において期待されているのが、2025年度に新設された「プロジェクトⅠ・Ⅱ」だ。教員が企業や各種団体と連携して企画する課題解決型の活動で、学生に主体的に参加してもらい、参加に対して単位を認定する。授業時間外の活動が中心になるため「つうおん」との相性が良いと考え、教員に積極的な企画を呼びかけた。片上教授は「2025年度は2年生を中心にのべ19人に単位を認定し、初回としては成功と言える。月・木を中心に活動したプロジェクトもあり、『つうおん』の効果も一定程度評価できる」と話す。
試行段階では、「プロジェクトⅠ・Ⅱ」以外で、学生が新たな活動に参加する動きは見られなかった。片上教授は「試行段階では、教員は動画を作り、『つうおん』を運用することで負担が生じた。活動を促すための指導は今後の目標だ」と振り返る。
両教授とも、自身の経験を通して動画作成の負担の大きさをあらためて実感したという。大嶋教授は「対面授業で使うパワーポイントがすでにあっても、話す速度や字幕の工夫、課題に取り組ませる時間の調整など、オンデマンド用に考えることが多く、最初は何度もやり直しが必要になる。3科目以上担当している教員は負担が大きいだろう」と説明する。
今後1、2年で「つうおん」の運用が安定し、余裕が出てきたら本来のゴールをめざせるよう、学生に新たな活動を促す指導に力を入れたいという。入学時から3年半にわたり、各教員が学生10人程度を担当して履修や進路について助言する既存のカリキュラム・アドバイザー制度にも期待を寄せる。
若者が"タイパ"を重視する中、「つうおん」は学生募集のアピール材料になりそうだ。工学部入試課の橋本俊之氏は「特に通信系の高校と親和性があると考えている。週3回の通学なら高校時代とのギャップは比較的小さく、大学で通学を経験しておけば就職後の働き方への移行もスムーズになるのでは」と話す。
一方で大嶋教授は、高卒や専門学校卒を中心とする社会人のリスキリングとも相性が良いと見ている。「最先端の情報学を学びたいというニーズがあるはず。今後、対面授業の1日を土曜日に移して平日の対面授業を2日に減らすことも考えられる。1週間のうち1日は出社、2日はオンデマンドの空き時間と夕方以降に仕事をして、残り2日は仕事を休んで通学という働き方を、4年間に限って認める企業もあるのではないか」と期待する。
両教授に、今後の課題について尋ねた。
片上教授はオンデマンド授業の質保証を挙げる。「コロナ禍の時から手探りで進化させてきたことを、2026年度はFD委員会を中心としたピアレビューで検証したい。オンデマンドなら授業参観がしやすく、自分の授業の改善にもつなげやすい」。
オンデマンド授業のスキル向上を支援するFD・SD研修もさらに充実させる考えだ。「本学は従来、学生に最新の技術を教えるために常に授業内容を見直している。動画コンテンツも一旦完成させたら終わりではなく、改善を続ける」。
大嶋教授は、オンラインによる試験の実施を課題に挙げた。オンデマンド授業の試験の実施方法は担当教員が決め、最後だけ対面にするケースとGoogleClassroomで実施するケースの両方がある。
「オンライン試験の不正防止はまだ万全ではない。学生への信頼を基本にしつつ技術による解決を図り、適正な成績評価を確立させたい」。
同教授はさらに、「『つうおん』を通して学生生活を変え、進化させたい」とあらためて強調した。「野心とも言うべきこの目標を達成するためには、『つうおん』のメリットを生かしつつ、試験のリスクのようなデメリットを抑える必要がある。技術だけに頼るのではなく、学生を信じるといった"思想"によって抑えることも大切だ。思想と技術の両輪で、学生生活を支援する施策が展開されている―それを東京工芸大学の校風にしていきたい」。