2024.1108

学生の「体験価値」向上のために-追手門学院の働き方改革とアプリ開発  (後編)組織文化としてのCXとデータドリブン

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3行でわかるこの記事のポイント

●利用する学生の要望を反映してスピーディにアプリを改善
●入学手続きや入学前準備がアプリ上で完結
●あらゆるデータを一元管理し、教育や学生支援の改善に生かす

追手門学院大学がCX(学生の体験価値)向上を掲げて運用する公式アプリ「OIDAIアプリ」は、徹底した学生ファーストの視点で設計されている。「使われるアプリ」が、入学手続きにおける入学予定者と大学、双方の負担軽減、卒業生の捕捉など、さまざまな課題解決につながっている。今回はアプリがどう開発され、どのように使われているのか、紹介する。
🔗前編「『窓口支援による充足感』を超えて」

*記事中の図は大学が提供


●インタビューや提案会で学生の声を収集

OIDAIアプリの開発では「アジャイル開発」という手法が採用されている。全体の仕様を固めてから時間をかけて開発する従来の手法と違い、必要最小限の機能でリリースし、利用者の要望を聞きながら短いサイクルで改善や機能追加を繰り返す。
アプリ開発チームのリーダーを務めるCXデザイン局システム企画推進課の岡野圭一郎主任は「職員目線で仕様を決めても、学生が実際に使い出せば必ず要望やアイデアが出てくるだろうと考えた」と説明する。

学生の要望を受け身で待つわけではない。学生インタビューや提案会の開催など、大学側から積極的に働きかけている。お知らせをコピー可能にする、時間割を週送りして先の予定まで閲覧できるようにするといった機能の追加は、学生の声を反映したものだ。
フッターに表示する「FAQ」というコーナー名の「OIサポ」への変更も、学生の意見を受けた変更だった。アプリが学生生活に浸透し、大学への帰属意識向上に一役買っていることを物語る声と言えそうだ。

●アプリによる発信で安否確認への応答率が倍増

OIDAIアプリのリリースとバージョンアップ、および今後予定されているバージョンアップは次の通り。

🔻バージョン1.0 2023年9月リリース
時間割の閲覧や講義ごとのメモ・ToDo管理機能、お知らせ、FAQや問い合わせなど、基本的な機能を搭載
🔻バージョン2.0 2024年1月リリース
 QRによる電子学生証機能、安否確認機能を追加
🔻バージョン3.0 2024年3月リリース
 卒業生モードを追加
🔻バージョン4.0 2024年9月リリース
 入学前準備モード、施設予約機能を追加

〈今後の予定〉
🔻バージョン5.0 2025年3月リリース予定
 学生ポートフォリオを搭載
🔻バージョン6.0 2025年9月リリース予定
 AIアカデミックアドバイザー機能を搭載

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バージョン2.0での安否確認機能追加は、「アプリへの集約」によるCX向上のわかりやすい例だ。
追手門学院大学では毎年、防災訓練の一環として学生の安否確認を実施している。LINEや専用アプリを使っていた時は42%だった応答率が、OIDAIアプリでは87%に上昇。
「これまでは、専用アプリをダウンロードしない学生やLINEの通知をオフにする学生も多かったと思う。OIDAIアプリは毎日使う身近なアプリなので削除されないし、通知にもすぐ気づいてもらえるため、多くの学生が自然に応答するのだろう」(岡野主任)

●7割の卒業生が卒業後もアプリを利用 

「生涯にわたってつながり、学び続けるためのアプリ」というコンセプトの下、バージョン3.0で追加された卒業生モードは、卒業生の捕捉率を向上させた。

同窓会報など、多くの郵送物が宛先不明で戻ってくることによる経費と労力の無駄は、校友課の長年の悩みだった。一方、卒業生にとっては、住所変更手続きのためには校友会ホームぺージのフォームからメールアドレスや学籍番号を入力するなど、手間がかかっていた。
アプリでは、住所欄を上書きするだけで変更できるようになった。

2023年度の卒業生を4月に一斉に卒業生モードに切り替え、1か月後に調べたログイン率は7割に上った。「使ってもらえるアプリ」を介した卒業生の捕捉とコミュニケーションの深化に、大学側の期待は高まっている。
今後は2023年度以前の卒業生にもアプリの利用を拡大する予定だ。

●入学前教育のLMSにもアプリからアクセス

バージョン4.0の入学前準備モード追加によって、アプリの利用者は入学予定者にも拡大された。
従来、合格者には、さまざまな入学手続き・入学前準備の内容や期限を説明する文書を各担当部署が作成し、バラバラに郵送していた。入学前教育の案内は教務課、パソコンの準備はシステム企画推進課、奨学金の申し込みは学生支援課という具合だ。

入学予定者は、それぞれの手続きや入学前準備でやるべきことと期限を整理し、並行して処理しなければいけない。途中からどれが完了し、どれがまだなのかわからなくなる、問い合わせ先もばらばらでさらに混乱する-そんな状況に陥りがちだったという。
入試課の石川小百合主任は「入学予定者から『入学時納付金の入金はちゃんとできていますか』といった問い合わせが入ることも多く、職員はその対応に膨大な労力を要していた」と説明する。

2025年度の全入試方式の合格者には、OIDAIアプリのダウンロードを案内する。情報登録など、入学前に必要なすべての手続きや準備がアプリ上で完結する。「入学手続きのステータスを自分で確認でき、わからないことがあれば時間を気にせずFAQで調べ、自分ですぐに解決できる。入学予定者と保護者のストレスや不安が軽減し、私たちの業務も効率化できそう」(石川主任)。

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入学前教育のLMSにも、アプリから直接アクセスできる。

●学生ポートフォリオ、AIアカデミックアドバイザーの機能追加を予定

OIDAIアプリは今後、学修を強力に支援するためのバージョンアップを予定している。
2025年3月にリリース予定のバージョン5.0には、OIDAIポートフォリオを搭載。履修・成績の情報やアセスメントの結果、資格や検定等の情報を見られるようにする。

さらに同年9月のバージョン6.0では、AIアカデミックアドバイザーの機能を追加。ポートフォリオに蓄積されたデータをAIが分析し、卒業後の進路、その実現のために推奨される履修や行動・経験をアドバイスする。

CXデザイン局の渡辺圭祐局長は「多くの大学で学生ポートフォリオが形骸化している原因は、学生がメリットを感じず入力しないことだ。就職活動時などに、データに基づいて真に役立つアドバイスが得られるなら、入力のモチベーションが高まるはず」と話す。

●学内に根付いたデータドリブンの文化

追手門学院のDX推進計画では、「システムを乱立させないこと」「データの一元管理と改善のための活用」を重視している。

この方針は、OIDAIアプリへの機能集約のほか、LMSの一元化にも反映されている。入学前教育と同じLMSを入学後も使うことによって、学生の利便性を向上。将来は、卒業生を含む社会人対象のリカレント教育でも同じLMSを活用する予定だ。

LMSの学修履歴やアプリの活用状況など、あらゆるデータは統合データベースに蓄積して分析に使われる。データの可視化を担うのは、働き方改革プロジェクト内にアプリ開発チームと共に置かれている統合データベースチームだ。すべての教職員が日常的にデータにアクセスし、分析に基づく教育のブラッシュアップや学生サービス向上を図れるよう支援する。
その一例が、前回触れたOIDAIアプリのFAQ検索データの分析と改善というPDCAサイクルだ。 

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OIDAIアプリ開発の出発点となった働き方改革のプロジェクトには、これまでに80人近い職員が参加。管理職の7割をプロジェクト経験者が占めるまでになった。
プロジェクトを統括する渡辺局長は、議論をけん引してきた岡野主任や石川主任ら若手職員の労をねぎらいつつ、こう結んだ。「学生の体験価値向上のために仕事をするという価値観、データに基づいて改善を続けるデータドリブンの思想、それらが組織文化として学院の中にしっかり根を張ってきた。この文化を体現し、深化させるものとして、これからもOIDAIアプリをより良いものにしていきたい」。

参考記事
🔗教職員の組織への愛着度を測る「エンゲージメント指標」の活用(「BetweenNO.313