2024.1105

学生の「体験価値」向上のために-追手門学院の働き方改革とアプリ開発  (前編)「窓口支援による充足感」を超えて

この記事をシェア

  • クリップボードにコピーしました

3行でわかるこの記事のポイント

●学生生活で必要な情報や各種手続きの窓口をアプリに集約
●「真に支援を必要とする学生」に向き合うため、問い合わせを減らす
●仕事の質が変化し、職員のモチベーションが向上

追手門学院大学には、学生の98%がダウンロードしている独自開発の公式アプリがある。学生生活に必要な情報の入手はもちろん、さまざまな手続きが手元の操作で完結し、「窓口に行かなくてもよくなる」便利ツールだ。卒業生、入学予定者と、利用者を段階的に拡大し、入学前後を含めて学生とつながり続けるためのコンタクトポイントになっている。開発の背景には、「大学職員としてすべき仕事」を問い直すプロジェクト活動があった。追手門学院大学の働き方改革とアプリ開発について、2回に分けて紹介する。
🔗後編「組織文化としてのCXとデータドリブン」

*記事中の図は大学が提供


システムごとのログインは不要、1日を通してアプリを活用

追手門学院大学が開発した「OIDAIアプリ」は20239月、学生向けにバージョン1.0がリリースされた。時間割やシラバスを確認したり、ToDoを記録したりする基本的な機能を搭載。その後のバージョンアップで卒業生、入学予定者と、利用者を順次、拡大した。20249月リリースの最新バージョンでは、入学予定者が煩雑な入学手続き・入学前準備をアプリ上で完結できるようになった。

 20248月末現在、学生のダウンロード率は98%1年生は100%に達している。

 アプリを活用する学生の1日は、ざっとこんなイメージだ。

・通学前にアプリを開いて、その日の時間割や休講情報を確認。
・授業の前に時間割からシラバスをチェックして、その日の内容を軽く予習。
・授業中はパソコンからWEB版にアクセスし、LMSで資料を開く。
・授業で出た課題や次回の小テストの予定をToDoに追加。課外活動や就活の予定も整理できて安心。
・課題に使う本を探すときは、アプリのリンクから図書館の蔵書検索にアクセス。
・昼休み、奨学金の申請案内がアプリのお知らせに届く。申請の入力方法がわからず、アプリの検索機能を使って確認。個別に確認したいことは、問い合わせフォームで質問。
・昼食前に食堂の営業時間をアプリで確認。
・食堂でイベントが開催されていたので学生QRをかざして参加、お菓子などの特典をゲット。
・放課後は部活のため別キャンパスへ。アプリでバスの発車時間を確認し、間に合うよう急いでバス停に向かう。

 これら、学生生活で必要な情報や各種手続きの窓口がアプリに集約され、窓口まで行かなくても、システムごとにログインしなくても、シームレスで閲覧や手続きができる。今や、OIDAIアプリは学生にとって必要不可欠なツールになっている。

allmenu.png

「真の意味で学生を支援する仕事とは?」-若手職員が議論

OIDAIアプリは、学生の利便性向上や大学の業務効率化そのものを目的にして開発されたわけではない。開発の出発点になったのは、2020年に始まった働き方改革プロジェクトだった。2040年に向けた長期構想の議論から派生したこのプロジェクトは、各部署の若手・中堅職員約30人で構成される。

現在、このプロジェクトを統括するのは、法人事務局や大学事務局などと同列に位置付けられているCXデザイン局だ。渡辺圭祐局長は次のように説明する。

「これから先、大学職員として何をすべきか、徹底的に議論した。全職員対象のアンケートでは、誰もが『学生を応援し、幸せにしたい』という思いでこの仕事を選んだことが分かった。みな、窓口で学生の役に立つことに喜びを感じていたが、真に学生の幸せを考えるなら、窓口に来なくてもいいようにして、その時間を本来やりたいことに使ってもらうべきで、そのための支援こそがわれわれの仕事ではないか-そんなふうに議論が深まっていった。仕事に対する私たちの価値観、意識はこのプロジェクトを通して大きく変わった」

仕事の価値観の根底に据えたのは「CXCustomer Experience=顧客体験価値)の向上」だ。これはマーケティング用語で、商品やサービスの機能・価格のみならず、購入前後の過程を含む顧客の感動や満足感、喜びといった心情的価値を意味する。

めざすは「 DXを通じたCXの実現」

追手門学院大学におけるCXとは、「情報が隅々まで行き渡って学生の機会損失を防ぎ、大学生活を通じてより良い体験をしてもらうこと」と定義された。
「大学が何を教えたかではなく、学生が何を得られたかを重視する『学修者本位の教育』というキーワードも、まさにCXの視点だ」(渡辺局長)。

 デジタル技術が目覚ましい進展を遂げる中、これを活用して社会や生活を変革するデジタルトランスフォーメーション(DX)も欠かせないと考えた。そして、「DXを通じたCXの実現」を掲げ、学生の体験価値向上の手段としてのアプリ開発にたどり着いた。

渡辺局長は「学生向けの汎用アプリを導入する大学も増えているが、学生の体験価値向上を追求する以上、本学にとって『ソリューションを買う』という選択はなかった」と話す。

定型業務を精査し、効率化、付加価値向上を図る

渡辺氏が率いる「CXデザイン局」という、大学では耳慣れない部署の名称にも追手門学院が掲げる理念が映し出されている。

20234月に設置されたこの局には、2つの課がある。業務改革推進課は、法人事務局と大学事務局、初等中等事務局から定型的な窓口業務や学費処理等のバックオフィス業務を引き取って中身を精査し、効率化や付加価値向上の観点から改善案を描く。一方、事務や教学のDXを通じて学生や教職員の体験価値向上の実現を図るのがシステム企画推進課だ。

学生にとっての「あらゆる手続きがアプリで完結する」仕組みは、大学にとっては「あらゆる窓口業務を1か所に集約し、アプリの裏側で動かす」体制によって提供される。これをCXデザイン局の2つの課が具体的にデザインするわけだ。集約された窓口業務と事務処理の実務は、同じくCXデザイン局に設けられたO&C(オペレーション&コンタクト)センターが担当する。

 「手続きによって担当部署が分かれているというのは、大学側の都合に過ぎない。学生にとってはすべて『大学の手続き』であり、本来、部署を意識する必要はないはず。これまでは、大学都合でいくつもの窓口に足を運び、時には『それはここではなく、〇〇課に出す書類だ』と言われたりしていた。平日の昼間しか対応してもらえないという不便さも含め、すべてデジタルの力で解消したいと考えた」(渡辺局長)

まずFAQを検索し、解決しなければ問い合わせフォームを活用

アプリ開発では、「窓口に来なくていい」「問い合わせも不要」という仕組みを追求。よくある問い合わせはFAQにまとめて自己解決を支援し、そこを見てもわからない時はフォームから問い合わせができるようにした。

FAQの検索履歴や問い合わせ内容はデータを取って分析。検索キーワードや問い合わせが多いものを追加するなど、FAQの内容は随時更新している。
 20244月から半年間のFAQの閲覧は137000回で、問い合わせは4500件。FAQで解決し、問い合わせまで至らなかった割合は96.7%で、当初目標の80%を大きく超えた。

 FAQで解決できない問題が減っていけば、問い合わせは学生個別の事情による問題に絞られていく。
渡辺局長は「例えば、経済的な事情で中退を考えている学生が学生支援課に相談に来ても、以前は窓口が混んでいるのを見てあきらめてしまうケースがあったかもしれない。今、私たちは、真に助けを必要としている学生にしっかり向き合うことができる」と話す。OIDAIアプリは職員の仕事の質を変え、着実にモチベーションを高めている。

digitalfront.png

職員からは「対応の履歴が蓄積されることも大きなメリットだ。学生が何に困っているか、定量的に可視化でき、問い合わせを減らすための施策を考えることができる」という声も聞かれるという。

 98%の学生がダウンロードして使い、職員の仕事の質を変えた公式アプリ。次回は、その開発の工夫や具体的な機能を紹介する。

 参考記事
🔗教職員の組織への愛着度を測る「エンゲージメント指標」の活用(「BetweenNO.313