2025.0114

後期開始前の留年防止研修で"意欲が沸く目標設定"を支援-福岡工業大学

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3行でわかるこの記事のポイント

●動機づけ研究が専門の教員を中心に教職協働でオリエンテーション
●90分間のワークでマインドセットを変え、自己効力感を引き出す
●研修受講者と欠席者とでは進級率に20ポイントの開き

福岡工業大学は、前期終了時点で留年リスクが高いと判断した学生を対象に、大学生活と学習に対するマインドセットを変えることを意図したオリエンテーションを実施している。「自己調整学習」を促す「形成的フィードバック」手法に基づくワークで、自らを突き動かす「適切な目標と行動計画」の立て方を伝え、自己効力感と意欲を高める。教職協働による取り組みの成果は、進級率等のデータに表れている。


修得単位数が基準に達しなかった12年生が任意で受講

福岡工業大学の2024年度の「スタートダッシュオリエンテーション」は、夏休み終盤の9月中旬、1年生と2年生の2回に分けて実施された。前期の修得単位数が基準に達しなかった全学部の12年生に教務課がメールで案内し、任意で受講してもらう。

 90分間のオリエンテーションではまず、教務課の職員が留年を避けるべき理由を説明。留年した人と4年間で卒業した人それぞれの学費や生涯年収など、データも示す。前年度、学習方法を工夫して進級した先輩学生のビデオメッセージも流す。
さらに、福岡工業大学のカリキュラムで学ぶことによって、卒業までにどのような力が身に付き、社会でどう生かせるかというディプロマ・ポリシーの解説も。

続いて学習支援センターの担当者が、センターの支援メニューや上級生が務めるラーニングアシスタント(LA)について紹介。「勉強のことで困ったら気軽に来てほしい」と呼びかける。

オリエンテーションのメインは、教養力育成センターの土屋麻衣子教授による「自己調整学習」の研修だ。自己調整学習とは、学習者がメタ認知、動機づけ、行動の側面から自分の学習プロセスに能動的に関わる学習のこと。現実的で無理がなく、かつ達成時の喜びをイメージできる目標を立てて、そこに具体的な行動を合わせることによって、自己効力感を得られ、意欲が向上していくというものだ。そのプロセスで現実と目標とのギャップを埋めるために、思考や行動の修正を意図して伝える「形成的フィードバック」の手法を取り入れる。

自身の授業で手ごたえを感じ、FD研修で学内に発信

自己調整学習は、英語教育を専門とする土屋教授の研究テーマ。福岡工業大学で教え始めた2000年代はじめ、英語嫌いで成績が低迷する学生への対応に悩み、先行研究を調べる中で「ディモチベーション(動機づけの低下)」「自己調整学習」「形成的フィードバック」などのテーマに出合い、研究と実践に取り組むようになったという。

同教授によると、成績不振につながる意欲低下の主な原因は、①自信がない、②義務感でやっている、③勉強のやり方がわからない、の3つ。自己調整学習で重視される①自己効力感の向上、②目標設定、③自己調整学習方略は「意欲低下の原因と表裏の関係」と捉え、自己調整学習によって成績不振の問題を解消できると考えた。

 「自己調整学習や形成的フィードバックについて理解を深め、取り入れてみると、自分の授業が大きく変わった。学生の意欲が目に見えて高まり、英語力の向上につながった」(土屋教授)。この手法はすべての科目に適用できると確信し、FD研修で学内での発信にも力を入れるようになった。

「注意・教える」ではなく「支援・伴走」の姿勢で学生と向き合う

福岡工業大学では、成績不振者への指導やサポートは主に学部・学科単位で行っているが、コロナ禍で対面授業が大きく制限され、成績不振者が増えた2021年度、教務課が全学の1年生を対象に実施するオリエンテーションも導入。

常々、学生の意欲を向上させるアプローチ手法修得の必要性を感じていた教務課の担当者が、土屋教授が講師を務めるFD研修に参加し、自己調整学習と形成的フィードバックに共感。オリエンテーション担当職員が研修に参加する一方、土屋教授に次年度のオリエンテーションへの協力を依頼した。
こうして2022年度には教務課、学習支援センター、土屋教授の連携による現在の実施体制に移行。2年生も対象に加えた。

「何をすべきか」を学生自身に考え、決めてもらうため、教職員は「注意する、教える」という姿勢ではなく「支援し、伴走する」という姿勢で臨むことを徹底している。

「単位を落とすのは能力不足ではなく勉強方法がわからないため」

土屋教授は、オリエンテーションでの研修の流れや学生の様子について次のように説明する。

学生にとって、そこに呼ばれたのは恥ずかしいことだし、きっと嫌なことを言われると思って最初はみなうつむき、互いに目を合わせず言葉も交わさない。
そこで私はまず、夏休み終盤の貴重な時間を割いて参加してくれたことを評価する。そして「来て良かったと思ってもらえる90分間にします」と宣言する。

「単位を落としたのは能力が足りないからではなく、勉強や自己調整の方法がわからないため。方法さえわかれば成績を上げられる。今日はその方法を学んでほしい」と話すと、学生は安心感で少し視線を上げる。

自己調整学習について、身近な例で説明する。「最近、少し太ったから1つ前の駅で降りて歩こう」「月末でお金がないから、ファミレスのランチセットをやめて自炊をしよう」というように、誰もが何かを達成するために自分の行動を調整している。それが自己調整学習であり、これを勉強にも取り入れることが大事だと伝える。

【キャプションあり】オリエンテーションの様子.JPG

わくわくし、「やるぞ」と思える目標を立てる

土屋教授が「大事なのは、適切な目標と行動計画を立てること。まずは、自分の後期の目標を立ててみようか」と促すと、ほぼ全員が1分程度で書き終わる。どれも「勉強を頑張る」「フル単(履修登録した単位を全て修得すること)で進級する」など、抽象的だったり大きすぎたりする目標だ。「その目標を後で読み返した時にわくわくして、よしやるぞって気持ちになる?」と聞くと、全員が口ごもる。

自分を突き動かすような目標でないと実際の行動には移せないと説明したうえで、後期の目標を立て直してもらう。LAがサポートに入り、土屋教授オリジナルのワークシート(下図)を使って目標から具体的な行動計画まで、グループワークで記入する。

【キャプションナシ】ワークシート.jpg

教職員やLAは「目標が漠然としている時は1か月単位のより具体的な目標にブレークダウンするといい」「『頑張る』しか思いつかないなら、何ができた時に頑張ったと思えるか考え、それを目標にする」「サークル活動やアルバイト、自分の性格など、個々の背景も反映して現実的な目標・計画を立てる」「振り返りの時に『これをやったぞ!』と実感できる目標にする」といったアドバイスを与える。

自分の人間的な成長に対する期待も生まれる

ワークの結果、次のような目標・計画が出てくる。

▶飽きっぽくて1人で勉強するのが苦手なので、月・木・金の4限は学習支援センターに行く。帰ってすぐゲームを始めると止められなくなるので、先に課題のノートを開く。
▶毎日1時間、勉強することから始める。ただし、火曜日だけは好きなことを死ぬほどする。
▶火・木はサークルで気分転換して生活リズムとモチベーションを整える。

どれもやることが明確で、例えば月曜に学習支援センターに行けなかったら代わりに火曜に行くといった調整を入れて目標を維持することができ、日々の頑張りを自らほめることができそうだ。「好きなことを死ぬほど」できるご褒美も、モチベーションを上げてくれるだろう。

ワークシートには「目標・行動を達成した時、きっと自分は...だろう」と想像して書く欄があり、こんなことが書き込まれる。

▶きっと、苦手科目の単位を取って無事に進級している
▶きっと、だらだらした生活はせず、毎日が充実して満足感を感じるようになっている
▶きっと、社会に出ても恥ずかしくない人材に近づいている

土屋教授は「進級のことだけではなく、自分の人間的な成長への期待も感じられる」と説明する。

この欄を書くことができ、マインドセットを変えることができたとみなせる学生は、受講者の7割ほどだという。「悩みながらじっくりワークに取り組む学生にとって90分間は短すぎ、やり方が見えてきたところで終了となってしまう。希望すれば残ってワークを続けられるよう、オリエンテーションの改善について教務課の担当者と話している」(土屋教授)。

対象者の受講率が徐々に上昇

後期が始まると教務課は、オリエンテーションの対象だったか否かにかかわらず、授業の出席状況やテストの成績などをもとに留年リスクが高い学生を定期的に抽出し、面談をする。オリエンテーション受講者の面談では、ワークシートを見ながら計画の進捗状況も確認している。

マインドセットを促すオリエンテーションの効果は、数字に表れている。受講対象だった学生の進級率は、2022年度は実際に受講した者が77.6% で欠席者は 64.3%だった。2023年度は受講者が 63.8%で欠席者は42.6%と、差が開いた。2022年度は、実施半年後のアンケートに回答した学生の約7割が、前期より後期の GPAが高く、2ポイント上がった者もいた。

土屋教授はさらに、「オリエンテーションだけの効果とは言えないが」と前置きし、全学年の中退率のデータを示した。2022年度には2018年度以降で初めて3%を切って2.95%になり、翌年は2.96%と、福岡工業大学が目標に掲げてきた3%未満を2年連続で達成した。

こうした成果が受講率の上昇にもつながっているようだ。2022年度の受講率は約40%だったが、翌年は49%に上がり、2024年度は53%だった。教務課からの案内メールでは「前年度は受講した学生の方が後期の成績が良かった」と説明。同様の情報が学生間の口コミでも伝わり、留年を心配する学生の背中を押しているようだ。

「形成的フィードバックのノウハウ理解で意欲向上の支援が可能に」

土屋教授は自己調整学習に手ごたえを感じ、学内でその実践が広がることに期待を寄せる。「学生は小学校段階からさまざまな場面で目標を立ててきたが、立て方を教わったことがある者は少ないと感じる。大学のポートフォリオでの目標設定も形骸化しているケースが多く、それに向かって行動を継続できる内容になっていなかったりする。私たち教職員が形成的フィードバックや自己調整学習に精通し、適切な目標や計画の立て方をサポートできるようになれば、学びに対する学生のモチベーションをもっと向上させられるのではないか」。

福岡工業大学では2024年度、新たに教務課に配属された職員のために土屋教授が制作した研修動画を、同じく学生と接する機会が多い学生課の職員も視聴しているという。今後、教職協働による自己調整学習の支援がどのような形で広がり、どの程度深まっていくか、注目される。