2024.0805

年内入試の出願を"準完全オンライン化"、DXによる入試改革をめざす-桜美林大学

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3行でわかるこの記事のポイント

●入学者の6割を占める年内入試の業務を効率化
●将来的には出願データをAIで分析し、汎用的能力を高い精度で評価できる
●ビッグデータ分析で募集広報をブラッシュアップ

桜美林大学は2025年度入試から、総合型選抜と学校推薦型選抜で志望理由書等の本人記入書類をオンラインで提出させる"準完全オンライン化"とも言うべき仕組みを導入した。他大学に先駆けて出願書類のデータ化に踏み切るのは、データを活用したDXを推進したいからだという。


推薦書と調査書は郵送を維持

年内入試で「ネット出願」を打ち出す大学は少なくないが、本人情報を入力して志望学部、入試方式などとともに「登録」するという形態がほとんど。志望理由書等の書類は別途郵送が必要だ。

桜美林大学の場合は、受験生がオンライン上で作成した志望理由書、自己PRシート等のデータを添付し、オンラインで提出。教員が作成する推薦書と調査書は別途、郵送してもらう。初年度は、従来通り全て紙で郵送する方式も選べるようにする。受験生の選択状況を見ながら、今後数年間でオンライン出願に一本化する予定だ。

桜美林大学の総合型選抜と学校推薦型選抜による入学者は合わせて1500人を超え、全入学定員2620人の約6割を占める。志願者は2500人ほどで、出願書類をデータで処理できるようになれば、受け付けや選考の業務は大幅に効率化される。

「高校生は端末での文書作成やオンライン手続きに抵抗がない」

年内入試出願書類のオンライン提出について、高校生や高校教員はどう受け止めるだろうか。
入学部の高原幸治部長(学長補佐を兼務)は、「文部科学省のGIGAスクール構想の下、初中等教育の現場でICT環境が急速に整備された。高校でも1人1台の端末が行き渡り、教科学習だけでなく、キャリア教育や進路指導の場面での活用も当たり前になっている。端末での文書作成やオンラインでのさまざまな手続きに、高校生は全く抵抗がないと推測される」と話す。

同大学が実施する「総合・推薦型入試準備セミナー実践編」では、400字程度の志望理由書をブラッシュアップする。事前課題として志望理由書の下書きを準備させるが、受講者の9割以上がデータで作成し、その多くはスマートフォンを使っているという。
「使い慣れた端末で出願できるなら、その方が簡単でいいと思っているのではないか」(高原部長)。

高校教員も「当初は桜美林大学への出願に限った特別対応になるが、今後、一気にネット出願が広がり、そちらが普通になっていくだろう」と、好意的な反応を示すという。

推薦書と調査書は、従来通り紙のままだ。高原部長は「教育委員会の方針で高校側が紙による運用を続けている以上、やむを得ない。生徒が自分で書く書類のデータ化だけでも十分、意義がある」と話す。

9月の総合型選抜の出願から、オンライン出願が本稼働する。同大学では、一般選抜でオンライン出願を導入した時と同様、初年度から9割ほどがオンライン出願を選ぶと予想している。 

紙の出願書類をデータ化し、AIによる分析を実験

全ての入試でのオンライン出願導入をめざす桜美林大学では、最も規模が大きい年内入試での実現をゴールに据え、丁寧な議論と試行を重ねながら、効果を検証してきた。

規模の小さい入試での試行として、2022年度から大学院入試と留学生対象の「国際学生選抜」に、世界標準の入試(出願)システムを活用。2年間の試行を通してネット出願の安定的な運用を確立した。

これに先立つ2017年頃からは、総合型選抜で提出された自己申告書(現在の自己PRシート)を全て手入力してデータ化。企業の採用支援を行う企業とシンクタンク系企業の協力を得て、AIで分析した。
「主体性」や「協働する力」など、社会で求められる力と関係が深いキーワードを抽出し、一人ひとりについて、これらの力の推定値を割り出せることを実証。試行錯誤を経て、実際の入学者選抜における書類審査官の2人による採点とAIの採点とが、ほぼ一致するレベルまで到達したのだ。
この実験を通して桜美林大学では、出願書類のデータ化とあわせ、将来的にAIを活用すれば選考を飛躍的に効率化でき、社会で求められる汎用的能力を高精度で評価することも可能になると考えた。

さらに、複数の大手人材会社と連携し、就職ポータルサイトから入力される学生情報のビッグデータの活用についてヒアリングし、意見交換を重ねた。その結果、大学が取得する出願者データもさまざまな形で有効活用できるとの見解で一致した。 

手書きの"良さ"とデータの"弱点"について徹底的に議論し、抵抗を排除

高原部長によると、年内入試の出願書類をオンラインで提出させる大学は、国内ではほとんどない。その理由について、「ニーズや費用対効果の面で、優先度が低いためではないか」と指摘する。
「年内入試の募集枠が広がっていると言っても、多くの大学ではここ数年で急速に進んだ。年内入試が20年前から34割を占め、今や6割まで増えて処理件数が膨らんだ本学とは事情が違い、システム改修のコストをかけてまで年内入試にオンライン出願を導入する必要性を感じないのだろう。調査書の郵送が残る以上、全部紙で送ってもらう方がいいと考える大学も多いと思う」
さらに、「出願情報を選抜以外で活用するという発想がなく、データで管理するメリットを感じていないのかもしれない」とも指摘する。

「高校生にあえて、手書きをさせたい」と考える大学も多いようだ。手書きの方が、①本人以外による代筆を防げる、②文字の丁寧さが自学に対する『本気度』の指標になる、等の発想だ。

これらについては桜美林大学でも議論され、「それは本当に手書きとデータ入力との違いに起因するのか?」「その問題を防ぐことのメリットはデータ化のメリットを上回るか?」という観点で掘り下げた。
そして、「紙であれデータであれ、他者の手が入るのは防ぎようがない。面接で本人が自分の言葉でしっかり語れるか確認するしかない」「就職活動ではウェブエントリーで数万人規模のフィルタにかけられる。大学入試でも文字の丁寧さではなく、書かれた中身で評価すべきだ」という考え方に着地した。 

大学の教育内容と学内業務の間の落差

こうした試行や議論を経て、オンライン出願の安定的かつ円滑な運用が可能で、データ活用によってさまざまな効果が得られると判断し、書類のオンライン提出に踏み切った。高原部長は「大学院を含む全ての入試でこの形態を導入したのは、全国でも先駆的と言えるのではないか」と胸を張る。
年内入試での運用状況を見ながら、今後35年をめどに、全ての入試をオンライン出願に一本化したい考えだ。何らかの事情でこれを活用できないケースが出てきたら、イレギュラー対応での出願を認めるという。

「大学教育の中身としてデータサイエンスやDXが重視されるようになったが、学校教育界全体がいまだに紙が中心で、データ活用が立ち遅れている。本学は他に先駆け、DXによる業務の効率化と新たな価値の創造にチャレンジしていく」(高原部長)

出願時の学修計画を参照しながら学生の成長を支援

桜美林大学では今後、年内入試の出願者データを①入学後の成長支援、②入試改革、③募集広報のブラッシュアップなどに活用する。

①入学後の成長支援
同大学では、学生のさまざまな情報を基幹システム上で管理している。出身高校や選抜方式など受験時の情報、入学後の学業成績、留学やインターンシップ等の諸活動の情報が含まれる。
志望理由書や自己PRシートを選抜で使った後、基幹システムに加えることができれば、教職員がそれらも参照できるようになる。例えば、出願書類の中の「入学後の学修計画」で留学について書いた学生に対し、その実現に向けたサポートをする、という具合だ。

②入試改革
先述した通り、自己PRシート等から汎用的能力を数値化できる可能性が高まったことにより、出願データを選抜の精度向上、選抜方法の見直しなど、入試改革につなげられると、高原部長は期待する。「主体性や協働する力など、社会で求められる力を入試段階で高い精度で評価して選抜できれば、4年間の教育でそこをさらに伸ばし、社会で活躍できる人材を送り出すことができる」。
「教科学力だけではなく汎用的能力も数値化して評価する入試を開発し、総合型選抜を高度化したい」

③募集広報のブラッシュアップ
年に2500人規模の出願者データを数年間蓄積すれば、ビッグデータとして活用できるようになる。
「ビッグデータで志望理由を分析すれば、われわれが募集広報で発信しているメッセージ、本学の教育の価値がねらい通りに届いているか、学群別ではどうかといったことがわかり、広報のコンテンツや手法を修正できる」。高原部長はそんな期待を語る。

 「不安でも立ち止まらず、挑戦しながら前に進む」

桜美林大学の年内入試における"準完全オンライン化"は、単なる「入試手続きのオンライン化」にとどまらず、学生支援の強化、入試や募集広報の高度化のためのデータ活用こそが主眼であることが伝わってくる。

「紙からデータへの移行のように慣れ親しんだ文化が新しい文化に置き換えられる時、どんな組織でも『本当に大丈夫なのか』と不安になる。それでも、ずっと立ち止まったままではなく、不安の払拭のために前に進んでみることが大事だと思う。われわれは『こういう世界観を実現したい』という明確な意思を持って多くの大学の先頭に立ち、挑戦を続ける。最初にやるからこそ得られるものがあるはずだ。そんな考えが全学で共有されていることが、本学の強みかもしれない」(高原部長)。