私大連が理系への転換支援事業に対し、財政支援強化などを要望
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2023.1120
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3行でわかるこの記事のポイント
●学部転換による人件費の二重負担、教員確保等の課題を指摘
●転換後の自走化に向けた支援の必要性についても盛り込む
●文科省は「見直し可能な要望は前向きに検討」と回答
文部科学省が3002億円の基金を活用して大学に理系分野への転換等を促す「大学・高専機能強化支援事業」について、日本私立大学連盟(私大連)は改善要望をまとめ、10月、同省に提出した。私大連の担当者は「文系学部のみの大学や地方大学が命運を賭けて学部転換にチャレンジするケースもある。国を挙げて推進する理系人材育成が実を伴ったものになるよう、文科省には私大へのより強固な財政支援、柔軟な制度運用を期待したい」と話す。
*理系学部新設等を支援する事業に67大学を選定―文科省(Between情報サイト)
*私大連の要望書はこちら
私大連は、加盟大学が「大学・高専機能強化支援事業」を活用して改革を推進する後押しをしようと、2023年4月、「理工系分野の充実・推進プロジェクト」(担当理事:伊藤公平・慶應義塾塾長)を設置した。初回の公募で選定された大学へのヒアリングもふまえて私立大学の立場から事業の課題を洗い出し、12項目の改善要望をまとめた。
事務局への取材をふまえ、学部レベルの新設・再編を対象とする支援事業の「メニュー1」について、財政支援と規制緩和に関する要望を解説する。
財政支援の要望は以下の通り。
【要望1】学部転換(スクラップ・アンド・ビルド)時の人件費支援
既存の文系学部のスクラップ・アンド・ビルドなど、学部転換による理系学部新設を念頭に置いた要望だ。新設学部が完成年度を迎えるまでは既存学部と両方の教員の人件費がかかり、大きな負担となる。そこで、支援事業に選定された場合は、①事業による人件費の追加支援、②私立大学等経常費補助金(以下、「経常費補助金」)による人件費支援のうち、少なくともいずれかの実現を求めている。
【要望2】「メニュー1」フェーズ3における支援の拡充
支援事業の「フェーズ3」とは、学部等の開設から完成年度までの期間を指す。この期間の支援金額の上限4000万円について、フェーズ2(設置認可申請から学部等の開設までの期間)の上限約20億円に比べて「かなり安価」と指摘。教育活動のPDCAサイクルを回して教育の質を向上させられるよう、改組の規模や挑戦の大きさに応じた支援金額の積み上げを求めている。
【要望3】本支援事業終了後の自走化支援
支援を受けて私立大学に新設された学部等が「将来にわたって定着」できるよう、「例えば国立大学の理工農系学部の運営費を算定し、それに準じた額を私立大学に支援するなど、経常費補助等での確実な支援の確保」を要望している。
私大連の担当者は「私大にとって自走化は極めて重要な課題だ。支援事業によって高額の施設や機器を導入できても、支援終了後はランニングコストが重くのしかかる。その負担を懸念して申請をためらう大学もある。成長分野の人材を育成するという国家戦略に基づく事業である以上、設置形態によって負担に大きな差が生じるのは適切ではない」と述べる。
【要望7】学部設置等初年度からの私立大学等経常費補助金の早期交付
現行制度では、新設学部に対する経常費補助金は完成年度を過ぎてから交付される。これについて、「私立大学がより積極的に改革に取り組むためには、本支援事業と経常費補助金が有機的かつ相乗的に組み合わされた柔軟な支援が不可欠」とし、支援事業対象の学部等には初年度から経常費補助金を交付するよう求める。
この要望は2024年度の文科省の概算要求に反映された。私大連の担当者は一定の評価をしつつ、「適用対象に条件がつかないかなど、今後示される詳細な内容を注意深く見たい」と話す。
規制緩和に関連する要望は以下の通り。
【要望6】教員確保と教育体制強化に向けた設置計画履行期間の柔軟な設定
この支援事業によって一気に理系学部新設の動きが活発化し、元々人材が不足していたデータサイエンス分野を中心に教員の確保が難しくなっている。要望書では「教員採用が数の『間に合わせ』の対応となっては」「本来の目的である成長分野で活躍しうる人材育成を十分に行うことはできません」と指摘。
教員不足はこの政策を進めるうえで最大の課題だとし、対応として、支援事業の対象となる設置認可申請については「設置計画履行期間(AC 期間)を修業年限に限らず弾力的に設定できる仕組みの構築」を提起する。
通常は申請時点で完成年度までの教員配置計画を示す必要があるが、たとえば修業年限が4年の場合は6年間での計画も認めるといった柔軟な対応を求める。
私大連の担当者は「特に、地方の大学でデータサイエンスの教員を確保するのは至難の業だ。文科省からは基幹教員制度やオンライン授業の活用を提案されているが、それだけでは解決しない問題も多い」と説明する。
【要望8】東京 23 区内に設置する大学の取組における要件緩和
私大連はかねてから、東京23 区内における定員規制の撤廃を求めている。今回の支援事業の創設を受け、デジタル分野の学部等に限っては23区内でも定員増を認めるという特例措置ができた。ただし、その場合も新学部等の完成年度以降3年以内に大学全体の入学定員を増加前に戻すなどの要件が課される。
要望書では、23 区内の大学についても定員の純増による成長分野の強化・転換の取り組みを認めるよう提起。それが難しい場合は、事業による支援額引き下げ観点として挙げられている「既存組織の定員増」を適用しないよう求めている。
担当者は「地方と23区内の大学で取り組みの自由度に差があるのは問題だ。改革のチャンスは、立地に関係なく意欲ある大学に等しく与えてほしい」と話す。
【要望 10】設置認可に係るスケジュールの見直し
支援事業の「フェーズ1」(学部再編等の検討体制構築の期間)は3年間で、選定後、原則として3年以内に設置認可申請や届出をする必要がある。要望書では、申請前の十分な準備ができるよう、この期間の弾力化を提起。
さらに、認可後に学生募集の期間を確保できるよう、事業に選定された取り組みについては申請から認可までの期間の短縮を求めている。
担当者は「成長分野への転換を効果的に進めるため、支援事業を通じた改革の取り組みを社会にいち早く周知できる仕組みがあるといいのでは」と話す。
私大連がこの要望書を文科省に提出した際、同省の担当者は「国家戦略としての事業なので、大学が少しでも手を挙げやすい状況をつくれるよう、見直しが可能な要望については前向きに検討したい。ただ、設置認可は教育の質の信頼性にも関わることであり、また23区の定員規制は法によるものなので、支援事業で選定された取り組みだけを特別に扱うことは難しい」と話したという。
私大連の担当者は「私立大学には文系学部のみの大学も多く、今回の支援事業に命運を賭ける覚悟でチャレンジする大学もある。その意欲がしっかり成果につながるよう、政府には最大限の支援を期待したい」と話している。