2021.0921

地域密着のAI教育で「リテラシーレベル・プラス」に-久留米工業大学

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3行でわかるこの記事のポイント

●評価ポイントは「全学必修」「学習支援」「地域との連携」
●2つのAI科目をコアとする体系的なプログラムを構築
●選抜クラスは企業の課題解決に取り組むPBLも

先ごろ、文部科学省が認定した2021年度の「数理・データサイエンス・AI教育プログラム(リテラシーレベル)」78件のうち11件が、先導的で独自の工夫・特色があるとして「MDASH Literacy+(プラス)」に選ばれた。久留米工業大学のAI教育プログラムもその一つだ。地方の工学系大学の特色として打ち出してきた「地域課題の解決」に加え、「全学必修の実績」「学習支援の工夫」が評価された。認定対象の科目と「応用・基礎レベル」の認定をめざす科目を中心に、「地域課題解決型AI教育プログラム」の概要を紹介する。

データサイエンス教育認定プログラム第二弾と先導的な「プラス」を発表


●1、2年次に「AI概論」「AI活用演習」を必修化

 久留米工業大学は工学部に機械システム工学科、交通機械工学科、建築・設備工学科、情報ネットワーク工学科、教育創造工学科の5学科を置く。学部学生数は約1500人。
 全ての学生がデータサイエンス・AI教育を学べる環境を整備するという政府方針の下、2020年度にスタートした「地域課題解決型AI教育プログラム」の全体像は下図の通り。コア科目として新設し、全学で必修化しているのが1年次後期の「AI概論」(2単位)と2年次前期の「AI活用演習」(2単位)。今回、「数理・データサイエンス・AI教育プログラム(リテラシーレベル)」に認定されたのは「AI概論」だ。

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 1年次前期に必修の「コンピュータリテラシー」「数学・統計学基礎」等を学んだうえで2つのコア科目を履修。そこで学んだAIに関する知識と応用力を地域課題の解決に生かすため、「地域連携Ⅱ <AI活用演習(選抜クラス)>」を選択履修する。インターンシップでAI活用の現場に触れることもできる。そして、3年次の研究室配属後、「就業力実践演習」や4年次の「卒業研究」でAIをテーマにした研究に取り組むなど、段階的に履修する。「地域課題解決型AI教育プログラム」はこのような流れが想定されている。

●プログラムの開講と認定をめざし研究所を設置

 久留米工業大学は「筑後地方唯一の工業大学」として、技術による地域貢献に力を入れてきた。地元の工業団地などと連携して企業の課題解決を支援し、卒業研究で企業の協力を得る学生も多いという。こうした背景の下、新たな教育プログラムもAIを活用した地域課題解決を柱に据えた。
 AI教育プログラムの計画と実施を担い、文科省の認定を得ることをミッションとして2020年4月にはAI応用研究所を設置。地域の企業にAIの活用状況をヒアリングし、AIを使って解決したい課題も募った。そこで集まった情報や課題が2つのコア科目に取り込まれ、文字通り地域密着の教育プログラムになっている。

●工業大学の自負を示す「高度な『リテラシーレベル』」

 「リテラシーレベル」の「AI概論」は、AI応用研究所の副所長を務める小田まり子教授ら3人の教員が担当。機械やロボットによるAI制御、自動運転や交通量予測、建築工事現場映像のAI解析など、5学科それぞれの専門領域におけるAIの活用について、地元企業の例も交えて解説し、学生の興味を引き出す。
 これは文科省が「リテラシーレベル」で重視するポイントでもあるが、久留米工業大学ではその水準にとどまらない発展的内容も扱う。小田教授は、「工業大学らしい『正統派』の教育プログラムを志向している」と説明。pythonによるプログラミングをはじめ、画像分類や近未来予測などの演習が授業の半分以上を占め、分析には企業やウェブサイトから得られる実データを使う。

●オンライン学習プラットフォームで知識・スキルを補完

 「AI概論」に続く「AI活用演習」では、AI技術を用いた企画立案から開発・実装までを経験させる。こちらも理論と演習を行き来するスタイルをとり、授業の約半分は演習だという。
 「AI概論」の成績優秀者の中から希望者を募って編成する「選抜クラス」は、「AI活用演習」とセットで企業の課題解決のPBLにも取り組む。初年度の選抜クラス履修学生は31人。各グループに教員が1人加わり、ファシリテーターを務める。PBLのテーマは、AI応用研究所に寄せられた相談の中から、「AI概論」で学んだ画像認識や機械学習の技術を応用でき、2年生でも比較的取り組みやすいという観点から下表の6件を選んだ。

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 地場産業である久留米絣の織元から出された課題のうち、「風合いの評価基準の確立」は画像認識、「柄ずれの防止」は「近未来予測」の技術をそれぞれ活用して解決策を探った。画像認識による品質評価については良否基準を設定し、深層学習による良否分類の段階までこぎつけたという。
 「障碍児の教育支援」には、特別支援学校でのICTによる教育支援、音声認識・画像認識を用いた発音練習システムについて研究する小田教授の知見とネットワークが生かされた。学生は、会話が困難な児童・生徒の視線や表情から授業の理解度や気持ちを読み取る教育システムの開発に取り組んだ。
 コロナ禍のため、PBLの活動はZoomで実施。各チームの担当教員とSAは質問や相談への対応にとどめ、学生主体のグループワークを促した。企業の担当者は自社の課題を説明する初回と成果発表の最終回に参加したほか、メールやオンラインでのアドバイスを通して学生を支援。3チームは海外の大学と連携し、英語による成果発表も行った。
 PBLでは各チームの課題に応じて幅広い分野の知識が求められる。「AIをはじめとする先端技術の進化の速さは教員でもキャッチアップするのが難しい」(小田教授)ため、オンライン学習プラットフォーム「Udemy」を導入。学生は足りない知識やスキルを動画で補った。技術関連はもちろん、開発したプログラムを企業に評価してもらうための調査や成果報告のプレゼンテーション等の手法を解説する動画も、多く視聴された。
 選抜クラスのPBLは当初、自主活動という位置付けだったが、小田教授らは「熱心な取り組みをきちんと評価すべきだ」と考え、地域の協力も得られたため、学期途中に急きょ、「地域連携Ⅱ(プロジェクト演習)」(1単位)の履修として認定することを決めた。

●走りながら考え、修正する教育プログラム

 多くの大学にとって、データサイエンス・AI教育の最大のハードルは「教えられる教員がいない/少ない」ということだろう。工学系の久留米工業大学でも、全学科の学生に対してAIリテラシー教育を行える教員はいない状況だった。小田教授は「私自身、情報が専門だが最新のAI技術・研究に詳しい専門家ではなかった。研究所をつくることが決まり、5学科の専門分野に関連したAI技術を半年かけて猛勉強し、新しい教育プログラムのスタートにこぎつけた」と振り返る。現在は、情報の担当教員をはじめ各学科の教員もAIを関連づける形でそれぞれの専門分野の教育・研究を拡張している。
 「これまで、大学が新しいカリキュラムや科目を立ち上げる時は、他大学の先行事例を参考にすれば何とかなった」と小田教授。しかし、データサイエンス・AI教育には先行事例がほとんどない。「細部まで作り込んで完成させてから始めようと考えていたら、いつまでたっても今、目の前にいる学生に必要な教育を提供できない。ある程度の見切り発車はやむを得ないと割り切り、走り出して試行錯誤しながら修正し、改善していくしかないのでは」。
 PBLの単位認定はまさに、「走り出してから考えたこと」の一例であり、学習支援のチャットボットも必要に迫られて学期途中に導入した施策だ。同大学ではパソコン必携で、機器や自宅のネット環境がそれぞれ異なる。そのセットアップに初めてのプログラミング演習が加わり、初年度の「AI概論」の履修者からは質問が殺到、教員は対応に忙殺された。人力での対応に加え、LINEの活用を経て、 AIチャットボットに行き着いたという。 

●体系的なプログラムで「応用・基礎レベル」に申請予定

 今回、「MDASH Literacy+(プラス)」に選ばれた評価ポイントについて、文科省からは①リテラシーレベルのプログラムをいち早く全学必修にした実績、②チャットボットの活用等による学習支援、③地域との連携-とのフィードバックを受けたという。これをふまえ、次は2022年度に予定される「応用・基礎レベル」の認定に申請すべく準備を進めている。「AI活用演習」を軸に、「コンピュータリテラシー」や「数学・統計学基礎」、そして「地域課題解決型AI教育プログラム」を特色づける「地域連携Ⅰ・Ⅱ」まで包む体系的なプログラムとしての申請を検討中だ。
 小田教授は授業で「いずれAIが人間を支配する時が来ると言って不安をあおる人もいるが、AIは本来、上手に使いこなすことによって人間を幸せにする道具。未知の可能性を秘めているからこそ面白く、若いあなた達が知識を得て、上手な使い手になるべきだ」と語りかける。
 企業からAI応用研究所に寄せられる相談も、「こうしたい」という形で顕在化したニーズは少なく、ほとんどは「AIを使えば自分の業界でも何かできそう」という漠然とした期待だという。だからこそ、学生にPBLでアイデアを出してもらう素材としてふさわしく、いずれ専門的な研究に発展する可能性も秘めているというわけだ。
 「初年度のPBLで美容室の課題を取り上げたように、今後、AIの活用は工学とは異分野の世界にも広がっていくはずで、学生が面白がるポイントもそこにある。今後も地域密着で敷居を低くし、さまざまなテーマが社会から持ち込まれる大学でありたい」。


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