3学部連携の「学環」で分野横断型学位プログラム新設へ-桐蔭横浜大学
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2022.0606
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3行でわかるこの記事のポイント
●学部等連係課程制度を活用し、学部と学環の専任教員を兼務
●幅広い学びとアウトプット力で現代的課題を解決できる人材を育成
●学環のノウハウを学部に還元し、全学の教学改革につなげる
桐蔭横浜大学は、2023年度に「現代教養学環」を新設する準備を進めている。同学環では既存の3学部が連携して分野横断型の学位プログラムを実施。連携する教員は本来の所属学部と学環、両方の専任教員を兼ねる。学部等連係課程制度を活用、全学のリソースを結集する教育で現代社会の課題解決に貢献できる人材を育成する。新学部ではなく学部等連係課程にした背景には、学環の先進的な教育を既存学部に還元し、全学的な教学改革につなげる意図がある。河本達毅副学長に、学環の概要、およびその前段となる全学共通教育の整備について聞いた。
*参考記事
「オンライン授業での気づきを教学改革につなげる-桐蔭横浜大学」(Between情報サイト)
桐蔭横浜大学には法、医用工学、スポーツ健康政策の3学部があり、約2300人の学生がいる。
この数年で法人・大学のトップに、教学改革に精通した教員等が次々に加わった。学校から社会への移行(トランジション)を研究し、アクティブラーニングの第一人者でもある溝上慎一氏が2018年に、学習理論・学習研究の専門家・森朋子氏が2020年に、それぞれ着任。いずれも中央教育審議会大学分科会教学マネジメント特別委員会(2018~2019年)の委員を務め、そこでの議論も生かして「学生本位の教育」を現場で実践すべく、教学改革を進めている。
2021年には、文部科学省で「大学教育再生加速プログラム(AP)」事業等を担当し、多くの大学に足を運んで教学改革の最前線を見てきた河本達毅氏が着任。2022年度から溝上氏が理事長、森氏が学長、河本氏が副学長兼事務局長を務めている。
強力な体制の下、まず着手したのが、全学の教育目標「ユニバーシティ・ポリシー」の策定だ。桐蔭横浜大学のどの学部に属していても修得すべき「人生と学びの基盤となる力」として、6つの力を設定。物事を批判的に捉え、問題を発見・解決するために行動できる「考動力」、他者の意見に耳を傾けながら自らの意見を表現する「共感力」をはじめ、「複眼的思考力」「リーダーシップ」「探究力」「自律的キャリア」で構成されている。
ユニバーシティ・ポリシーを具現化するために構築されたのが全学共通科目「MAST」で、2022年度に本稼働している。MASTを通してすべての学生が「人生と学びの基盤となる力」を標準的に身に付け、それを土台として学部ごとの専門性を積み上げるという教育体系にした。現代教養学環のコンセプトや教育内容とも深い関わりを持つMASTについて、まず詳しく説明する。
「MAST」は帆船に帆を張るための柱となるマストにちなむ。学生(船)が社会(海)を渡っていく時、推進力を生み出す帆(専門分野)を張るためには、土台となるマストが必要だ。そこで、専門分野の土台となる全学共通科目の名称を「MAST」にした。
MASTには、科学、文化、政策といった多様な視点から「スポーツ」「健康」にアプローチする学際系学部・スポーツ健康政策学部の科目を中心に、3学部のリソースを結集。現代的課題にアプローチする切り口として「地域創成」「ビジネス」「異文化スタディ」「現代心理」「地球環境」という5つの分野に整理し、各分野から偏りなく履修させる。
プログラムのコンセプトは「現代的課題の解決」だ。学問的ディシプリンに沿ってビジネスや心理学を学ぶのではなく、「現代社会においてビジネスや心理学の視点からどんな課題を解決できるか」と考える科目になっている。その後に履修する専門科目でも常にこの立ち位置で学べるよう、意識づけを図る。
MASTには溝上理事長、森学長らの知見に基づく最先端の教育手法を導入。コロナ対応で確立したハイブリッド型授業を戦略的に取り入れ、「教員の個別最適化」を図るチームティーチングと組み合わせる。知識のインプットは学部の教員が担当するオンデマンドの講義で。アウトプットは、教育研究開発機構に所属し、アクティブラーニングのファシリテーションに長けた教員陣が担当、対面授業でグループワークやプロジェクト学習を行う。
地域や企業でのプロジェクト学習に集中的に取り組む期間を確保するため、2022年度には2学期制から3学期制に変更。3学期をアクティブラーニング・タームとしている。
MASTでは、「人生と学びの基盤となる力」の修得というねらいの下、3科目を必修にしている。自己分析を通して「なりたい自分」とその実現までの道のりを描き出す「桐蔭キャリアゲート」、アカデミックスキルを修得する「桐蔭スキルゲート」、データリテラシーを修得する「データコミュニケーション入門」だ。
全学共通の必修科目を設定するねらいについて、河本副学長は「学生のつまずきをいち早く発見してアーリー・アラートを全学で共有し、MASTと学部が連携しながらチームでサポートする仕組みをつくるため」と説明。MASTは全学的な初年次教育プログラムとしても機能する。
「一人の教員に教育も研究も、学修支援もアクティブラーニングも、と求めることには限界がある。これまではFDでどうにか対応しようとしてきたが、本学では学生の学びを中心に据え、チームで対応していく」(河本副学長)。
学際的な要素をMASTに移行したスポーツ健康政策学部は2023年度、スポーツ科学分野に特化したスポーツ科学部に改組する予定だ。
既存の3学部の学生はMASTを履修した後、それぞれの専門分野に進む。これに対し、「学際的で幅広い学び」「アウトプット力の強化」によって現代社会の課題を解決する力を育てるMASTの教育を4年間に拡張し、深化させるのが新たに設ける現代教養学環だ。
入り口、出口を旧来の専門分野で分けず、幅広く学んだうえで自分の専門分野を軸にして他の分野とつながり、他者との協働によって社会を変革する-。溝上理事長、森学長が思い描くのは、そんな人材の育成だ。河本副学長は「変化が激しく不確実性、複雑性を増す現代社会に必死で追いつこうとするのではなく、自ら変革を起こす側になって新たな価値を創造できる。本学はそのような人材の育成で存在感を発揮していきたい」と話す。
現代教養学環は2019年にできた学部等連係課程制度を使って新設する。この制度は学部の枠を越えた文理融合、分野横断的な学位プログラムの機動的な設置を促すことがねらいだ。教員は本来の所属学部と新たな組織の専任教員を兼ねることができ、開設の2カ月前まで届け出が受け付けられるなど、改組を柔軟、スピーディーに行える。
桐蔭横浜大学では既存の3学部から教員を出し合い、スポーツ健康政策学部の入学定員270人のうち70人を振り分ける形で現代教養学環を新設する。本来の所属学部と学環、両方の専任教員を兼ねる教員は12人ほどになる予定だ。
学部と同様、ディプロマ・ポリシーをはじめ3つのポリシーを設定し、独自の入試を行う。
MASTの5分野から接続する「地域社会学」「マーケティング学」「国際コミュニケーション学」「心理学」「サスティナブル工学」の5つの専門コースを設置し、MASTとの一体的なカリキュラム体系を構築。「分野横断の幅広い学修(広げる)」と「専門分野の探究(深める)」の間を行き来し、それぞれの中で理論と実践の間を往還することによって、ユニバーシティ・ポリシーで掲げる「考動力」「共感力」「探究力」などに一層、磨きをかける。
1年次はMASTで5つのコースの基礎科目を幅広く履修。アウトプットのトレーニングをする「プロジェクト入門」が必修だ。
2年次進級時にコースを選んで専門分野を掘り下げる。学年後半は「分野横断プロジェクト」で他のコースの学生と協働。専門分野を他の分野とつなげて課題解決に取り組み、視野を広げる。所属コース以外の研究室もローテーションで回ったうえで、3年次からのコースを正式決定する「レイトスペシャライゼーション」を採用する。
3年次はゼミを中心に専門研究を深める。2、3年次の各コースの科目は各学部の専門科目に相乗りする形で学部の学生と一緒に授業を受ける。
4年次は再び「広げる」のフェイズだ。コース混成の「知識集約型研究プロジェクト」で互いの専門性を持ち寄って学びの集大成に取り組む。
学修成果は、各学年の主要科目におけるディプロマ・ポリシー達成度を評価する手法で可視化する。「何を学んだか」ではなく、「何ができるようになったか」をディプロマ・サプリメントをイメージした「ショーケース」に記録し、就職活動等で活用してもらう予定だ。
本来の学部と学環、両方に籍を置く教員は、学環への関わりの度合いによって「専属専任教員」と「連係専任教員」という区分を設ける。計5人ほどの「専属専任教員」はエフォートの多くを学環に移して運営を担う。主要授業を担当し、教授会に相当する運営会議を構成する。「連係専任教員」は学部と学環の双方に関わる。学環の専任教員には加わらず、学部での担当授業を学環に提供する教員は「科目等提供教員」という位置付けだ。
文科省への届出に向けた準備を進める一方、学生募集についても検討が進みつつある。オープンキャンパスでは、プロジェクト学習等、特色ある学びを体験してもらう「プレカレッジ」を開催する予定だ。そこで現代教養学環に興味を持った受験生には総合型選抜にエントリーしてもらい、プレカレッジでの成果を評価する育成型の入試を導入することも考えている。
「高校段階で得意なことや好きなことがはっきりしている生徒なら学部を選ぶことができる。しかし、進学率が上昇し、自分の適性がよくわからないまま大学や学部の選択を迫られる生徒も多いのではないか。現代教養学環ではそんな層も受け入れ、なりたい自分を見つけ、それを実現する道のりを描く手助けをしたい」(河本副学長)。
既存学部のリソースを集めて分野横断的な学位プログラムを構築する手段としては、届出による学部新設も可能だ。河本副学長は「学部等連係課程を選んだのは、既存学部と新組織の間で学びの往還をつくり出したかったから」と説明する。教員が学部と学環の両方に所属して行き来することによって、学部の専門性を学環に提供する一方、学環で行われるアクティブラーニングなど、先進的な教育手法を吸収して学部でも実践することが期待されている。
学環にはMASTと同様、「理論の講義(インプット)」と「アクティブラーニングによる実践(アウトプット)」をセットにした科目、アクティブラーニング中心のプロジェクト科目などがあり、いずれも学部と兼務する教員と教育研究開発機構所属の教員とのチームティーチングで実施される。兼務教員はこれらの科目を通してファシリテーションのノウハウに触れる。「学環の教員は全員がアクティブラーニングを実践できるようになるのが理想だ」と河本副学長。
学部のリソースを結集し、成果やノウハウを学部に還元することによって全学的な教学改革のエンジンにしたい―。現代教養学環の新設には、そんな戦略が仕込まれている。