2016.1108

THE日本大学ランキングの先行例-アメリカ大学ランキングの指標とは?

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3行でわかるこの記事のポイント

●世界ランキングとは異なる教育重視の指標で対象校を広げた
●4分野15指標の中には卒業生の給料や教育ローン返済率も
●10万人の学生調査で「批判的思考力の育成」「社会での学びの応用機会」を評価

2016年9月に発表された「THEアメリカ大学ランキング2016-2017」は、THEが初めて教育に重きを置くランキングとして設計された。THEは、そこでの基本的な考え方を2017年3月末発表予定の日本大学ランキングにも取り入れつつ、日本の社会や大学の特性に合った独自の指標を開発する。THEはなぜ、教育重視のランキングに取り組むのか。アメリカの大学の特性は、教育力の評価指標にどう反映されたのか。日本大学ランキングの先行事例として、いくつかの示唆が読み取れるアメリカ大学ランキングの概要を紹介する。
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●知名度は低くても教育に秀でた大学を掘り起こす

 同じく9月に発表された「THE世界大学ランキング2016-2017」にランクインしたアメリカの大学は148。一方、アメリカ大学ランキングには1061大学がランクインした。前者は研究力重視の評価で、年間の論文数に基準を設けて対象校を絞っている。アメリカには、良質な教育で評価されている小規模なリベラルアーツカレッジが数多くある。アメリカ国内の大学ランキングではこうした大学も対象に含め、より多くの大学を評価した。
 THE大学ランキングを運営するイギリスのTES Global社の幹部は、「アジアの学生がアメリカの中で知っている大学だからという理由でハーバードをめざしても、選抜のための共通試験で基準に達しないということもある。だからと言ってアメリカ留学そのものを断念する必要はない。アメリカには素晴らしい教育をしている大学が他にも多くあることを知ってもらい、留学希望者の選択肢を広げたい」と、今回のランキングのねらいを説明する。
 主要な大学ランキングの中でもTHEはもともと研究力と教育力のバランスに配慮した評価が特徴だが、教育力に大きく舵を切った今回の試みは画期的と言える。TES社はアメリカ大学ランキングで大規模な学生調査を実施し、学生の視点による教育力評価を導入した点を強調。このような手法を活用しつつ、他のエリアにも教育重視のランキングを広げていくことに意欲を示している。

●「人生で最も重要な選択に必要な情報を提供」

 今回のアメリカ大学ランキングは4分野15指標による評価がなされ、ベスト10は下表の通り。 usa_best10.png
 4分野15指標は、「人生で最も重要な選択の一つである大学選びをする時、本人と家族にとって特に関心があることに答える」という観点で設定された。具体的な内容と比重は以下のようになっている。

【分野1】 資源(30%)
  指標① 学生一人当たりの教育費(11%)
  指標② 教員数と学生数の比率(11%)
  指標③ 教員一人当たりの論文数(8%)

【分野2】 学生のエンゲージメント・関与(20%)

  指標④ エンゲージメント(7%)
  指標➄ 学生による推薦(6%)
  指標⑥ 教員と学生との対話(4%)
  指標⑦ 公式プログラムの数(3%)

【分野3】 アウトカム(40%)
  指標⑧ 6年間での卒業率(11%)
  指標⑨ 卒業生の給料(12%)
  指標⑩ ローン返済率(7%)
  指標⑪ アカデミックな評判(10%)

【分野4】 環境(10%)

  指標⑫ 外国人学生の割合(2%)
  指標⑬ 学生の多様性(3%)
  指標⑭ 学生の包含性(2%)
  指標⑮ 教職員の多様性(3%)

 参考としてTHE世界大学ランキングの5分野13指標を以下に示す。両者の違いは明瞭だ。

【分野1】 教育力(30%)
  指標① 評判調査(15%)
  指標② 教員数と学生数の比率(4.5%)
  指標③ 博士号取得者数と学部卒業生数の比率(2.25%)
  指標④ 博士号取得者数と教員数の比率(6%)
  指標➄ 大学全体の予算(2.25%)

【分野2】 研究力(30%)
  指標⑥ 評判調査(18%)
  指標⑦ 研究費収入(6%)
  指標⑧ 論文生産性(6%)

【分野3】 研究の影響力(30%)
  指標⑨ 論文引用数(30%)

【分野4】 国際性(7.5%)
  指標⑩ 外国人学生数と国内学生数の比率(2.5%)
  指標⑪ 外国籍教職員数と国内教職員数の比率(2.5%)
  指標⑫ 国際協力(2.5%)

【分野5】 産業界からの収入(2.5%)
  指標⑬ 産業界からの研究費収入(2.5%)

●日本大学ランキングでは高校教員、人事担当者への調査も

 THEアメリカ大学ランキングの4分野15指標について、詳しく見ていく。

【分野1】 資源
指標① 学生一人当たりの教育費
学部と大学院を合わせた教育費で、IPEDS(アイペッズ。アメリカの教育機関が入力を義務づけられている各種情報のデータベース)のデータを使用。

指標② 教員数と学生数の比率
IPEDSのデータを使用。

指標③ 教員一人当たりの論文数
各教員の専門領域における研究の卓越性が教育に還元され、学生の学びを豊かにするという観点から論文生産性を見ている。エルゼビア社のデータベースを使い、世界的に権威ある学術誌に掲載された論文数をチェック。

【分野2】 学生のエンゲージメント・関与
指標④~⑥は、全米で10万人以上を対象に実施した学生調査に基づいて評価した。ソーシャルメディアを使って集めた各大学の学生にネット上で12の質問をし、選択式、または段階別評価で回答させ、自分の属性情報も提供してもらった。大学ごとに50人以上の回答者を確保した。

指標④ エンゲージメント
「大学は批判的思考力をどの程度養っているか」「学んだことを現実の社会で応用する機会がどの程度確保されているか」など、4つの質問に対する回答に基づいて評価。

指標➄ 学生による推薦
大学進学を考えている友人や家族に自分の大学をどの程度薦められるか。

指標⑥ 教員と学生との対話
「教員と交流する機会がどの程度あるか」「学生同士が協働して学ぶ機会がどの程度あるか」という質問に対する回答に基づいて評価。

指標⑦ 公式プログラムの数
学生にどれほど多くの、そして幅広い教育を受ける機会を提供しているか。IPEDSのデータを使用。

【分野3】 アウトカム
大学教育が学生の人生に大きな変化をもたらし、成功へと導いたかという観点の評価である。

指標⑧ 6年間での卒業率
学生がドロップアウトしないよう有効な支援をしたかという観点で評価。IPEDSのデータを使用。

指標⑨ 卒業生の給料
大学入学から10年後の所得を見る。

指標⑩ ローン返済率
教育ローン返済開始3年後に一定の割合を返済した学生がどの程度いるか見る。
指標⑨⑩については、大学ごとの幅広い属性情報(学生の構成や大学の特徴)に基づく統計モデルを使い、各大学の卒業生の給料とローン返済率を予想。実際にはその予想値をどの程度上回っているか、もしくは下回っているか見る。いずれもIPEDS、およびBEA(アメリカ合衆国経済分析局)のデータを使用。

指標⑪ アカデミックな評判
THEの年度ごとの学術評判調査に基づく評価。

【分野4】 環境
キャンパスにおける多様な人々との接触が相互の成長を促すという観点から、多様性の確保について4つの指標で評価。いずれもIPEDSのデータを使用。

指標⑫ 外国人学生の割合
大学が国境を越えて学生を引きつける力があるかという評価にもなる。

指標⑬ 学生の多様性
民族的多様性を見る。

指標⑭ 学生の包含性
世帯で初めて大学に進学した学生を低所得世帯出身者と捉え、その割合を評価。

指標⑮ 教職員の多様性
民族的多様性を見る。

 卒業率や民族的多様性、経済力の獲得度合いなど、アメリカ社会の実情や人々の意識を反映した指標も多く、同じ教育重視の大学ランキングと言ってもこれらがそのまま日本大学ランキングに流用されるわけではない。日本では初年度、学生調査を実施しない方向だ。一方で、世界ランキングで使用される論文生産性のデータを「研究力は教育の資源」という観点から教育費やST比と同じ分野の指標とする手法は、日本にも適用される可能性がないとは言えない。
 日本大学ランキングの評価指標は3月の結果発表と同時に公表されるが、すでにデータの収集が明らかにされているものもある。生徒の大学選びに影響力を持ち、卒業生を通じて大学情報を入手することも多い高校の進路指導担当教員への調査は、学生満足度を間接的に見る役割も持ちそうだ。社会が求める能力を大学が修得させているかなど、企業の人事担当者への調査も取り入れられる。
 従来の研究重視の大学ランキングと違い、大学進学を考える多くの高校生とその保護者、高校教員が注目し、大学選びの参考とするであろう教育重視の大学ランキング。多くの大学の参加によって、3月の発表がより適正で充実した情報となることが期待されている。