2021.0517

「Plus-DX」ダブル採択の金沢工業大学-学修の個別最適化をめざす

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3行でわかるこの記事のポイント

●「取り組み1」では先駆的に整備した学修支援システムと蓄積データを活用
●卒業生のプロファイルに基づき成長につながる履修科目や活動を助言
●「取り組み2」では大学共同のPBLやVR・ARを活用した実験・実習を推進

文部科学省が2020年度から2021年度にかけて実施する「デジタルを活用した大学・高専教育高度化プラン(Plus- DX)」には大学、短大、高専合わせて252件の申請があり、54件が採択された。2つあるテーマの両方で採択された9大学の中の一つが、「教育付加価値日本一」を掲げる金沢工業大学だ。先駆的に取り組んできた学修支援のデジタル化によって教育支援基盤システムが整備され、膨大なデータが蓄積されていることがアドバンテージとなった。学生の個別支援を進化させる「取り組み1」を中心に、採択された事業の概要を紹介する。
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●学びの質向上と業務効率化をめざして独自のLMSを構築

 「デジタルを活用した大学・高専教育高度化プラン(Plus- DX)」は、「取り組み1 学修者本位の教育の実現」と「取り組み2 学びの質の向上」という2つのテーマで募集がなされた。前者はLMS(Learning Management System=学修管理システム)を導入し、ログを解析して習熟度別の学修を支援する取り組みなどが対象。後者はVR(Virtual Reality)等を用いた遠隔授業によって、これまで困難と思われていた内容の実験・実習を実現する取り組みが対象となった。
 金沢工業大学は「取り組み1」に「DXによる学生一人ひとりの学びに応じた教育実践」、「取り組み2」に「DXによる時間と場所の制約を超えた学びの場の創出」でそれぞれ申請し、どちらも採択された。
 同大学は2016年に就任した大澤敏学長の方針の下、他大学に先駆けて教育や学修支援のDX(教育DX)に取り組んできた。採択事業全体を統括する鹿田正昭副学長は「『一人ひとりの学びに応じた教育』『時間と場所の制約を超えた学び』という申請テーマはそのまま、本学が推進してきたDXの2本柱でもある」と説明する。
 Society5.0に対応して活躍できる人材を育成すべく、IoTやAI、ビッグデータなどを扱う情報技術教育を整備し、現在は全学科目として位置づけている。教育効果を最大化するため、反転授業や遠隔授業にも力を入れてきた。遠隔授業に超大型ディスプレイを使う「多地点等身大接続システム」、VRとHMD(Head Mounted Display)なども授業での活用実績がある。
 学生の学びの質向上と教学業務の効率化のため、独自の学修支援システムも構築してきた。学生が目標設定と進捗管理を行い、振り返りや気づきを記入するポートフォリオを導入し、教員がアドバイスや面談を通して成長を支援。各科目の履修状況が確認できeシラバスの入り口にもなる「KITナビ」、単位修得状況やGPA、資格取得等の情報と共にレーダーチャートで能力が可視化される「自己成長シート」を組み込み、独自のLMSを運用する。

●面談等のテキストデータも解析し、助言につなげる

 今回Plus-DXで採択された「取り組み1」では、これまでに整備したシステムと蓄積されたデータを活用してより高度な学修支援をめざす。
 まず、各システムに蓄積された十数年分のデータを統合し、学生一人ひとりについて入学から卒業までのプロセスを可視化。次に、卒業時の成績や就職先に基づいてデータを整理・解析し、卒業生が「どのように学びを深めたか」「どのようにつまずいたのか」といったポイントを明確にする。各学生に類似したタイプの卒業生を割り出し、成長や"成功"につながる科目履修や活動を助言したり、つまずきそうなことについて注意を促したりする。
 学期ごとの履修科目やGPA、出欠、課外活動などのデータにとどまらず、学生が週単位で記入するポートフォリオや教員による面談の内容もテキストデータとして蓄積されている。これらを解析することによって、例えば「意欲が高まり学ぶ姿勢が大きく変わった時期に、〇〇というキーワードがたびたび登場していた」といった情報を取り出し、アドバイスに生かしたい考えだ。

●5年前、AIを活用した支援にチャレンジ

 金沢工業大学は10年近く前から、学生の個別支援に課題を感じるようになった。ポートフォリオの運用が定着する一方、学生の意識や学びに対する姿勢が多様化する中、教職員が一人ひとりの状況を的確に理解して助言することが困難に。個々の教員の知識と経験に依存し、他の教職員の知見や卒業生の成功モデル、学部の枠を越えた学習機会の提供など、全学のリソースを生かしきれていないという問題意識が高まった。
 その問題意識の下、今回採択された取り組みの"序章"とも言うべきチャレンジが2016年から2017年にかけてなされた。IT企業と連携して学修データをAIで解析、卒業生のデータに基づいて個別にアドバイスするという、今回の採択事業とよく似た内容だ。学生がAIに直に相談するチャットボットを実用化するなど、一定の成果をおさめた。
 しかし、データを精査せずそのままインプットしたため意図する情報を得られなかったり、内部の計算式が非開示のため教員から学生に詳しく説明できなかったりという問題が生じた。「取り組み1」を担当する山本知仁教授は「なぜ、その科目を勧められるのか本人も教員もよくわからないということもあった。さまざまな現場でAIが使われだした時期で、機能はまだ未成熟だった。『AIが言っているのだから』と言って学生を無理矢理納得させるわけにもいかず、結局、積極的に使っていこうという方向にはならなかった」と振り返る。

●まず人力でデータを解析したうえでAI活用にステップアップ

 最初の"AI体験"をふまえて今回、データの解析はまず、データサイエンスの手法を使って教員が行うことにした。新たに入試の成績データも取り込み、学びのプロセスをより詳しく解析。修学アドバイザーが学生に対し、根拠とあわせて助言する。それが軌道に乗ってある程度データが整理された段階で再度AIを活用し、eシラバスとの連携により履修科目や教材をAIが推薦するアダプティブラーニングを構築する計画だ。
 ここ数年間でAIが進化して使い勝手が良くなる一方、学内では学生データがさらに厚みを増し、活用・分析のノウハウも蓄積された。満を持しての再チャレンジで、より高度で効率的な学修支援をめざす。山本教授は「いずれはLMSに入学前教育やリカレント教育のデータも取り込み、高大接続やキャリア支援の強化につなげたい」と意気込む。

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●VR・ARを活用した実験・実習で安全や倫理の意識を高める

 「取り組み2」については、金沢工業大学が積み上げてきた学内、および大学間連携によるPBLの実績を発展させる形で2つの計画を練っている。
 一つは金沢市近郊の12の大学と自治体等が参加する「金沢市近郊私立大学等の特色化推進プラットフォーム」における遠隔での共同授業だ。先述の「多地点等身大接続システム」で大学間をつなぐことによって、あたかも同じ場にいるような臨場感でPBLを実施する。金沢工業大学の学生にとっては医学や経済学を学ぶ他大学の学生との協働を通じ、多様な視点を獲得して学びを深められるというメリットが生まれる。運用が軌道に乗れば、連携先を他の地域や海外の大学にも広げたい考えだ。
 「取り組み2」の二つ目は、PBL科目や実験・実習科目へのHMDやデジタルコンテンツの体系的な導入だ。失敗しがちな実験をVRやAR(拡張現実)を使って繰り返し行い仮説検証ができるようにしたり、エンジニアとしての安全や倫理の意識を高めたりといったことを考えている。例えば、工作機械の安全講習会などで、加工する対象物や工具を正しく取り付けないとそれらが飛んでくる危険な様子をVRで体感させることができる。このように、実際に起きては困るようなことを疑似体験させ、理解を深める効果を期待している。
 「取り組み2」を担当する鈴木亮一教授は「対面授業と遠隔授業それぞれのメリットにデジタル技術を効果的に融合させることによって、従来の限界を越える新たな教育を構築したい」と話す。

●教職協働で「教育付加価値日本一」を追求

 今回の採択を受け、学内には教育DX推進委員会が設置された。委員長を務める鹿田副学長は「他に先駆けて取り組み、蓄積してきた経験とノウハウがわれわれの強み」と話す。「AIが万能というわけではなく、学生のことを熟知している教職員の知見を加えてこそ機能することも、経験を通してわかっている。その蓄積を土台に、教職協働によって新たなチャレンジを成功させ、学生一人ひとりに付加価値をつける教育をさらに磨き上げたい」。