ベネッセがデータサイエンス教育のセミナー ~壁は教材と教員の不足
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2019.1017
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3行でわかるこの記事のポイント
●他国に遅れを取る中、人材育成が政府を挙げての課題に
●今後は文系でも数学とデータ分析は必須のリテラシー
●eラーニングの活用で期待される教員の負担軽減と学生の理解度向上
ベネッセコーポレーションはこのほど、大学の教職員を対象にデータサイエンス教育に関するセミナーを開いた。AIを活用してビッグデータを分析し、新たなサービスや価値の創造でイノベーションを起こす人材の育成が政府を挙げての重要課題になっている。一方で大学は、全く新しいこの分野を教えられる教員が足りない、良い教材がないという悩みを抱えている。この状況を打開するヒントを探るべく、セミナーでは人材会社やデータサイエンス教育を手がけるベンチャー企業、大学現場等の視点を交えて考えた。
「これからの数理データサイエンス教育を考える会」と題するセミナーでは、データサイエンス教育をめぐる政策動向や世界の中で見た日本の現状、企業の人材ニーズの高まり、大学によるカリキュラム設計のポイントなどを解説した。
各講師の発表要旨は以下の通り。
<データサイエンス教育を取り巻く外部環境の整理>
ベネッセコーポレーション大学・社会人事業開発部
データサイエンスプロジェクト責任者 齋藤輝之
国際競争力強化につながるデータサイエンス人材の育成が政府にとって喫緊の課題となり、内閣府のAI戦略の下、省庁横断の政策が動いている。背景には、この分野で日本が大きく出遅れていることへの危機感がある。時価総額の世界トップ10(2018年)にアップルやアマゾン、フェイスブックなどのデジタルプラットフォーム企業が名を連ねる中、日本は23位にようやくトヨタが登場する。
こうした状況の下、国内の転職市場ではデータサイエンティストの人材需要が急増。一方で転職希望者の数は需要の6分の1にとどまるというデータがあり、人手不足は深刻だ。
高校生もこのような社会の動きに敏感に反応し、大学入試では近年、情報系の学部・学科の人気が上昇。2019年度入試でも国公立・私立を問わず、文系では総合情報学、理系では情報科学等の学科系統の志願者が増えた。
一方、人材育成の現状はどうかと言うと、コンピュータサイエンス分野の大学ランキングで中国やシンガポールの大学が上位に来ているのに対し、日本最上位の東京大学は135位。
文部科学省は2025年までに、大学の学部段階で文系・理系を問わずAI・数理・データサイエンスのリテラシーを年間50万人に修得させる目標を掲げている。
セミナー参加者へのアンケートによると、自学でデータサイエンスに関する授業を実施しているのは「全学必修で実施」(4%)、「選択科目として非常に多くの学生が履修」(8%)を合わせて10%程度。今後の方向性については「全学必修として導入していく」(17%)、「希望者対象だが規模を拡大させる」(23%)と計40%が拡充する考えを示した。
未実施の大学も含め、力を入れたい分野を聞いたところ、「データサイエンスの実社会での利活用例」(80%)が最も多く、次に「データサイエンスを使った社会課題の解決」(64%)で、実践的な内容が重視されている。
授業展開における課題の上位は「教える人手が不足」(75%)、「よい教材がない」(38%)などだった。
こうした課題を克服し、データサイエンス人材を社会に送り出していくことが大学に強く求められている。
<企業で求められるデータサイエンス人材について>
㈱パーソル総合研究所
執行役員・ラーニング事業本部本部長 髙橋豊
日本の大手企業の間では破格の報酬によるAI人材獲得競争が繰り広げられ、新卒に年収1000万円を提示するケースもある。どこも、ビッグデータやAIを扱える人材が足りない。欲しいのはデータ分析を通じて潜在的な価値を発見する次世代高度IT人材であり、従来型のIT人材とは異なるため新卒に期待を寄せている。配属先も情報システム部門ではなくビジネス部門が中心。人事部でもデータに基づく採用や配置で自社のパフォーマンスを最大化する人材が求められている。
今後は文系の人でもある程度の数学とデータ分析は必須のリテラシーとなる。大学にとってはこの分野の教育に力を入れることが就職率の向上、学生募集につながるはずだ。
アマゾンなど多くの企業が自動運転技術に関心を寄せるのは、どんな属性のドライバーがどのような状況下で誰と一緒にどんな店に行ったかというビッグデータを分析し、店やサービスをリコメンドする新たなビジネスモデルを考えているから。将来的には広告収入で稼ぎ、車を無料で貸しても儲かるようになるかもしれない。
データサイエンス人材育成に対する産業界の期待は大きいが、大学はスキルやノウハウさえ修得させればいいとわけではない。データをどう使うべきか、やってはいけないことは何かを考えられる人間性や倫理性を学ぶリベラルアーツもあわせて展開することが求められている。
<データサイエンスカリキュラム設計のコツとは何か>
(株)キカガク
代表取締役社長 吉崎亮介
私は大学院でAIについて学んだ後、起業して社会人向けデータサイエンス教育のデジタルコンテンツの開発を手がけている。オンライン学習プラットフォームのUdemyでもコンテンツを提供し、2万人超の受講者から高い評価を得ている。企業と組んで各業種に特化したコースも企画している。
これらの経験を通して見えてきた「文系出身者の数学に対する拒絶反応の大きさ」「理系出身者でも微積分や線形代数からの学び直しが必要」という状況が、大学生向けの教育プログラム構築においてもポイントになる。
大学では一般教養として学ぶ1、2年次から専門として学び研究室に配属される上級者まで同じ価値観で教えるような厳密さがあり、それが初級者の挫折を招きがちだ。また、微積分、線形代数、確率統計、機械学習など、相互に関連し合っている分野ごとに科目を分けて教えるため、ストーリーとしてのつながりが理解されにくい。
カリキュラム構築の肝は「やらないこと」を決めること。「プログラミングまでやる仕事には就かないだろうからプログラミングなしでできる内容に絞る」「数学で挫折する学生が多いので積極的にアプリを活用して複雑な計算は極力、減らす」という割り切りが大切だ。
「挫折させない」「研究に必要な引き出しをそろえる」「独自の理論で論文が書ける」という具合に、学ぶ側のレベルに合わせて優先すべき価値観を設定する必要がある。分野ごとの関連性を理解して使いみちをイメージできるよう、教える順番も大切。eラーニングを活用した反転学習にして授業はプロジェクトベースのディスカッションなど、アウトプット中心にするのがポイントだ。
教員の負担を軽減しつつ学生の理解度を高めるため、初級者と中級者向けのプログラムはアウトソーシングすることも選択肢になる。教員が上級者と共に研究に専念すれば研究成果が上がり、この分野の国際競争力が高まるというメリットが生まれるだろう。
<大学におけるデータサイエンス教育の重要性>
大阪大学数理・データ科学教育研究センター
副センター長 鈴木貴
2016年に北海道大学、東京大学、滋賀大学などと共に文科省から数理・データサイエンス教育の拠点大学6校の一つとして選定され、標準カリキュラムの開発などに取り組んでいる。
本学では、私が所属する数理・データ科学教育研究センターが修士向けに数理とデータに関する系統的なプログラムを開講している。ビッグデータの活用やエビデンスに基づく科学的方法論を修得するデータ科学部門をはじめ金融・保険部門、モデリング部門を融合させた内容だ。これを学部にも提供したところ、学生の強い支持があり今年度は700人が履修している。
日本には情報の研究者はいるがデータサイエンスの研究者はまだいない。1つの大学や1人の研究者の努力を超えた課題を突き付けられている以上、多様な連携によって取り組む必要がある。本学は拠点大学としての地域の大学との連携に加え、関西の大学と企業で構成するデータ関連人材育成のコンソーシアムの代表機関も務めている。実在のデータを分析して課題解決する力を養う上で企業との連携は欠かせない。
政府は全学部生に数理・データサイエンス教育を必修化する方針を打ち出しており、大学はこの動きを静観するのではなく積極的に動くことによって、社会で必要とされている力を学生にしっかり修得させる必要がある。
*ベネッセコーポレーションは㈱キカガクとの共同、大阪大学監修の下、大学向けにデータサイエンスのeラーニングコンテンツを開発し、Udemyで提供しています。
お問い合わせは
電話 0120-369-740
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