高大接続改革期の入学前教育、その課題と可能性~進研アドセミナー報告
入学前教育・初年次教育
2018.0628
入学前教育・初年次教育
3行でわかるこの記事のポイント
●入定管理厳格化で不本意入学者の増加や学力二極化への対応が必要に
●高大とも教育改革に取り組みつつあるが依然、生徒・学生の主体性の育成が課題
●高大接続期を活用した教育プログラムで受け身の学習姿勢からの転換支援を
進研アドは6月下旬、東京、大阪など全国4会場で入学前教育をテーマにしたセミナー「高大接続研究会」を開いた。入学定員管理厳格化の影響で不本意入学者の増加が想定され、高大接続改革では早期合格者に対する入学前教育の積極的実施が求められる中、多数の教職員が参加。入学前教育の新規導入や現行プログラム見直しの検討に役立ててもらおうと提供された「高校・大学が共通して抱える課題」「入学前教育に求められる工夫」などの情報をはじめ、セミナーの内容を紹介する。
2018年度の入試では前年度に引き続き、入学定員管理厳格化による志願者増、合格者の絞り込み、歩留まりの向上が顕著になった。その結果、多くの大学では一般入試で従来より学力上位の入学者が増えた。喜ばしいことだが、その中の一定割合は第一志望校に合格できなかった不本意入学者で、中退リスクを抱えている。また、これらの入学者と推薦・AO入試による入学者との間で学力が二極化し、いかにして教育の質を保証するかという課題も発生している。
こうした現状の下、各大学で高大接続改革が進行しつつある。喫緊の課題として入試改革について検討するケースが多いようだが、高大接続改革は言うまでもなく入試改革と同義ではなく、高校教育と大学教育、そしてその接続部分である大学入試を合わせた三位一体の改革だ。入試改革と整合性ある形で教育の中身も見直す必要がある。大学教育改革では、先に挙げた教育の質保証、中退防止も重要な課題となる。
高大接続改革への対応を念頭に、高校と大学それぞれで教育改革が進みつつあるが、一方で共通の課題を抱えていることも事実だ。
ベネッセ教育総合研究所の調査によると、高校生の2015年時点の学習時間は2006年から大きく増えた。しかし、進研アドが高校教員を対象に実施したアンケートでは「学習に対する生徒の意識や姿勢は変化しておらず、いまだ主体性とは程遠く受動的で非効率な学習になっている」との声が聞かれた。つまり、学習量の増加が学習力向上につながっていないわけだ。
教員のこうした洞察はデータでも裏付けられている。大学生に高校時代の学習を振り返ってもらったところ、「授業で出された宿題や課題をきちんとやった」という受け身の学生の割合が突出する一方、予習・復習、計画的な勉強など、主体的に学習したという割合は低かった。
生徒の主体性に問題を抱える中、高校教員は改革に取り組んでいる。探求型学習を推進し、その活動をeポートフォリオに記録して振り返らせることで、主体的に学ぶ姿勢を育てる取り組みなどが広がりつつある。
一方、大学側でもアクティブ・ラーニングの導入をはじめとする教育改革が進んでいる。ベネッセ教育総合研究所の調査によると、グループワークやプレゼンテーション、ディスカッションなどに取り組む授業を経験した学生の割合はこの8年間で高まり、大学の授業改善の努力が表れる結果となった。
しかし、学生の意識や姿勢の変化を見ると、「楽に単位を取れる授業がよい」「学習方法は(自分で工夫するのではなく)授業で指導を受けるのがよい」など、むしろ受動的な姿勢がうかがえる回答割合が高まっている。アクティブ・ラーニング型授業への転換は必ずしも主体的な学習姿勢にはつながっていないと言えそうだ。
高校、大学とも教育改革に取り組んではいるが、生徒・学生は主体的に学ぶ姿勢を獲得するには至っていない。受け身の学習に慣れた生徒がそのまま大学での学びに入っていけば、不適応を起こすことは容易に想像できる。首都圏のある私立大学が、退学を考えたことがあるという学生を対象に行った調査では3人に1人が、退学を考えたのは「1年生の4月~6月」と答えている。初年次教育によって学びの姿勢を転換させようとしても間に合わないことになる。
高校の学びから大学の学びへと転換させるには、高校教育と大学教育をつなぐ「高大接続期」、すなわち入試をはさむ入学前の時期の教育が重要になってくる。
その認識の下、入学前教育に取り組む大学は増えている。文部科学省の調査によると、入学前教育の実施率はAO入試で69%、推薦入試で86%。高大接続改革の進行に伴って今後さらに拡大すると予想される。
「学習習慣維持」「高校の復習」を目的とする入学前教育が多い中、半数の大学は「意欲喚起の施策」が課題だと認識しているが、実際には対応できていないケースが多いと推測される。
下の図では、入学前教育を構成する三層と、それぞれにおいて必要なこと(左側)、それぞれで取得できるデータを示している。受講者にとっては「関心・意欲」「学習力(学習習慣・計画性等)」「学力」を高められる教材が必要であり、教職員にとってはプログラムを通して入学後の教育や入試改革に活用できるデータが必要となる。
多くの大学が「意欲喚起」「主体性の育成」という課題を抱えながら入学前教育を実施している中、形骸化した取り組みをリセットし、思い切った見直しによって課題を克服した事例もある。
A大学は、前年踏襲で続けていた課題図書指定・レポート提出を廃止。学習力と関心・意欲の向上に焦点をあて、学部の学びを予習する教材をアウトソーシングの添削課題とセットで導入、教員のパワーを学力向上を目的とする初年次教育に集中できるようにした。
B大学は、受講者が年々減少していた外注のDVD教材を廃止。プログラムのねらいを関心・意欲の喚起に定め、1回30分で取り組む学部系統別のテキストとワークに切り替えた。学部長が受講の重要性を説くメッセージを発信して受講率を20%以上向上させた。
C大学は、教員の負荷が高い割に主体性を育てられない講義形式のスクーリングを廃止。在学生がファシリテートする課題解決型ワークショップと学部共通の添削課題をアウトソーシングで実施している。課題取り組み状況のデータは入学後の面談で活用している。
これらの事例もふまえ、関心・意欲・学習力それぞれを高めるためにどんな工夫が必要か示したのが下の表だ。例えば、大学での学びに対する関心を育てるため、総合テキストで高校の学びと大学の学びのつながりをわかりやすく示す工夫が考えられる。各ユニットの内容は大学で学ぶことの予習としつつ、設問は高校の復習レベルにすれば達成感を高めてやる気を引き出せる。ワークブックでは手書きのコメントをフィードバックする、提出課題は取り組みやすい分量と難易度設定で学習のペースメイクを支援するといった工夫が求められる。
高大接続改革は大学が教育力で選ばれる時代への転換点になるはずだ。主体性が学力の3要素の一部として位置づけられ、高大がその育成と評価に取り組むよう求められる中、入学前教育の役割も「リメディアルを目的としたもの」から「主体的な学びへの転換を促すもの」へと変わることになる。
貴学の入学前教育は「入学前の期間を埋めるための課題」「高校の復習レベル」「効果検証しないままの前年踏襲」に陥っていないだろうか。大学の学びへの関心・意欲を引き出し、主体的な姿勢に転換させることで「選ばれる大学」へと貴学の価値を高めるプログラムになっているだろうか。今一度、点検することをお勧めしたい。