総合型選抜合格者の学習力向上策を解説-進研アド入学前教育セミナー
入学前教育・初年次教育
2024.0115
入学前教育・初年次教育
3行でわかるこの記事のポイント
●「学習意欲」と「学習力」のギャップに問題を抱える大学が多い
●「学習力」を構成する「質」と「量」の観点から入学前教育を考察
●人的対応が難しい部分にAIを活用する実践例も紹介
年内入試シフトが進む中、大学が頭を悩ませるのが、総合型選抜による入学者に多いとされる「意欲は高いものの、適切な学習方法が身についていない」学生の指導だ。入学後の学びに備えて基礎学力を引き上げる入学前教育を実施する大学が多いが、あまり効果は上がっていないようだ。そこで、進研アドは2023年秋、このタイプの入学予定者を対象とする入学前教育のポイントを解説するセミナーを開いた。「自学の入学前教育の改善ポイントがわかった」と好評だったセミナーの内容をダイジェストで紹介する。
進研アド入学者育成研究会が開いたウェブセミナーのタイトルは「大学での学びに必要な基礎学力の習得方法とは ~『理解』で終わらせない入学前教育」。入学前教育や初年次教育に携わる教職員が参加した。
セミナーの要旨は以下の通り。
18歳人口の減少によって学生確保が難しくなる中、大学の間では、志望度の高い受験生を年内入試で早期に獲得する動きが広がっている。これまで一般選抜が中心だった入試難易度上位の私立大学を含め、総合型選抜を中心に年内入試へのシフトが今後も進むと予想される。
大学にとってそれは、基礎学力に不安がある入学者も受け入れざるを得なくなることを意味する。総合型選抜による入学者は一般的に、大学での学びに対する興味・関心や意欲が高い一方で、基礎学力が十分ではない傾向にあるからだ。
大学は、そのような入学者を大学教育を受けられるレベルの学力まで引き上げる施策を実施する必要がある。入学後の教職員、学生双方の負担を考えると、入学前教育が最も有効な施策と言える。
実際、多くの大学が総合型選抜による入学者に入学前教育を課している。しかし、今回のセミナーの申し込み者に対するアンケートで、基礎学力の向上を目的とした入学前教育の効果があるか聞いたところ、「そう思わない」「どちらともいえない・わからない」が合わせて64%に上った。
受講者の状態に応じた適切な教材の使用や適切な働きかけをしていないことが、効果を実感できない原因ではないだろうか。
というのも、下図に示すように、基礎学力を身につけるためには「質」の高い学習を適切な「量」で行う「学習力」と、継続的に学習に取り組む「学習意欲」が必要だからだ。「学習力」や「学習意欲」が十分でない受講者に対しては、まずはこれらを高めるための教材や働きかけが必要となる。
「学習意欲」が乏しい入学予定者に教科教材だけを与えても効果はなく、「学習力」が低い入学予定者には効果的な学習をサポートする仕掛けが必要になる。
下図では、「学習力」と「学習意欲」の高低によって学生を4つのタイプに分類している。
「学習力」「学習意欲」とも高い入学予定者は、大学で学びたいことや卒業後のキャリアについて明確なイメージを持ち、学び方も身に付いている。したがって、基礎学力の向上のみを目的とした入学前教育の効果が期待できる。
一方、「学習意欲」が十分でない入学予定者は、学びたいことやキャリアを明確にイメージできない。そのため、基礎学力の向上のみを目的とする教科教材を与えても主体的に取り組めず、効果が上がらない。まずは学習の動機づけが必要なタイプだ。
「学習意欲」は高いものの「学習力」が身に付いておらず、努力が実を結びにくいタイプの場合、動機づけは必要ないが、効果的な学び方ができるように仕掛けを工夫する必要がある。
今回のセミナー申し込み者に自学の学生に多いタイプを聞いたところ、最後に挙げたタイプが59%で最も多かった。
そこで、「学習意欲は高いが学習力が低い受講者」に対する入学前教育のポイントについて、「学習力」を構成する「学習の質」と「学習の量」の観点からお伝えしたい。
まず「学習の質」についてだが、これを担保するには2つの観点を意識する必要がある。
1つ目は「インプット→アウトプット→リフレクション」の一連のサイクルを回しきることだ。学習はリフレクション、つまり振り返りまで行ってこそ効果が出る。貴学では、「問題を解かせて終わり」の入学前教育になっていないだろうか。
2つ目の観点は「インプット」「アウトプット」「リフレクション」、それぞれの質を高めることだ。
インプットの質を高めるポイントは「単元を理解するきっかけを作る」こと。いきなり多すぎる課題を与え、理解が追いつかず中途半端な状態で終わっては意味がない。消化しきれる量の課題でスモールステップの確実な理解を促し、自信をつけさせることが重要だ。
アウトプットの質を高める「応用できるレベルへの知識の深化」については、入学前教育の例ではないが現場の実践例をもとに説明する。
知識の修得にとどまらず、それを応用する能力を身につけさせる手法として、相互教授法の考えに基づくグループワークがある。学生を先生役と生徒役に分け、先生役の学生が特定の単元や知識について説明。日常の出来事に例えたり法則に当てはめたりして説明することによって、知識が社会の事象と結びついて応用可能なレベルに深まるという*。
*田島充士・森田和(2009)「説明活動が概念理解の促進に及ぼす効果-バフチン理論の『対話』の観点から」教育心理学研究 57、478-490
別の例も紹介しよう。首都圏にある大学の理工学部の教員は「高校まで暗記型の勉強ばかりしてきた入学者には応用して考える習慣がなく、授業で応用の仕方を説明しても聞き流してしまう」という問題を抱えていた。
そこで、暗記ではなく、概念を理解して応用することの大切さに気づかせるため、「教科書を作成する」という授業を実施。概念を理解している学生とそうでない学生を混ぜてグループワークをさせる。概念を理解できていない学生は、理解している学生の応用力に刺激を受けて自らの学習姿勢についてメタ認知ができ、暗記型の学習から脱却するという。
リフレクションの質を高めるには、「詰まりどころを把握させる」ことが重要になる。問題を解いて不正解だった場合、問題そのもの、またはその単元を復習するだけでは根本的な解決に至らず、中学レベルまでさかのぼって復習すべき場合もある。詰まりどころ、つまずきのポイントを把握しないままの闇雲な復習は基礎学力の向上につながらない。
ここまで「学習の質」の担保について論じてきたが、次に「学習の量」について考えてみたい。「学習の量」は、これと密接に関係している「目の前の課題に取り組む意欲」を高めることによって担保される。ポイントは3つ。
1つ目は「ゴールまでの見通しを持たせる」ことだ。入学前教育受講者にプログラムのゴールと現状との間の距離を把握させ、計画を立てて学習を継続するよう促すことが重要となる。
2つ目のポイントは達成感を与えること。そのためには、適切な難易度の問題に取り組ませるべきだ。簡単すぎると達成感がなく飽きてしまうし、難しすぎると諦めてしまい学習が続かない。頑張って正解にたどり着くことによって達成感が得られ、次の問題に取り組む意欲も生まれる。
3つ目のポイントはチアアップ。他者からの応援や褒め・励ましは学習を続ける力になる。高校では秋以降、一般選抜受験者の指導に集中するため、総合型選抜合格者への教員の声かけは少なくなりがちだ。一方、大学側も入学予定者とのコミュニケーションは十分とは言いがたい。
総合型選抜合格者を大学での学びにスムーズに接続させるためには秋以降の学習の継続が不可欠であり、大学は入学前教育を通して入学予定者と積極的にコミュニケーションを取って応援し、励ましてほしい。
ここまで、「学習意欲は高いが学習力が低い」タイプの入学予定者に対する入学前教育の効果的な実施について、「学習力」を構成する「学習の質」「学習の量」の観点から説明してきた。下表では各ポイント(一部を省略)と、対応における課題を整理している。
これらのポイントに大学の教職員がすべて人力で対応しようとすると、壁にぶつかったり膨大な労力がかかったりして実現が困難な場合もある。
しかし、「つまずきの特定」と「達成感を与えられる難易度設定」は、テクノロジーによる解決が可能になりつつある。
入学前教育の取り組みではないが、教育のDX化を推進する金沢工業大学の実践例を紹介する。
同大学は1・2年生の退学者を減らすため、つまずきやすい授業や具体的な箇所を特定して指導方法を見直した。まず、退学リスクが高い学生をAIで抽出して4つのタイプに分類。タイプに応じて学習のアドバイスを自動配信するシステムを構築した。これに、教員による学習状況の確認と個別フィードバックを組み合わせた結果、2022年度、1、2年生の退学率が前年より3ポイント下がったという。
2023年度は、小テストの正答率に応じてアダプティブに復習課題を出している。小テストは正答率が50%になるよう設計され、これに達しない学生には誤答に関連する単元の動画の視聴を促すなど、DXによる指導の個別最適化を深化させた。
テクノロジーの活用による学習の個別最適化は今後、入学前教育や入学後のリメディアル教育にも導入が進むと考えられる。それによって教職員の負担を軽減できれば、本来の大学教育にリソースを集中できるようになり、教育力の向上、ひいては学生募集の安定化につながると期待される。
基礎学力向上に特化した、入学前教育にご利用いただける新しい教育プログラムにご興味がある方は、ぜひこちらのページをご覧ください。