学生本位の教育をめざし、プロセスイノベーションを推進-麻生塾
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2023.0123
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3行でわかるこの記事のポイント
●独自のLMSを開発し、オンラインも活用するブレンディッドラーニングの構築へ
●主体的な学びを支援しつつ、教員の負担軽減による定着率向上を図る
●教員採用や学生募集でもイノベーションの成果が顕在化
ポストコロナ時代に移った後も、オンライン授業を戦略的に活用したいと考える大学は多い。専門学校の中でオンライン授業の利点にいち早く着目し、対面授業と組み合わせて効果を最大化する「ブレンディッドラーニング」の構築をリードするのが、九州を代表する専門学校グループ・学校法人麻生塾(福岡県)だ。独自のLMS(学習管理システム)の開発をはじめ、ICTの活用によって業務全体の効率化を図り、業務の質を向上させるプロセスイノベーションに取り組んでいる。大学にとっても参考になりそうな改革事例として紹介する。
麻生塾は情報、観光、建築、公務員、医療・福祉、デザインなど、幅広い分野で12の専門学校を展開する。2020年春に新型コロナウィルス感染症が拡大した直後から、独自の LMSの開発に着手。授業の動画コンテンツ化とオンライン授業の導入を精力的に進めている。
麻生塾のLMSの名称「Teachare(ティーチャー)」は「Teach」+「Share」を組み合わせたもので、教員の知見やノウハウを共有するプラットフォームという意味を込めている。解説動画や確認テスト、およびそれらで構成される授業を搭載し、教員間で共有。学生一人ひとりの学習履歴や授業ごとの理解度も管理している。学生は自分の成長を確認しながら主体的に学ぶことができ、教員は学生の理解度に応じた個別最適な指導をする。
各種検定や国家試験の過去問、実技の動画、就職活動に関する情報なども搭載し、キャリア支援のツールとしても活用。Teachareは学生本位の教育と教育の質向上を実現するためのツールといえる。
例えば、公務員試験対策を担当する教員はTeachareを使って、教室での授業を次のように進めている。
解き方の説明や設問、設問解説はすべてデジタル化してTeachareに格納。これらの教材をブロックのように組み合せて授業を作る。その時に自動生成されるコマシラバスのような進行表に基づいて、学生はそれぞれのペースで動画を視聴したり、問題を解いたりする。教員は一人ひとりの進捗や理解度をタブレット等でリアルタイムに確認する。
動画の説明だけで分からない学生は教員に質問。進むペースが遅い学生や誤答が多い学生に、教員から声をかけることもある。授業を進める主体は学生で、教員は双方向のコミュニケーションに時間をかける。
授業中の学習活動を極力デジタル化することによって、教員のルーティンワークはTeachareが担い、人間にしかできない見守り・対話・支援に割く時間が大幅に増えた。
麻生塾では2020年の春以降、コロナ禍への対応としてオンライン授業への切り替えを推進。その後しばらくして、ポストコロナでの活用も想定したTeachareの開発に着手した。オンラインに慣れた学生が対面授業に戻った時にストレスを感じないよう、オンラインの利点を生かした新たな学びのシステムが必要と考えたからだ。
麻生健理事長は「専門学校入学者の中には、学ぶことに楽しさを感じられず、ドロップアウトする者も少なくない。意欲の向上を図り、主体的に学ぶ姿勢や社会への適応力を身につけさせた状態で送り出すことが、われわれの責務だ」と話す。「教育機関は学生一人ひとりと向き合う時間を確保して人間的な成長の支援に力を入れるべきだ。そのためには、授業による知識のインプットは可能な限り効率化したい」。
麻生塾が授業運営の効率化を図る背景には、教員の定着率向上という、もう一つの課題がある。コロナ禍前から、入職3年未満の教員の離職率の高さに頭を痛めていた。授業の準備や運営、学生のフォローなどの負担の重さを退職理由に挙げるケースが多いという。多忙なために教員同士で十分なコミュニケーションが取れず、サポートし合えないことにも、経営陣は問題を感じていた。コロナ禍によってそのような状況に拍車がかかった。
「教育機関にとっては教員こそが最大の資産。地方の専門学校では教員確保は容易ではなく、優秀な教員には長く勤めてほしい。そのためには、同僚とのコミュニケーションや自己研鑽の時間の確保を支援することが大切だ」と麻生理事長。こうした問題意識の下、オンラインのコミュニケーションツールを積極的に導入し、Teachareも整備してきた。
Teachareの導入によって教員が個々に持っていたリソースを共有できるようになり、授業の準備やクラス運営の効率化が進んでいる。
麻生塾では、授業運営にとどまらず、あらゆる業務の効率化に取り組んでいる。これまで講座単位や学校単位で個別に行ってきた業務をICTによって統合し、効率化と業務の質向上を両立させるプロセスイノベーションを推進。DXコンサルティング企業の支援の下で基幹業務のフローを洗い出し、問題点と理想像について検討。その成果が、徐々に表れている。
自校の教員採用においては、母集団形成からデータの管理・分析までを一元化するクラウドサービスを導入。従来、応募から書類選考まで最大1か月以上かかっていたのが5日間に短縮された。内定までに要する日数も減り、必要な人材をスピーディに採用できるようになった。次のステップとして現在は、教職員の評価と給与制度改革に取り組んでいる。
学生募集のプロセスイノベーションも進めている。これまで、接触者数や来校者数など、各担当者が独自に管理していたデータを共有する仕組みを構築。募集状況をリアルタイムで可視化し、過去のデータに基づく精緻な着地予測やタイムリーな施策立案ができるようになった。
ICTの力だけに頼るのではなく、人の手をかけるべき要所も見極める。入職3年未満の教職員の定着率向上を目的に、オンボーディング委員会を設けて施策を検討。感染対策をしながら新入教職員のリアル歓迎会を開いたり、チャットグループをつくったりしてコミュニケーションを促してきた。その結果、2019年度 から2021年度にかけて、離職率は20ポイント以上下がった。
イノベーションを推進するマネジメント層の育成にも力を入れる。各部門長が理事長と1対1で話し合う「1on1」や次世代リーダーを育成する「リーダー塾」に理事長が費やした時間は2021年度、120時間以上。経営層との意思疎通がスムーズになり、組織や仕事に対する部門長の満足度が向上している。
組織全体のコミュニケーションが活性化したことによって、部門横断的なプロジェクトも多く動き出している。
麻生理事長は「本部と学校、学校間や部門間、教職員同士が日ごろから十分にコミュニケーションをとり、『そちらも大変だよね』と相互理解を深めることによって改革が実現し、成果を上げられる」と話す。「学生本位の教育を実現し、教育力を高めることがあらゆる取り組みのゴールだということを法人全体で共有しながら、今後もプロセスイノベーションを進めていきたい」。