2021.1012

人材像を起点にした文理・分野横断のプログラムを導入-東京都市大学

この記事をシェア

  • クリップボードにコピーしました

3行でわかるこの記事のポイント

●従来型の技術者に加え、「社会変革のリーダー」となる人材を育成
●3年後の全学展開を視野に今年度、3学科で試行
●学部・学科の垣根を取り払い、他学科の科目も専門科目として単位認定

東京都市大学は急速な技術革新、産業構造の変化に対応して「アイデアと技術をつないでイノベーションを起こす社会変革のリーダー」を育成することを目的に、2021年度、新たな教育プログラムを導入した。学問分野ではなく人材像を起点とした設計で文理・分野横断と学びの統合を追求し、「大学創設以来の大改革」となったプログラムとは-。


●初年度は定員を上回る希望者117人が受講

 東京都市大学(東京都世田谷区)は理工、建築都市デザイン、情報工学、環境、メディア情報、都市生活、人間科学の7学部に17学科を置く。学生数は約7500人。
 同大学が2021年度に導入したのは「ゲームチェンジ時代の製造業を切り拓く『ひらめき・こと・もの・ひと』づくりプログラム」。文理融合、分野横断型の教育を支援する文部科学省の「知識集約型社会を支える人材育成事業」に採択されている。
 初年度は試験的に、理工学部の機械工・機械システム工・電気電子通信工の3学科で実施。2022年度は同学部の全7学科に拡大し、2024年度には全学での展開をめざしている。
 プログラムの受講は希望制で、2021年度は対象となる3学科の入学者380人に対し100人の定員を設定。「技術者のリーダーになりたい人は通常のカリキュラムを受講し、企画やマネジメントにも関わるリーダーをめざす学生はこちらのプログラムを選ぶといい」と説明し、希望者を募った。結果、定員を超える117人が受講している。

●学問分野を起点にしてカリキュラムを作る発想から脱却

 このプログラムの最大の特色は、育成すべき人材像を起点にして組み立てられている点だ。「従来のように『電気の学科である以上、この科目とこの科目は必須。あの科目も入れておこう』といった学問分野を起点にする発想ではなく、『こういう人材を育てるには何をどう教えればいいか』を突き詰め、徹底的に理想を描いた」。理工学部長でプログラムの責任者を務める岩尾徹教授はそう説明する。
 起点に据えた人材像は「自ら問いを立てて全体最適解を導き出し、アイデアと技術をつないでイノベーションを起こす社会変革のリーダー」。それを端的に表しているのが、プログラム名に冠した「ゲームチェンジ時代の製造業を切り拓く」という言葉だ。
 「技術革新によって産業構造が大きく変わる中、これまでの工学教育ではそこに対応できる人材を育てられない」と岩尾教授。「例えば、自動運転やカーシェアリングによって自動車に対する価値観が変わっている。そこでは、日本の製造業が得意としてきた品質や機能以上に『どんな場面でそれを使うか』という物語が重要で、マーケティング力と技術を兼ね備えた人材が求められている」。
 近年の卒業生調査や企業調査でも、「本学の卒業生はものづくりのプロフェッショナルとしての評価は高い一方、企画開発力やマネジメント力で人を巻き込み、新しいことを始めるリーダーとしての資質は弱いことがわかる」(岩尾教授)という。これも、改革の必要性を突き付けるエビデンスとなった。

●独自の科目区分の下、独自の必修科目を学ぶ

 新たなプログラムでは「アイデアと技術をつないでイノベーションを起こす社会変革のリーダー」に必要な能力・資質として、「文理の垣根を超えた幅広い教養と深い専門性」「未来志向の判断力」「多様な人々と共創する力」「論理的かつ総合的な判断力」「自ら挑戦する力とマネジメント力」などを設定。これらを具体的な科目に落とし込み、既存のカリキュラムに足りない科目を新たにつくり、組み合わせていった結果、「学部・学科の枠も大学教育の固定概念もすべて取り払った、本学90年の歴史上、最大の教育改革」(岩尾教授)となる文理・分野横断型、統合型のカリキュラムができた。
 卒業要件は従来と同じ124単位だが、従来とは異なる科目区分の下、独自の必修科目を含む独自の履修ルールで学ぶ。124単位の約4分の1は新設科目だ。
 従来、「専門」「専門基礎」「共通教育」等の科目群で構成されているカリキュラムは、同プログラムではコンセプトに対応して「ものづくり」「ひらめきづくり」「ことづくり」「ひとづくり」という4つの科目群で構成。

caricuramu.png
 「ものづくり」は専門科目群に相当し、所属にかかわらず機械、電気に関する3学科の科目を横断的に履修できる。複雑化する社会課題を解決するためには、分野を融合した知見が必要だという考えが反映されている。今後、このプログラムが全学部に拡大されれば、電気電子通信工学科の学生が人間科学部の科目を専門科目として履修することもあり得るわけだ。

●探究活動を高度化した授業で「問いを立てる力」をきたえる

 「ひらめきづくり」「ことづくり」はこのプログラムのために新設された象徴的な科目群で、文理融合の学びを通してアイデアを生み出し、形にするトレーニングを重ねる。高校の探究活動に専門性を加えて高度化させたイメージだという。どちらもそのまま必修の科目名にもなっていて、(1)~(5)のステップを4年かけて学ぶ。
 両科目群について、岩尾教授は「課題解決以上に、問いを立てる力を徹底的にきたえる。理系で学べば課題解決力はある程度身に付くので」と説明する。
 「ひらめきづくり」では新しいビジネスモデルを創出するスタートアップベンチャーの事例を学んだり、STEAM( Science、Technology、Engineering、Art、Mathematics)の各要素を取り込んだアクティブ・ラーニングを重ねたりしてデザイン思考をきたえる。最終的なアウトプットは、自ら発見した課題を解決する事業の立案とプレゼンテーションだ。

jugyo.jpg
 「ひらめきづくり」の授業を担当するのは岩尾教授と産業界から採用した3人の教員。経済専門誌の編集者を経てスタートアップ企業やベンチャー企業を中心に取材するジャーナリスト、学生時代に起業して企業のソーシャルコミュニケーションやSDGsブランディングを手がけるコンサルタント、企業での生物多様性保全活動を経て独立し、企業のサステナビリティ経営を支援するコンサルタントという顔ぶれだ。これら、アイデア創出やベンチャー育成、SDGs関連の企業活動などのスペシャリストは、後で説明するように授業の担当以外でも重要な役割を担っている。

●共通教育も人材像に基づき分野横断、統合型で

 「ことづくり」では、異分野の要素をつないでものごと(物語)や流行をつくり出す力を身に付ける。この科目群の基盤となるのは、2020年度に全学で必修化され1年次から3年次にかけて履修する「SD PBL」。持続可能な社会を実現するための課題の発見と解決に、学科混成のチームで取り組む。「ことづくり(4)」ではメディア発信と双方向コミュニケーション、「ことづくり(5)」ではリーダーシップとプロジェクトマネジメントについて学ぶ。
 「ひとづくり」は従来の共通教育にあたる科目群だが、これも人材像をふまえた分野横断的、統合的な内容になっている。例えば、「ひとづくり(1)」は電気、機械という専門分野の文脈に引き寄せた内容で社会・メディア・政治・経済について学ぶ。「ひとづくり(2)」で扱う歴史・内政・外交・文明も同様だ。 技術者倫理についてもこの科目群で理解を深める。英語は「単なるスキル科目にはしたくない」(岩尾教授)との考えで、異文化理解のための内容に見直す方向だ。
 これら4つの科目群に加えて「AI・ビッグデータ・数理・データサイエンス」科目群を必修化し、さまざまな知識や情報、アイデアを理論的にまとめるためのデータ収集・分析力を修得する。

●産業界出身の教員がカリキュラム編成、授業間調整にも関与

 多くの科目を新設する一方、他学部・学科の科目の履修を前提に、学科の専門科目をかなり削減した。教員一人あたりの担当科目を減らし、研究に力を入れてもらうことも副次的なねらいだ。次年度以降、プログラムを導入予定の学部長・学科長には「他学部・学科からの借り物競争でいい教育を作り、学生を育てるというのもなかなかいい」と受け止められている。
 前出の産業界出身教員の1人はカリキュラム編成から関わり、コーディネーターとして他の教員の授業運営サポートや授業間の調整など、分野の融合、統合的な学びというプログラムの要の部分も担っている。他の2人は学修アドバイザーを担当。学生の履修指導をはじめ、将来の目標を実現するための幅広いアドバイスにそれぞれの社会経験を生かしている。

●疑問に丁寧に答え、手続きを踏む進め方で学内の合意を形成

 専門科目の削減、教育・授業に対する産業界出身者の関与度など、教員が抵抗しそうな改革がなぜ実現し、次年度以降の拡大の検討も進められているのか。毎年、全教職員が参加する全学FD・SDフォーラムなどでここ数年来、「社会変革のリーダーの育成」というキーワードが刷り込まれていたことが大きいと、岩尾教授は答える。加えて、「学長のリーダーシップの下で権限を付与された教育開発機構がこの改革を主導していること」を挙げる。同機構は会議やFD活動で出る質問に丁寧に答え、それらすべてを文書で公開するため、教員は「きちんとした手続きを踏んで決まった」と受け入れやすいという。
 「他大学では絶対できない改革」(岩尾教授)を東京都市大学ができるのは、同教授の熱意が同僚を突き動かしているから、という面もありそうだ。教育開発機構の教育開発室長として「SD PBL」の導入などに関わった同教授は、常に学生を中心に置いて教育を考え、問題意識やビジョンを夢中で語る。「われわれ教員はつい『私の授業』と言ってしまうが、学問分野の一部分として切り出された『私の授業』をいくら寄せ集めても、学生は何もできるようにならない。学生に力をつけるための授業なんだと発想を変えなければ」。
 2021年度の1年生を対象にプログラムがスタートして半年。受講者からは「授業でアイデアの作り方を学べることにワクワクしている」「電気を学んで将来どんな仕事をするのか、具体的にイメージできて楽しい」といった声が出ている。コロナ禍に対応してオンラインと対面、いずれかを選べるハイブリッド型授業にしても、ほとんどの学生が「直接議論するほうが楽しいから」と、教室に来るのだという。

●次年度入試の総合型選抜に「学際探究入試」を新設

 2024年度からの「『ひらめき・こと・もの・ひと』づくりプログラム」の全学実施では、学生数1650人に対し400人の定員を設ける。各学科の1割、10~20人程度の枠となり、希望者を募ったうえでの選抜が必要になる見通しだ。
 今後はこのプログラムを学生募集でも積極的にアピールし、入試を受講者選抜の一つにする。オープンキャンパスでプログラムの紹介を盛り込んで実施している「探究セミナー」はリピーターが徐々に増えるなど、手応えを感じている。
 2022年度入試の総合型選抜には、このプログラムの志望者を対象に「学際探究入試(機械・電気系)」を新設。「志望理由書」「小論文」に加え、「探究」をキーワードにした総合問題を課す。総合問題では教科書6冊までの持ち込みを認め、気づき、問いを立てる力、数学や物理の知識を使って課題を解決する力を見る。「探究セミナー」で事前にコミュニケーションした受験生が出願すると想定し、面接は行わない。
 出願状況もまずまずだといい、岩尾教授は2期生を迎える期待をこう話す。「『この偏差値だから都市大のこの学部に行く』『電気や機械といっても何をやるのかよくわからないけど、とりあえず入れる学部だから』という動機ではなく、『このプログラムが面白そう』と思ってくれる受験生に来てほしい。そして、仲間と一緒にたくさんの問いを見つけ、考え、自分の力で答えを出していく楽しさを味わってほしい」。