2020.1223

リベラルアーツ×実践で課題解決力を育成―広島県立の叡啓大学が開学へ

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3行でわかるこの記事のポイント

●SDGsを意識したリベラルアーツを通し、グローバルな視点で将来を見通す力を育成
●全科目を日英両言語で開講
●一般選抜は1割にとどめ、書類選考と面接も課す

2021年度、広島県立の叡啓大学が開学する。総合型選抜中心の多面的評価型入試、SDGsを意識したリベラルアーツ、英語による授業の履修や海外体験の必須化など、独自の選考と教育によって「専門と専門の間をつなぎ、複雑な課題を解決に導く人材」を育てる。知識・スキルを実践するPBLを先導して県内の他大学に広げるビジョンなど、県立大学の使命も意識した設計図が完成に近づいている。
*大学のウェブサイトはこちら
*図表はいずれも大学の資料から転載


●初等・中等教育の「学びの変革」に続く高等教育改革

 2021年度開学の叡啓大学(広島市)はソーシャルシステムデザイン学部にソーシャルシステムデザイン学科を設置する。広島駅から徒歩約10分、15階建ての校舎という都市型キャンパスだ。同じ広島市内には3大学の統合により2005年に開学した県立広島大学があり、一つの公立大学法人傘下の2校目となる。入学定員は100人で、うち20人を秋入学の外国人留学生枠にあてる。
 学部名が示す通り、育成するのは「社会システムをデザインできる人材」だ。設置準備室の夏目啓一室長は「あるべき将来を自分なりの考えで描き、その実現のために解決すべき課題を見つけて解決策を導き出し、新しい価値を創出できる人材を育てたい」と説明する。課題解決の過程で必要な「先見性」「戦略性」「実行力」「自己研鑽力」「グローバル・コラボレーション力」の「5つのコンピテンシー」を修得させる教育をカリキュラムに落とし込んだ。
 広島県はグローバル化する社会を生き抜くための新しい教育モデルの構築をめざし、2014年に「広島版『学びの変革』アクション ・プラン」を策定。2019年度に国際バカロレア校認定の中高一貫校・県立叡智学園を開校するなど、幼児、初等、中等の各段階で主体的な学びを推進してきた。叡啓大学の新設は一連の教育改革の高等教育版だ。教育理念を映し出す形で校名には「ものごとを深く見通す力」を意味する「叡」を冠し、公立大学としては珍しく地名が入らない。その一方で、地域・企業等と協働する"オール広島"体制の下での人材育成を重視する。

●英語集中プログラムで英語による授業の受講が可能なレベルに

 カリキュラムには教養科目・専門科目の区分がなく、知識・スキルの「修得科目」と「実践科目」という枠組みの中で4年間の教育が組み立てられている。

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 修得科目の柱は「SDGsを意識したリベラルアーツ」「基本ツール科目(ICT・データサイエンスと思考系)」「実践英語」だ。
 リベラルアーツ科目では、SDGs の17のゴールを分類した「5つのP」を軸に、科目群を設定。「Peace」と「Partnership」は全体の基盤として位置づけられている。「People」は「多様性の尊重など、社会課題に関する知識」、「Prosperity」は「経済・社会の仕組みや産業、技術発展などに関する知識」、「Planet」は「環境保全や生物多様性などに関する知識」とし、各領域に関連した科目を配置。例えば「People」の領域には、SDGsの「ゴール1 貧困をなくそう」「ゴール2 飢餓をゼロに」などのテーマに沿って科目が置かれる。

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 このような形に整理されたリベラルアーツを1年次後半から3年次にかけて入門、基礎、発展と段階をふんで学んでいく。
 リベラルアーツに先立ち、1年次前半は「英語集中プログラム」を開講。習熟度別の少人数クラスで4技能とプレゼンテーションの力を鍛え、CEFRのB2 レベル、英語による授業を受講できるレベルまで引き上げる。それ以降もアカデミック英語や時事英語など、実践的な力を伸ばす。
 「ICT・データサイエンス科目」ではICTやプログラミングの基礎的スキル、データの収集・分析や効果的な活用など課題解決へのつなげ方を学ぶ。「思考系科目」ではプロジェクトの進め方や議論を促して合意形成に導く手法など、他者との協働による課題解決のためのスキルを修得。

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●卒業要件の半分以上の単位を英語で履修することを義務づけ

 「修得科目」でインプットした知識・スキルを実際に活用する「実践科目」は2年次からスタートする。「PBL」では企業や自治体、国際機関等が直面する課題にグループで取り組む。「体験・実践プログラム」では2週間程度の短期留学や半年または1年の交換留学のほか、国内外でのインターンシップやボランティア活動を正課に位置づけ、最低1回の海外体験を課す。
 交換留学については2020年12月時点でイギリス、アメリカ、韓国、チェコ共和国、バングラデシュなどの12大学との提携を予定している。
 3年次までに知識・スキルの修得と実践を重ね、その成果を4年次の「卒業プロジェクト」に結実させる。課題の設定からその原因の究明、解決策の提案までを行う。
 叡啓大学では全ての科目を日本語と英語の両方で開講し、卒業要件124単位のうち62単位以上は英語による授業の履修を義務付ける。全体の2割を占める外国人留学生などが英語による授業のみの履修で卒業することも可能だ。

●「一つの専門性だけでは課題を解決できないため、リベラルアーツを重視」

 設置認可の審査では、あえて専門分野を設けない大学の存在意義を繰り返し説明した。「これからの時代は、一つの専門分野を修めるだけでは必ずしも解決できない社会課題が増えてくる。必要とされるのは、課題に直面するたびにそれを解決するにはどんな専門性が必要か考え、専門と専門をつなぐことができる人材だ」(夏目室長)。そのような人材を育てるため、リベラルアーツを通して幅広い知識やスキル、他者と協働する力、学び続ける力などを身につけさせることを説明。「ここで学んでさらに専門性を深めたいと思ったら、卒業後、あるいは一度社会に出た後、大学院に進学するという選択肢もある」。
 卒業後は起業したり、企業の企画部門や海外部門、NPOやNGOで活躍したりといった進路が想定されている。
 「実践科目」のPBLで実社会のリアルな課題の提供など、さまざまな支援を得るため、"オール広島"の体制で企業やNPO、国際機関、自治体などと連携する「プラットフォーム」を構築。地元のマツダ、オタフクソースなど37の企業をはじめ、これまでに61団体から承諾を得ている。
 各企業・団体は叡啓大学でPBLへの協力実績を積み上げたうえで、将来的には県内の他大学とも連携してこの取り組みを波及させる形で県全体の高等教育機能の向上にもつなげたい考えだ。

●入学定員の半分を総合型選抜で受け入れ

 入学定員100人のうち、50人を総合型選抜、20人を学校推薦型選抜、20人を秋入学の留学生選抜でそれぞれ受け入れる。一般選抜の枠は10人のみ。「従来の学力型選抜に頼るのではなく、コミュニケーション能力、探究心、学びや課外活動に対する姿勢などの多面的評価で一人ひとりのポテンシャルを見たい」と夏目室長。そのため、一般選抜では学力検査のほか志望理由書、調査書、小論文等の書類選考と面接を課す。総合型選抜は書類選考、面接、グループディスカッション等で選抜する。コロナ禍への対応として初年度は各面接をオンラインで実施。一般選抜の学力検査は全国12都道府県15か所の試験会場でCBT方式で実施する。
 入学直後からの英語集中プログラム受講の前提として、春入学の全入試区分でCEFRのB1レベルの英語力を出願要件にしている。
 「リベラルアーツ×グローバル」を掲げつつも知識・スキルの修得にとどめず、実践のトレーニングを繰り返すことを重視する。そんな新しい地方公立大学が今後、受験生、そして社会をどう引き付けるのか、注目される。