2021.1213

探究学習評価型入試⑤ 経験を言語化し伝えることを重視-奈良女子大学

この記事をシェア

  • クリップボードにコピーしました

3行でわかるこの記事のポイント

●多様な学生を確保するため全学で導入、内容は学部ごとに設計
●文学部は学科・コースの選択につながる4つの入り口を設けて募集
●出願書類には担任などが本人の探究について説明する「志願者評価書」も

奈良女子大学は2021年度入試から、全学の総合型選抜に「探究力入試『Q』」を導入した。高校で探究活動に取り組み、大学でも探究的な学びを深めたいという受験生を受け入れる。入学前教育や1年次から探究に取り組む独自科目等、入学前後の教育との連動によって高大接続を図る文学部の方式を中心に、探究力入試「Q」を紹介する。

探究学習評価型入試① レポートで意欲を測る一般選抜-産業能率大学
探究学習評価型入試② 研究成果の発表経験を重視-工学院大学
探究学習評価型入試③ 評価基準の公表で高校教育を支援-桜美林大学
探究学習評価型入試④ 「入試のプロ」による先行事例の分類と読み解き


●新入試構想の出発点は「学生も研究者」という考え方

 奈良女子大学は文、理、生活環境の3学部からなり、2022年度には女子大初の工学部を新設する。総合型選抜の「探究力入試『Q』」は既存3学部の2021年度入試でスタート。2年目となる2022年度入試では工学部も加わり、全学で入学定員475人の約1割にあたる46人以内の募集人員を設定した。選考方法は学部や学科によって異なるが、書類選考、およびレポートや小論文等による2段階選抜を行う点はほぼ共通している。
 探究力入試「Q」は多様な学生の確保を目的に、各学部から選出した教員と専任の教員で構成するアドミッションセンターが主導し、全学で詳細部分を検討した。名称の「Q」は「探究」の「究」や「question」「quest(探求)」の頭文字をかけたものだ。与えられた問いに答えを出すだけではなく、自ら問いを立てて解き明かしていくことにやりがいを覚える者を受け入れる。
 新入試の構想の出発点には、「学生も教員と同じく研究者である」という同大学の考え方がある。社会のさまざまな場面で探究的な姿勢によって課題を解決する「研究者」を育てるうえで、その助走とも言える高校の探究活動に着目。これに熱心に取り組み、大学でも続けたいと考える受験生のための入試を形にした。

●文学部は入学定員150人のうち12人以内の募集枠を設定

 ここからは文学部の探究力入試「Q」について紹介する。募集要項では「教科や総合的な学習の時間、課外活動を通じて得た興味や関心、基礎知識をもとに、文学部で特定のテーマを探究する意欲とそのための基礎学力、思考力、表現力をみます」と説明されている。入学定員150人のうち、12人以内をこの入試で選抜する。
 文学部は人文社会学科、言語文化学科、人間科学科の3学科に計7つのコースがあり、コースの専門分野の下で卒論のテーマを決める。一般選抜は学部一括で募集し、2年次に学科、3年次にコースを選択する。一方の探究力入試「Q」は、興味・関心がある程度明確になっている受験生を想定し、入学後の学科・コースの選択肢を絞った4つの入り口を設けている。
 2022年度入試では、各学科・コースで扱う研究内容の特徴を端的に示す「ことばと人間の探究」「社会と人間の探究」「地域と環境の探究」「ならの探究」という4つのテーマを設定。試験の内容はテーマごとに異なる。受験生は自分が強い関心を持って取り組み、探究を深めたいと考えるテーマを選んで出願する。
 「ことばと人間の探究」を例にとると、「求める学生像」は「ことばそのもの、または文学、 哲学、思想、 芸術、 スポーツやダンスなど、人間がことばや身体を用いて行う表現活動のいずれかに強い関心のある人」となっている。このテーマで受験して合格すると、2年次には言語文化学科か人間科学科に進む。3年次には、言語文化学科であれば日本アジア言語文化学コースかヨーロッパ・アメリカ言語文化学コースを選択し、人間科学科であれば教育学・人間学コースに進むという具合だ。

●探究の経験を他者に伝えることによって内省を促す

 選抜は2段階で行う。1次選考は書類審査、2次選考では指定図書や指定資料に関するレポート等と小論文、口述試験で総合的に評価する。大学入学共通テストは課さない。
 1次選考では調査書のほか、志望理由書と志願者評価書の提出を求める。
 志望理由書では、テーマの選択につながった探究の体験や学びについて説明し、それを生かして大学でどんなことを探究したいか記述。元アドミッションセンター員の高岡尚子教授は「探究の成果も重要だが、それ以上に、どのように課題を見いだし、解決方法を設定し、実際に取り組んだかというプロセスを重視する」と話す。
 もう一つ、この入試で重視するのが「探究をめぐる他者とのコミュニケーション」だ。このポイントはもう一つの提出書類「志願者評価書」に反映されている。クラス担任や教科担当教員、部活の顧問など、出願者のことをよく知っている大人に探究の内容について説明してもらう書類だ。指定書式の冒頭ではまず、出願者本人に対して「依頼する相手に自分の活動について伝え、志望理由書のコピーを読んでもらう」ことを指示する記載がある。続いて、記入者に「客観的かつ具体的」な記述を求めている。
 「出願者が語る自分の探究経験」はもちろん重要だが、そこに他者のフィルターを通した説明が加わることによって、中身をより多面的に捉えることができる。本人にとっても、自分の経験を繰り返し言語化することが深い内省につながる。志願者評価書にはいくつかの意図が込められ、入試を通して成長の機会を提供したいという教育的な意図もあるのだ。
 書類審査の通過者には、探究のテーマごとの指定図書や指定資料とそれらに関するレポート等の課題が示される。3週間ほど先を提出期限にするが、その期間だけでは対応が難しい課題であるため、指定図書等は試験の前年に公表。この入試での受験をめざす高校生が十分な準備ができるよう配慮している。
 2次選考の当日は指定図書等に関連したテーマの小論文に加え、提出された課題レポート等に関する口述試験も行う。

●独自科目「探究入門」で学科・コース選択に備える

 探究力入試「Q」の合格者には、入学前教育としてレポート等を課す。担当教員がスクーリングやオンライン、メール等で課題を説明し、調査方法について助言したり相談に乗ったりする。提出されたレポートを添削し、コメントをつけて返すなど、文学部が強みとする密度の濃い指導が早速実施される。
 入学後、1年次にはこの入試と接続する独自科目「探究入門」を受講。教員の伴走を受けながら課題レポート等を通して探究心を育て、2年次以降の学科・コース選択に備えて自分の興味・関心を確認し、深める。
 その一方で、一般選抜の入学者と共に「基礎演習」等の初年次教育科目を受講。入学者の指導を担当する大平幸代教授は「独自科目で一足先に専門的な学びの面白さに触れている探究力入試『Q』の学生が他の学生に刺激を与え、授業を活性化してくれる」と説明する。
 2022年度の探究力入試「Q」には募集人員12人以内の枠に48人が出願し、7人が合格。「1次選考の志望理由書、2次選考の課題レポート、さらに小論文・口述試験という選考のプロセスごとに明らかに成長し、入学してくる学生がいる」と大平教授。探究をめぐる他者とのコミュニケーションを通して成長を促すというねらいは、実現されているようだ。
 「教員と学生は互いに尊重し合って高め合う関係」(高岡教授)、「一緒に楽しく研究ができる学生に来てもらえる入試にしたい」(大平教授)という言葉から、学生に対するリスペクトが感じられる。だからこそ、選考と育成には十分に手をかける。
 中山満子学部長は「入学者をしっかり成長させることに力を注ぎ、4年間を追跡してこの入試の成果を検証したい」と話す。