2018.0517

北陸大学の高大接続改革―入試と教学の連動に高校教員から好反応

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3行でわかるこの記事のポイント

●教育の特色を学力の3要素と重ね合わせて説明
●「協働力や内省の重視」というAO入試と教学の一貫性をアピール
●高校教員に自学の授業を体験してもらい、高校の教育改革にも積極的に関与

2020年度からの入試改革に向け、各大学の対応が本格化しつつある。その議論では、入試の見直しに終始するのではなく高大接続改革の本質に向き合い、教学改革と連動させる形で入試改革について考える必要がある。そのような事例として、2017年度に新たなAO入試を導入した北陸大学経済経営学部の取り組みを紹介する。教学改革を進める一方、新しい教育プログラムで成長できる入学者を発掘するための入試を構築。学生を成長させるために入試と教学の両輪を回す改革に高校が期待を寄せ、志願者数増加、歩留まり率向上などの成果が出てきた。


●思考や経験を言語化する力を徹底的に鍛える教育

 北陸大学は2017年度、未来創造学部を名称変更する形の改組で経済経営学部を設け、新たなAO入試「21世紀型スキル育成AO入試(コンピテンシー評価型)」(以下、「21世紀型AO」)をスタートさせた。屋外での体験型学習プログラムを活用してチームごとに課題に取り組ませ、主体性・多様性・協働性を多面的・総合的に評価する。

*本サイトでの紹介記事はこちら

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 この入試は他者との協働によって課題を解決し、その学修経験を自分の成長につなげるという経済経営学部の教育目標の一つを前提にしている。
 名称変更による改組のため、同時にカリキュラム改訂はできなかった。そこで、山本啓一学部長は従来のカリキュラムの下でやってきたことを再構築したうえで、高大接続の観点から新たな教育の方向性をわかりやすく示そうと考えた。経済経営学部で授与する学士の名称が「マネジメント学」なので基本的な教育目標を「組織や社会、自己に関するマネジメント力の育成」とし、育成する人材像や現行カリキュラムの内容を学力の3要素と重ね合わせる形で整理した。
 まず、経済学・経営学・法律学・会計学・ITといったカリキュラムの分野の広がりを生かす形でこれらを「社会人のための5教科」と再定義し、学部で身につける「知識・技能」として明示した。
 また、読む・考える・話し合う・書くなどの訓練を重ねて思考や経験を言語化する力を徹底的に鍛える教育を打ち出し、学部が育成する「思考力・判断力・表現力」とは「知識を活用して解決策を考え、実行する力、すなわち言語リテラシー」と説明。
 さらに、「他者と協働して課題を解決する経験から学び、他者を巻き込みながら主体的に課題を解決する力」、すなわち「主体性・多様性・協働性」の育成も前面に出した。協働と内省を繰り返す学修によってこれらを育成する教育が21世紀型AOにもつながった。

●ゼミの教材を教員が協働で開発して授業を標準化

 経済経営学部では改組前年の2016年度から現行カリキュラムの範囲内で教育内容や方法の改善を進めている。上記の通り学力の3要素と対応させた教育の特色を2018年度時点で具体化しているのが1年次の「基礎ゼミナール」とキャリア科目の「ライフプランニング論」、同じく1年次の「未来創造論」、さらに2年次の「ゼミナールI」とキャリア科目の「コミュニケーション論」である。
 「基礎ゼミナール」では与えられたテーマに沿って情報の収集・分析、課題設定を行い、意見をまとめ、プレゼンテーションやレポートによる発表までグループワークで行う。「ライフプランニング論」では、仲間と力を合わせて何かを成し遂げた経験や自分が力を入れてきたことを振り返るスピーチ(リフレクション)をする。これらの授業は21世紀型AOによる入学者がSAとして後輩をサポートする。2年次の「ゼミナールI」と「コミュニケーション論」もこれらを発展させる形で実施。「未来創造論」は中身を文章表現に入れ替え、グループワークによって複数の資料を読解・分析して得た情報をもとに課題を発見・設定し、論理的な文章で意見をまとめる。
 「基礎ゼミナール」は出身高校や入試方式、プレイスメントテストの得点等の要素を勘案して学生を振り分け、ゼミ間のばらつきを抑えた。1、2年次のゼミは担当教員が教材開発や授業運営を協働で実施するチームティーチングが特色だ。シラバスや教材、ワークシート、さらに各回の到達目標や進行スケジュールをまとめた教案等を担当教員で分担して作成し、どのクラスでも同じものを使って授業を標準化している。1、2年次とも、4単位のゼミと2単位のキャリア科目の2コマを連続させて135分で実施し、同じ教員が担当。言語リテラシーを育てる授業とコンピテンシーを育てるキャリア科目を関連づけることで相乗効果を出すねらいがある。
 2コマ連続の授業の後は毎回、担当教員全員で45分間のミーティングを行う。授業の振り返りと次回以降の打ち合わせに加え、出席状況や意欲面など学生の状況についても情報を共有する。担任にすべてを任せる方針を転換し、複数の教員が学生一人ひとりに目を配る体制にした。学部の中退率はそれまで8~9%だったが、教学改革に着手した2016年度以降は3~4%に下がった。

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 週1回のミーティングの最大の効果は教員同士の信頼関係が深まり、「このチームで学生全員を成長させるのだ」という意識が広がったことだという。学生をポジティブに捉えて成長を喜び合う発言とともに、さらに伸ばすための提案が活発化。2018年度は8人の新任教員を迎え、次年度以降も退職者の補充等で多くの教員の採用を予定している。半分以上が入れ替わる新しい教員組織全体の中でチームティーチングを定着させていく考えだ。

●高校教員が「自学だけでなく地域全体のことを考えた改革」と評価

 北陸各地で実施した高校教員対象の進学説明会で学部のコンセプトと教育の内容や体制、21世紀型AOを高大接続改革や学力の3要素と関係づけて説明したところ、「腑に落ちたという先生方の表情が印象的だった。高大接続時代になって大学と高校の共通言語が生まれたと感じた」(山本学部長)という。
 2016年度と2017年度の夏には高校教員対象の高大接続研修会を開催。高大接続改革の意義と方向性を解説したうえで、学部の教育プログラムの特色を紹介した。高校教員を生徒に見立てて「文章表現科目」の模擬授業を行い、大学でのアクティブラーニングを体感してもらった。さらに、高校の授業にアクティブラーニングを導入するためのノウハウについてディスカッションするなど、高校と大学が協働で高大接続改革を進めるという意識を高める場となった。
 参加者のアンケートでは「北陸大学では学生を成長させるというコンセプトがどの先生にも共有されている」「自学のことだけでなく地域全体のことを考えた改革をしていることがわかった」「授業の協働設計など、高校でも導入したい取り組みを学べた」などの声が寄せられた。教頭が参加したある高校からは校内教員研修の講師の依頼があり、山本学部長があらためて「文章表現科目」の模擬授業を行い、高校でのアクティブラーニング導入の可能性について意見を交わした。
 こうした高校とのコミュニケーションに手応えを感じ、学内のFD研修にも高校教員を招いた。「高校の先生やSAなど、多様な視点が混じることによって思いがけないアイデアが出てくる。今後、FD研修には毎回、高校の先生に参加を呼びかけたい」と山本学部長。2018年度も高大接続研修会のほか、高校教員と企業関係者を集めてアクティブラーニングの研修会を開く。「高大接続改革によって高大社が人材育成のゴールを共有できるようになった。そのゴールに向けて大学が活動のハブの役割を担っていきたい」。

●一般入試、センター利用入試でも志願者・入学者が増加

 21世紀型AOを導入した2017年度の志願者数は前年の2倍以上の440人。特に一般入試、センター利用入試の志願者・入学者の増加が目を引く。定員を100人増の200人にしたことや全国的に社会科学系学部の募集が好調という背景もあったが、研修会や高校訪問を通して感じたという北陸大学に対する共感と期待の高まりも、これらの結果に反映されたと言えそうだ。

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 教員がある高校を訪問した際、同校から21世紀型AOを受けた生徒数人が不合格になったことが話題に上った。そのとき、校長は「評価の観点を考えれば納得できる結果で、本人のためにも落としてもらって良かった。目を覚まして一般入試をめざして頑張っている」と話したという。
 2018年度も志願者は大きく増え、合格ラインを引き上げたにもかかわらず入学辞退者の数が予想を下回り、定員超過率を気にしながら入学手続きを見守ることになった。2019年度には定員をさらに30人増やす予定だ。

●入試改革の全学展開と新カリキュラムの導入

 経済経営学部の21世紀型AOによる入学者は、入試結果と汎用的スキルを評価するアセスメントテストのスコアとの間に相関があり、求めるコンピテンシーを持つ学生を選抜できていることを確認。実際、入学者は1年間でめざましく成長し、オープンキャンパスのスタッフや入学前教育、基礎ゼミのSAとして活躍しているという。
 こうした成果をふまえ、2018年度からは薬学部と医療保健学部でも「21世紀型医療人育成AO入試」がスタート。経済経営学部と同じ年に導入済みの国際コミュニケーション学部も合わせ、各学部の特性に合わせた21世紀型AOが全学でそろった。
 経済経営学部では2019年度のカリキュラム刷新に向け、カリキュラムマップの作成やナンバリングの議論が進んでいる。肥大化した科目数を3分の2まで削減し、わかりやすく体系化したカリキュラムを学生に示す予定だ。
 今後は一般入試やセンター利用入試での多面的・総合的評価についても検討する。山本学部長は「本来なら面接で一人ひとりと直接向き合いたいところだが、現実的にはエントリーシートやeポートフォリオの活用に落ち着くのではないか。きちんとした接続を図り責任を持って育てるため、高校での学習履歴を丁寧に見ていく方向で検討していきたい」と話す。