2021.0114

通信制大学の質保証の考え方がコロナ禍のオンライン授業にも示唆

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3行でわかるこの記事のポイント

●法令が求める双方向性を担保するための授業設計
●オンデマンド授業の作成では専門家チームが教員をサポート
●1単位あたり1回のレポートを課し、丁寧に添削

メディアによる授業のプロ集団とも言うべき通信制大学は、いかにして教育の質保証に取り組んでいるのか。2020年12月に開かれた中央教育審議会大学分科会の質保証システム部会での関係者の報告は、メディア授業の拡大を視野に入れた部会の議論だけでなく、オンライン授業の継続を余儀なくされている通学制の大学にも一定の示唆を与えるものだった。チームでの授業作成、双方向性の確保など、オンライン授業の実践を通じて顕在化しつつある質保証のポイントがあらためて指摘された。
*当日の分科会資料はこちら
*図表は分科会資料より


 12月の質保証システム部会では、通信制大学の質保証に関する有識者ヒアリングとして、私立大学通信教育協会の高橋陽一理事長(武蔵野美術大学教員)と放送大学の岩永雅也副学長が報告をした。概要は以下の通り。

高橋陽一・私立大学通信教育協会理事長の報告

●ディプロマ・ポリシーと教育水準は通学課程と同じ

 1980年代の大学通信教育の学生は18~29歳が60~70%を占めていたが、その後、40歳以上の各年齢層の割合が増えてきた。現在は高等教育経験者が4分の3を占め、社会人が専門知識を求めて編入学する学び直しの場となっている。

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 大学の通信課程は教育水準が低いと捉えられがちだが、それは誤解だ。多くの大学の通信課程は入学資格があれば入試なしで入れるアドミッション・ポリシーになっている一方、ディプロマ・ポリシーは通学課程と同じで教育水準に違いはない。大学設置基準と大学通信教育設置基準をそれぞれ満たす必要があり、高等教育としての水準と通信教育の水準、両面が確保されている。
 各大学は教科書の作成に大きな努力を払っている。教材は誰でも見られるようオープンになっていることが質保証にもつながっている。教科書を読んでテストを受ければ単位が取れるわけではなく、1単位あたり1回のレポート提出が必要で、個別指導で丁寧に添削している。2単位の科目なら2回のレポートに合格し、さらに全国各地に設ける会場で修了認定試験を受けて合格すると単位が与えられる。通学課程よりも厳格に単位認定を行い、年度をまたいでの履修、不合格による再提出などの計画的な履修も可能にしている。

●添削指導、質疑応答、意見交換などの双方向性が求められている

 1998年、同時双方向型(リアルタイム)のメディア授業が可能になり、面接授業として使えるようになった。2001年には非同時双方向型(オンデマンド)のメディア授業も認められ、卒業要件の単位全てをメディア授業で実施すること、インターネット授業のみの大学の設置が可能になった。
 メディア授業には双方向性が厳密に求められている。文科省の告示「設問解答、添削指導、質疑応答等による十分な指導を併せ行うものであって、かつ、当該授業に関する学生等の意見の交換の機会が確保されているもの」がその根拠で、これは通学課程のメディア授業にも同様に課されている。
 これに対応するため、通信課程のオンデマンド授業は、スタジオ収録や専門スタッフの編集など、チームによる番組スタイルで作成するのが一般的で、長年のノウハウを活用している。現在はコロナ禍のため、教員が一人で収録して一人で流すケースもあるが、あくまでもイレギュラーな対応である。
 法令とは別に、通信教育の団体が独自のガイドラインを制定し、それに基づく自己点検・評価や認証評価、情報公表にも取り組んでいる。
 かつて、インターネットのみで授業を行う大学が、授業の視聴日時を限定していたのをはじめ、質問への対応の遅さや質疑応答による指導の不十分さについて、文科省から是正勧告を受けた。このような問題をきっかけにした大学通信教育設置基準の見直しにおいても、議論の中心はメディア授業での双方向性の確保だった。学生を精神面で支える帰属意識を育てるうえで様々な相談への対応や教員との交流、学生間の交流の機会をいかに確保するかが焦点となった。

●メディア授業の質はシステム以上に人・チームの力に依存

 2020年、東洋大学と私の所属する武蔵野美術大学それぞれで、オンライン授業を受けた通学課程の学生を対象に「この授業をもう一度受けるとしたらオンラインと対面のどちらがいいか」という調査をした。オンライン希望の学生は「強く」と「やや」を合わせ東洋大学で40%、武蔵野美術大学で54%に上った。学生から受け入れられている大人数対象のメディア授業、オンライン授業は今後、通学課程でも広がっていくだろう。
 仮に「通学課程も124単位すべてメディア授業でよい」となった場合、通信課程での規制緩和の前提となった双方向性確保や厳密な学力判定は可能なのか、議論が必要だろう。コロナ禍を受けて行われているメディア授業には法令が求める水準が確保されていないケース、学生の不満拡大が懸念されるケースも見受けられる。今やっている授業はあくまで緊急対応と捉え、新たな制度の下での実施とは分けて考えるべきだ。
 制度としてメディア授業を拡大するのであれば質の維持は必須で、一つの手法だけではなく、学生のニーズをふまえたハイブリッド型で双方向性を確保することが大事だ。有職の社会人が中心の通信課程と違い、18歳で入学するフルタイム学生が大部分を占める通学制ではキャンパスでの人間形成の機会も保障すべきだろう。
 メディア授業の質は、システムの良し悪し以上に人の力に依存する。教員、そして職員やTAなど、サポートするチームの力が決め手になる。システムのハードルは人やチームの力によって乗り越えられる。
 通信教育を担当すると教員はどうしても働きすぎになってしまい、コロナ禍でそれが顕著になっている。現状を改善するには各大学での人材確保が不可欠だ。

岩永雅也・放送大学副学長の報告

●修得させる知識・技能に応じて授業の手法を組み合わせる

 放送大学の教育の質保証は「全国公開の緊張感による責任意識」「担当外教員や専門スタッフの関与・助言による共同体制」「方法や手続きの明示・共有」という3本柱でなされている。
 番組や印刷教材は学生に限らず全国の誰もが視聴・入手でき、同じ分野の専門家にも見られるという緊張感が、われわれには常にある。教材は科目ごとに、担当教員と番組プロデューサー、印刷教材編集者などの専門スタッフが内容と構成を検討し、経験の浅い教員を支援。印刷教材の原稿は専門分野の近い教員が読んで助言する。そして、教材制作のハンドブックや試験問題作成要領など、ノウハウが確立・共有されている。
 オンライン授業は録画した講義を流すだけの画一的なものではなく、修得させる知識・技能に応じて、動画・音声による講義やドキュメント中心の講義など、さまざまな手法を組み合わせる。文科省の告示に基づき、「オンデマンド配信+学習活動+毎回の指導+学生同士の意見交換」という構成になっており、学生数や活動内容に応じてTA も配置する。学期ごとに授業を改訂し、常に最新の内容にしている。
 入試のないオープンアドミッションだが、単位認定は厳格に行っている。

●評価指標は学生満足度や再入学の状況

 教育研究基盤の強化のため、学生実態調査や社会人一般調査、入学者・在学者分析など各種データを分析してPDCAに努めているが、通学課程と違って学力面の達成度や就職実績は指標にしていない。学びに対する学生満足度を最重要視し、再入学の状況も評価指標にしている。毎年度、全授業について満足度を調査し、担当者にフィードバックする。
 ただし、余暇の楽しみではなく職業的スキルを求める有職の社会人の学生が増えているので、満足度中心の評価について見直す必要があると考え、学内で議論している。
 他の学生との交流による学びの共同体を求める学生もいるし、一人で黙々と学びたいという者もいる。後者のタイプは、他大学に比べると匿名性の度合いが高いことを理由に放送大学を選ぶケースもある。それでも、共同体を求める学生がいる以上、その期待に応えるシステムを提供する必要があり、検討している。使うかどうかは学生に任せればいいと考えている。