2020.1124

コロナ禍前から計画した必修科目でのオンライン活用―成蹊大学理工学部

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3行でわかるこの記事のポイント

●論理的思考力育成という課題に「オンデマンド+グループワーク」で対応
●座学のコンテンツを学部内で共有し、余力をスキル実践の指導強化にあてる
●一部授業に学外コンテンツを活用する副専攻制度もスタート

日本の大学の「オンライン授業元年」となった2020年度、成蹊大学も複数の必修科目にオンデマンド型の授業を導入するなど、組織的なオンライン教育を始めた。ただし、成蹊大学理工学部については、コロナ禍を受けた「緊急対応」ではなく2年前から計画していたものであり、かねてからの教員の実践がベースになっている。教育のイノベーションによる質向上という文脈で検討されたオンライン授業の概要とはどんなものか、そして奇しくも重なったコロナ禍にどう対応したのか、検討を主導した教員に聞いた。


●内容と教授法の統一、クオリティ担保などの課題を解決できる手法を検討

 成蹊大学理工学部は、2020年度にスタートした必修の初年次教育科目「アカデミック・スキルズⅠ」(現行名称は「フレッシャーズ・セミナー」)を、オンデマンド型授業とリアルタイムのグループワークを組み合わせるブレンディッド・ラーニング方式で実施した。
 この科目では読解・作文や図解、データ分析など、大学での学びに必須となるスキルを身に付ける。座学で学べる内容を抽出してオンデマンドで提供し、学んだスキルを教室でのグループワークで学び合い、教え合いながら実践させる。初年度はコロナ禍を受け、グループワークはZoomで実施することになった。
 新たな初年次教育のねらいは、2022年度からの学部新体制でも重視する論理的思考力の育成だ。その実現には読解・作文を徹底的に鍛える必要があるとの考えで一致。400人いる1年生全員に確かな力をつけさせるには、統一された質の高い授業での基本理解、および手厚い指導の下での実践が重要だと考えた。
 その具体的な方法としてブレンディッド・ラーニング方式にたどり着いた。全クラスが同じコンテンツを活用し、授業回の半数近くをオンデマンド化することによって教員の余力を生み出す。グループワークには学習補助員の上級生も投入し、きめ細かく指導できる体制にした。
 授業設計を主導した小川隆申教授は「大人数の学生を対象に質の高い教育をするには、組織的な授業運営、授業内容と教授法の統一、評価の標準化などの条件を満たす必要がある。それには、全クラスで統一したオンデマンド授業と学生が自発的に取り組むグループワークとの組み合わせが最適だと考えた」と説明する。

●スキル系の授業では全回オンデマンド方式を採用

 同じく1年次必修の「情報基礎」はWordやExcel、メールなどの活用法を修得させる科目だ。ITスキル系の科目にはオンデマンドによる学習が適していると考え、また、クラス間で教材を統一することも重視して2020年度から全授業回をオンデマンド型に切り替えた。それによって従来の3割程度の教員で運用が可能になった。オンラインで設計されていた授業はコロナ禍への対応もスムーズだった。
 これらオンデマンドの授業には、サイバー大学が提供するクラウド型eラーニングプラットフォーム「Cloud Campus」を活用。サイバー大学はすべての授業をインターネットで行う日本で最初の4年制大学だ。成蹊大学はサイバー大学との間で、授業コンテンツやオンライン授業のノウハウの提供を受ける一方、通学制大学におけるオンライン授業の運営ノウハウをフィードバックするという内容の教育連携協定を結んでいる。

●オンデマンドでの予習を課し、演習の時間を倍増

 学部としてのオンライン授業導入に先立つ2017年度、小川教授は自身が担当する2年次対象の準必修科目を独自にオンデマンド化した。授業運営の「非効率さ」に対する長年の自問自答が出発点になったという。
 「複数のクラスがある授業で同じことを話して同じような板書をする、それを毎年繰り返すことに疑問を感じていた。うまく省力化できれば学生の利便性が高まり、ディスカッションや演習など、学生のために手をかけるべき部分にも注力できるようになる。予備校がかなり前からオンライン教育に移行し、企業もオンライン教育を事業展開したり、YouTuberが高等教育のコンテンツを発信したりするような時代に大学が旧態依然とした授業を続けていいのかという疑問もあった」(小川教授)。
 そこで、収録した授業をCloud Campusで配信し、学生に事前の視聴を課した。対面授業では「前回の解説」「新規授業内容の復習」「演習」を行う反転授業を展開。授業内容の説明を事前学習として切り出したことによって演習に従来の倍の時間をかけられるようになり、より高度な問題にも取り組ませられるようになった。

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 オンデマンド授業は理解できるまで繰り返し視聴できることもあり、期末試験では基礎問題の正答率が明らかに上昇したという。

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●コロナ対応による授業のチャット化で対面授業にはないメリットも

 小川教授の反転授業は4年目となる2020年度、コロナ禍への対応を余儀なくされた。Cloud Campusのオンデマンド授業はそのままに、対面授業による解説や演習をMicrosoft Teamsのチャットに切り替えた。図も貼り付けられるため、従来の口頭説明と板書は問題なくチャットに移行できた。質疑応答のやり取りを授業後にも見られたり、過去のチャットにリンクを貼って関連付けて解説したりと、対面授業にはないさまざまなメリットも生まれた。
 オンデマンド教材とチャットを組み合わせたオンライン授業について、学生アンケートでは「チャットに内容が残るので復習しやすい」「気軽に質問できるので対面授業に戻っても質問用のチャットは続けてほしい」「演習時間が長くなったおかげで最後まで解けるようになった」といった声が寄せられた。
 小川教授は当初から学内の授業見学会などで自身の反転授業を紹介し、メリット・デメリット、ノウハウの共有を図ってきた。その結果、他の教員の間でもオンデマンド授業を取り入れる動きが徐々に拡大。その動きと「論理的思考力育成」の議論が重なり、学部としてのオンライン授業導入につながった。

●「内容の陳腐化が早い分野には専門家の力を借りる」

 2020年度、成蹊大学は全学的に副専攻制度をスタートした。理工学部が科目を提供し、全学部を対象に開講している「総合IT副専攻」では「インターネットの基礎知識」をはじめとする3科目でサイバー大学の授業コンテンツを活用し、オンデマンド授業を実施している。教材の学内作成から学外リソースの活用へと、授業の効率化はさらに進化した。
 「IT関連の内容は陳腐化が早く、自前でコンテンツを更新していくのは手間がかかる。そこでITに強いサイバー大学の力を借り、基礎理論を中心とする部分に学内のリソースを集中させるほうが教育のクオリティを上げられる」と小川教授。従来は時間割上の制約で文系学部の学生が理工学部の科目を受講するのは難しかったが、オンデマンド化によってそのハードルが低くなったという利点も指摘する。
 サイバー大学から提供を受けるのは授業コンテンツのみ。質問への対応、小テストや課題の作成など、実際の授業運営は成蹊大学の教員が担う。期末試験はコロナ禍等による例外的対応を除き、対面での実施を基本にしている。

●授業を構成要素に分解し、最適な手法を組み合わせる「ベストミックス」を

 小川教授はこれまでのオンライン授業の経験をふまえ、「対面授業をそのままZoomなどに置き換えるのは非効率な面があるのでは」と指摘する。「効率的なオンライン化のためには授業を構成要素に分解し、各要素に最適な通信形態やシステムを組み合わせ、最小コストで最大の効果を上げる『ベストミックス』をめざすべきだ」。

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 大学教育において教室での対面授業を最重要視し、省力化を忌避する考え方に、小川教授は疑問を呈する。「学生の力を伸ばすことができる手法であれば果敢に取り入れるべきだし、省力化によって教員が教材開発や研究にあてる時間が増えればその成果を学生に還元できる。授業コンテンツをアーカイブ化し、学内はもちろん広く学外とも共有することで授業は何倍にも生かされる。本学にも優れた授業が数多くあり、それを流通させることができるようになったら大学の価値が向上するはずだ」。
 一方、小川教授はこれまでの経験から、オンライン授業では対面授業よりも自発的に学ぶ姿勢が一段と必要になることを痛感している。「アンケートでは、多くの学生が仲間と話し合ったり議論したりすることの楽しさや重要性について書いている。オンライン授業であってもそのような場をしっかり確保しながら主体的な姿勢を引き出せるよう、今後さらに新しいことに取り組んでいきたい」。