2022.1031

京都産業大学が文理融合の正課を含む起業家育成プログラムを全学で導入

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3行でわかるこの記事のポイント

●プログラムの組み立てから機関決定まで3か月
●正課の学びと課外活動の往還を促し、学生の成長を最大化
●10学部がワンキャンパスに集約された強みを生かす

京都産業大学は2023年度、全学部の教員が関わり、全学部の学生を対象とする「アントレプレナー育成プログラム」をスタートさせる。イノベーション人材を求める社会のニーズと建学の精神が結びついた取り組みで、文理融合の正課教育を柱に据える。10学部が一つのキャンパスに集約されている一拠点総合大学の強みを最大限に生かすプログラムは、これまでの改革の果実であると同時に、さらなる飛躍への起点としても位置づけられている。

●起業をめざす学生が任意で受講・参加できるプログラム

 京都産業大学のアントレプレナー育成プログラムは正課の科目を柱としつつ、課外活動も支援する。いずれも、所属する学部にかかわらず、起業をめざす学生が任意で受講、参加できる。正課は全学部から教員を出し合って開講する講義と演習で構成。課外活動では学生同士、または学生と起業家が交流しながら活動する拠点と機会を提供し、教員の支援も受けられるようにする。
 このプログラムは、2016年から取り組んでいる中長期事業計画「神山(こうやま)STYLE2030」の第2期(2021~2025年)で掲げる「起業家養成のための教育プログラムの設置」を具体化するものだ。
 学長室で戦略企画を担当する奥村靖之課長は「『Society 5.0』の実現に向けて社会変革が進む中、社会が大学に期待しているのは、知や人を結んでイノベーションを生み出す人材の育成だ。このニーズは本学の建学の精神『将来の社会を担って立つ人材の育成』と合致し、大学像『むすんで、うみだす。』、育成すべき学生像『むすぶ人』とも重なる。従って、イノベーションを創出し、社会実装できる人材を育成するアントレプレナー育成プログラムの導入は、本学にとって必然と言えるものだ」と説明する。

●支援の第一歩は学外の活動スペースの提供

 元々、同大学では起業を志す学生が一定程度いて、個人やゼミ、学部など、さまざまな単位でアイデアコンテストへの応募や事業計画の策定に取り組んできた。実際に、在学中に起業する者もいるという。しかし、大学として実態の把握や全学的な支援はしていなかった。そこで、中長期事業計画の第1期で注力した学部の再編、現代社会学部、情報理工学部、国際関係学部、生命科学部の新設で整った10学部の教育基盤を生かし、第2期では起業家育成と起業支援に大学を挙げて取り組むことにした。
  その第一歩として2020年、京都市内に「町家 学びテラス・西陣」を開設、一般社会人や他大学の学生にも開放してさまざまなイベントを企画してきた。起業志望者や課題意識をもつ学生が卒業生を含む起業家と交流して、情報やアドバイスを得ながらアイデアを練る場になっている。

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●起業志望の学生の特性をデータで分析し、正課での支援を決定

 「町家 学びテラス・西陣」での活動を発展させる支援も、もっぱら課外で行うという選択肢もあったが、京都産業大学は「学生の本気に、教職員も本気で応えよう」と、正課による支援を選んだ。その意義をデータで割り出したことも決め手になった。
 同大学は、文部科学省の「デジタルを活用した大学・高専教育高度化プラン」の採択事業として、データに基づく学修行動の把握と学修成果の可視化、教育の質保証に取り組んでいる。その中で、ベネッセi-キャリアが提供するアセスメントテスト「GPS-Academic」のデータを分析したところ、起業した学生や準備中の学生はリーダーシップ(主体性)、レジリエンス(克服力)の両方が「極めて高い」ことが判明。両方を備える学生は各学年に少なくとも100人程度いて、4学年で400人、全学生の3~5%に上ると推定した。また、卒業時の進路調査で毎年15人程度が「起業」「家業継承」と回答していることから、そのための支援を必要とする学生は4学年で60人程度に上ると見積もった。
 規模感が明らかになったことで、正課で支援する意義は大きいと考えた。「学生の特性をデータで把握し、これを基に新たな教育につなげたことは画期的だ。アントレプレナー育成プログラムを正課で展開することによって、教育の質保証の対象となり、われわれも本気で取り組まざるを得ない。単位に結びつくため、学生の本気度も高まるはずだ」と奥村課長。データを示すことによって、各学部の合意の取り付けや常任理事会での承認もスムーズだったという。

●中長期事業計画が浸透した学内では「やるのが当然」との受け止め方

 アントレプレナー育成プログラムの具体的な検討は、学長室が事務局となって2022年6月から始めた。黒坂光(あきら)学長、吉田裕之担当副学長の下、起業支援の実績がある専任教員6人のタスクフォースチームが、8月までに構想を完成。全学プログラムとしてすべての学部から講義担当の教員を出すこと、全学生を受講対象とすることについて、どの学部からも異論は出なかった。
 奥村課長は「本学では中長期計画の浸透のため、自学の使命と特色、社会動向を関連付けたストーリーをまとめ、学長メッセージなどを通して繰り返し学内に発信している。そのため、今回のプログラムも『やるのが当然』と受け止められ、ネガティブな反応は皆無だった。『大学院生にも受けさせたい』といった積極的な声も聞かれた」と話す。10学部が一つのキャンパスに集う環境が、全学的な取り組みのハードルを下げている面もあるという。
 学生の活動拠点となる学内施設の改修も盛り込んだ構想は、9月の常任理事会でスムーズに了承された。「10学部もある大規模な大学が、わずか3か月で全学プログラムを組み立て、その実施を決定するなど、他にはないスピード感ではないか。これまでに、短期間で複数の学部設置や教育の設計を進めてきたノウハウも生かされた」。学部設置でも事務局を率いた奥村課長はそう言って胸を張る。

●正課の授業は対面で行い、リアルな交流でアイデアを生み出す

 あらためて、京都産業大学のアントレプレナー育成プログラムの内容を紹介しよう(図はいずれも2022年10月現在の構想で、今後、変更になる可能性もある)。

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 正課では、起業に必要な基礎的知識の修得とアイデアの源泉となる社会課題の把握、イノベーションを支える科学技術と社会との関係の理解を促す。全学共通教育科目の中に、1年次から履修できる基礎の講義科目と2年次以上を対象とする応用の演習科目からなる「アントレプレナーシップ科目群」を新設。「同じ志を持つ学生が一堂に会して刺激し合い、高め合いながらアイデアを生み出すことが大切で、学生もそのような場を求めている」(奥村課長)という考えに基づき、どの科目も対面授業を基本にする。
 基礎の講義科目はそれぞれ「組織」「戦略」「社会問題」「イノベーション」をテーマとする4科目で構成。春学期と秋学期に2科目ずつ、各1クラスを設ける。いずれも定員は60人。講義とアクティブ・ラーニングを組み合わせた集中的な学びにするため、隔週の5・6時限連続で開講する。
 「組織」「戦略」の2科目は、主に経営学部の教員が担当。「社会問題」「イノベーション」の2科目は、授業の回ごとに全学部の教員が持ち回りで担当する。

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 一方、応用の演習科目は春学期と秋学期に1科目ずつ開講。いずれも定員は20人で、選抜で履修者を決める。起業支援の実績がある経営学部、法学部、情報理工学部、生命科学部の教員が連携して担当するほか、外部講師による話題提供、マーケット探索、企画立案等も加え、実戦力を鍛える。
 正課プログラムのコンセプト「SHIFT (Sustainability、Human、Intelligence、Frontier、Talent)」には、「学生を変革志向に変えたい。人々のために改革の先頭に立てるよう、知性と才能を磨いてほしい」という願いが込められている。

●実践的スキルの修得はオンデマンドの学習サービスで支援

 このようにアントレプレナー育成プログラムの正課部分は、全学部の参加による文理融合型になっている。奥村課長は「イノベーションの創出や社会課題の解決には単独の専門知のみならず、多様な分野の人が集まって知を掛け合わせることが求められる。ここでもワンキャンパスの強みを生かしている」と説明する。
 基礎、応用の各科目間には推奨する履修の順序はあるが、ルールは設けず自由に選べる。「起業をめざして基礎から応用まで体系的に学びたい」「今は起業の意思はないが、就職やその後に生かすための基礎だけ学びたい」「基礎の内容は所属学部の学びでカバーできるので応用だけ学びたい」など、さまざまなニーズを想定している。
 実際の起業がゴールではなくても、学び、身につけたものを自覚して自信を持ってほしいとの考えから、基礎4科目すべてで単位を修得した場合は履修証明を出す。加えて、演習科目も受けた学生には上位の履修証明を発行することも考えている。
 これら新設科目に加え、他の全学共通教育科目や各学部の専門教育科目の中から、起業に役立つものを「推奨科目」として示す。その中には、文科省の「数理・データサイエンス・AI教育プログラム(リテラシーレベル)」に認定された「データ・AIと社会」も含まれる。この科目も7学部が参加する文理融合型のプログラムだ。
 さらに、起業の武器となるプレゼンテーションやデザイン、プログラミングなどの実践的スキルの修得は、オンライン動画学習サービス「Udemy Business」で支援。学外のリソースも積極的に活用し、教員には起業に特化した指導に注力してもらおうという考えだ。

●優れた構想に対しては資金援助も

 一方、課外では引き続き「町家 学びテラス・西陣」も活用し、起業に向けた実践を支援する。アイデア交換会等から始まり、事業計画の具体化、実際の起業まで3つのステージでの活動を想定。ガイダンス、在学生起業家やコンテスト応募者、卒業生起業家等との交流やイベント、合宿研修等を企画し、正課の履修者に限らず広く参加を受け入れる。起業支援の実績を持つメンター教員による指導・伴走を受けるためには、正課の演習科目の履修が必須となる。優れた構想に対しては大学が1件あたり50万円程度を上限に、資金も援助する予定だ。
 正課と課外活動を組み合わせたプログラムで学生に学びと実践の往還を促し、成長を最大化する。その成果は、学生のどんな特性を伸ばしているか、起業する学生や卒業生の数や起業の内容、継続状況などで評価し、データによってプログラムの妥当性を検証しながらさらに進化させていく考えだ。

●プログラムを担当するセンター組織を新設

 京都産業大学を特色づける新たなプログラムをけん引すべく、2023年度にはイノベーションセンター組織を開設し、専任職員を置くことが決まっている。プログラムの企画・運営、起業家をはじめとする学外との交渉、外部資金の獲得などを担当。同大学が常設の組織を新設するのは近年では例がないと言い、この取り組みへの意気込みがうかがえる。
 Society 5.0を担う社会人のリカレント教育への貢献として、正課の科目はいずれ学外に開放する予定だ。奥村課長は「このプログラムをコアにして『むすんで、うみだす。』という大学像を実践する取り組みをさらに発展させたい」と話す。
 「大学に求められているのは『何を教えたか』ではなく、『何ができるようになったか』を学生自身が認識できる学修者本位の教育への転換だ。柱となるのはあくまでも各学部の専門教育で、アントレプレナー育成プログラムは、そこで獲得した知識を社会実装するための副専攻的な位置付けにする。学生には『自分の専門性を生かして社会に新しい価値を生み出せる』という実感を持って成長してほしい。このプログラムは本学にとって、学修者本位の教育への転換の具体的な形であり、さらなる展開の出発点でもある」