卒業生調査で可視化した教育力を広報に活用-近畿大学・久留米工業大学
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2022.0221
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3行でわかるこの記事のポイント
●他大学の調査との比較も交え、卒業生の強みを明らかに
●職場での活躍につながる協働力や粘り強さを採用担当者にアピール
●4年間での主体性の伸びを高校教員にアピール
教学マネジメントの一環で卒業生調査を実施する大学が増えている。大学の教育力を可視化したデータは教学改善での活用はもちろん、エビデンスに基づく有効な広報コンテンツにもなり得る。卒業生調査で明らかになった教育力を企業、高校教員にアピールしている2大学の事例を紹介する。
近畿大学は2020年度、卒業生と就職先企業を対象に実施した調査で明らかになった卒業生の強みや特徴をアピールする企業向けパンフレットを制作した。タイトルは、大学の名前を広く知らしめたクロマグロの養殖技術をもじって「養"職"にも自信あります」。「近大人材魅力図鑑」のページでは、調査データをもとに「人の意見も自分の主張も大切にしてチームを一つに」「粘り強く努力する」といった「他大学の卒業生と比べた強み」を、職場のさまざまな場面を描いたイラスト入りで紹介している。
大学の魅力をまとめたこのパンフレットは、協力へのお礼を兼ねて企業等に配付した。
調査は全学のディプロマ・ポリシー(DP)の達成度を検証して教学改善に生かし、内部質保証のエビデンスとして使うことが目的。2015~2017年度の全卒業生、計1万7000人を対象に2020年8~10月に実施し、大学に登録されている自宅住所宛に文書を郵送。QRコードからウェブ上の調査ページに入り回答してもらった。過去5年間で卒業生を2人以上採用している企業にも協力を依頼した。
全学のディプロマ・ポリシーは「大学での種々の学びを通じて、『人に愛され、信頼され、尊敬される』人格へと自らを成長させ続ける自己教育力を培っていること」など4項目で構成されている。調査を教学改善につなげるには、これらDPでめざすものがどのような学びや活動によって修得されているかも明らかにする必要があると考えた。
初年度はまず、卒業生の自己評価による強み、他大学の卒業生との比較による相対的な強みを明らかにし、それらとDPとの関係を分析することから始めることにした。
社会で活躍するために必要な能力・資質として、入試改革でも重視されている「思考力・判断力」「表現力」「協働性」「主体性」「多様性」をそれぞれ具体的な力に分解。例えば、「思考力・判断力」については「現状を分析し、問題点や課題を発見する」など3項目を設定。計19項目について、どの程度身に付いたか4段階で自己評価してもらうことにした。
他大学の卒業生と比べた相対的な修得度を明らかにするため、①職場の同期との比較、②企業による評価、③全国データ(全国の大卒者)との比較-という3種類のデータで重層的に分析した。①では「職場の同期入社の人と比べて特に優れている/劣っていると思う力」を19項目の中から5つまで挙げてもらった。②は企業調査で質問。③は協力会社が保有する他大学の調査データを活用し、自己評価の結果を比較した。
その結果、近畿大学の卒業生の強みは「他者と協働する力」「粘り強さ」であることが判明し、企業向けパンフレットで紹介した。一方、向上の余地がある「課題解決力」もDPの一角を担うと捉え、教学改善に生かすことに。
卒業生調査のパンフレットを手にした企業の採用担当者からは「読みやすくて面白い」「卒業生の強みと教育の関係がわかって興味深い」といった声が寄せられた。大学の担当者は「インパクトは出せたが、良くも悪くも『近大らしい』という印象にとどまった感がある。今後はもっと卒業生のアカデミックな面もアピールし、企業から新たな関心を引き出したい」と話す。
近畿大学は継続的に卒業生調査を実施し、経年比較もしたい考えだ。2021年度には2018~2020年度の卒業生、計2万2000人を対象に2回目を実施。基本的に初年度の設問を踏襲し、一部を深掘り、または削除した。企業への発信も続ける意向だが、コロナ禍で企業訪問の機会が減っているため、今回は紙媒体からウェブサイトへの掲載に切り替え、制作を進めている。
久留⽶⼯業⼤学は4年生対象の卒業時調査の結果を高校向けの広報に活用した。2021年1月、高校教員専用の進路指導支援サイト「Benesse High School Online」に教学改革に関する広告記事を掲載。
記事では、自学の4年生は他大学の同学年と比べ、汎用的能力の中でも「主体性」の修得度が高く、その要因として地域と連携した課題解決型授業などがあることを説明。入学時には「他の人の役に立っている自信がない」学生が、「働くことの意義や⾃分の適性について考える授業」「課題解決を通して得られる達成感」を通して主体性と自信を獲得し、社会に巣立っていることを紹介している。
高校教員のアンケートでは、記事について「大学名しか知らなかったが、特色ある学びがあることがわかった/生徒に薦めたいと思った」といった評価が寄せられた。
記事のもとになった調査は2020年10月、1年生約400人と4年生約320人を対象に実施された。広報委員長と教務委員長が中心になり、協力会社と連携して企画。教育力を可視化し、それを学生募集広報に活用すること、および教育改善のヒントを得ることが目的だった。同大学の教職員は従来、地域連携による課題解決型授業を通して学生がめざましく成長することを体感的に捉えていたが、それを裏付けるエビデンスはなかった。そこで、4年間の教育を通した成長度を把握する調査を行うことに。
背景には、高校に対するブランディング活動の一環として2019年に実施した高校教員調査での予想外の結果があった。それまで、自学の最大の問題は知名度がないことだと捉えていた。しかし、実際には知名度は他の大学と比べて大きな差はなく、一方で教育内容が高校教員に十分理解されておらず、その結果、生徒に推奨されないことが問題だとわかったのだ。「大学のブランディングを進めるうえで教育力の可視化は必須」と考え、卒業時調査の実施を決めた。
1年生と4年生の汎用的能力の修得度を比較し、修得に寄与している教育環境を明らかにするための設問を練り上げ、ウェブで調査を実施。
その結果、1年生は「⾃分がほかの⼈の役に⽴っている⾃信がない」という傾向が強いことが浮き彫りになった。
4年生の調査では「論理力」「表現力」「チームワーク力」「主体性」「多様性・理解力」という5つの汎用的能力のうち、他大学と比べ修得度が最も高いのは「主体性」だった。1年生との差も大きく、大学教育によって修得されたと推定される。さらに、修得に寄与した教育環境は「働くことの意義を考える」「⾃分の適性や将来への関心がわかる」「課題解決を通して得られる達成感」などであることもわかった。他大学に比べて実感度が高い項目として挙がった「実社会との接点がある」にも着目。
これらの結果は教職員の体感と自負を裏付けるものであり、初年次教育科目や就業力育成科目の効果が表れていると受け止められた。⾃分の適性を理解し、技術を通じた社会貢献を考えることで⾃分に必要な学びに気づき、主体的に動くよう促す。⾼学年では、地元企業と協働して社会課題の解決に取り組む地域連携科⽬を設け、ディベートやディスカッションを経験させる。卒業時調査の結果から、こうした教育が学生の主体性を育て、自信につながっていると分析された。
入試課は高校教員向けの記事を出力して高校訪問で紹介するなど、学生募集で積極的に活用。2021年10月から12月にかけてあらためて実施した高校教員調査では、2年前に比べ、教育内容についての認知度や推奨度が明らかに向上した。
2020年度に「地域課題解決型AI教育プログラム」を導入し、文部科学省の「MDASH Literacy+(プラス)」に選定されるなど、同大学の地域密着型の教育は進化を続けている。今後も特色あるプログラムの開発・運営に力を入れ、教育力を強みにした学生募集につなげたい考えだ。
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