次善の策としてのオンライン留学でわかった可能性と限界-武蔵野大学
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2021.0714
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3行でわかるこの記事のポイント
●コロナ禍で全員留学の渡航を中止、「気持ちの切り替え」を促す事前学習も
●大学教員以外と交流する場も提供
●英語力が伸びる一方、汎用的能力は渡航した先輩との間に差
武蔵野大学のグローバル学部グローバルコミュニケーション学科(東京都江東区の有明キャンパス)は2020年度、新型コロナウィルス感染拡大を受け、最大の特色である全員留学をとりやめ、オンライン留学に切り替えた。実施を1年近く延期し、5カ月のプログラムを1カ月に短縮する一方、キャリア支援の観点から事前学習と事後研修に力を入れた。成果検証の結果、オンラインの強みと限界が見えてきたという。「次善の策」と位置付けたオンライン留学の背景と内容、成果について古家聡学科長に聞いた。
武蔵野大学のグローバル学部グローバルコミュニケーション学科の前身となるグローバル・コミュニケーション学部グローバル・コミュニケーション学科は文学部英語・英米文学科の改組により、2011年に設置された。2016年の改組を経て「英語・中国語・日本語を駆使してグローバル社会で活躍するトライリンガル人材の育成」を掲げている。入学定員は165人。高度な英語力の修得を目的に、2018年度の入学生から2年次の留学を必修化した。1年次3月から2年次8月までの5カ月間、アメリカの大学を中心とする提携先10校に派遣する。
全員留学を提案した古家聡学科長は「英語力にとどまらず、異文化体験を通して適応力や柔軟性を身に付け、人間的成長を遂げてもらうことがねらい」と説明する。その成長をキャリア形成につなげるべく「留学+キャリア」を軸にしたプログラムを設計、事前学習と事後研修にも力を入れる。
1年次は留学に必要な英語力を鍛えるかたわら事前学習で留学の目標を設定し、行動計画を立てる。留学先の地域・文化について理解を深め、チームビルディングなどに取り組む。留学先ではホームステイをしながら、全米最大の英語教育機関「ELS」が開講するアカデミック英語の授業を受講。帰国後の事後研修では、自分のキャリア形成にどう生かすかという観点で留学体験を振り返る。現地企業の調査とプレゼンテーションなども行って3年次からの専門的学びと就職活動につなげる。留学前後には「GTEC」とアセスメントツール「GPS -Academic」(以下、GPS)で英語力や汎用的能力の伸びを測定し、留学の成果を検証する。
全員留学1期生となる2019年度の2年次は同年3月に渡航。5カ月間の留学は期待以上の成果を上げた。留学前と比べてGTECのスコアが大きく伸び、TOEICに換算すると平均100点のアップとなった。
一方、GPSでもスコア50%を超える上位層の学生の数が2倍以上に増えるなど、全体的な成長が著しかった。留学中の英語によるクリティカルシンキングやディスカッションのトレーニングが「批判的思考力」「協働的思考力」を向上させたと考えられる。
教員の肌感覚でも学生の成長が確認された。2年次後期のゼミでの考察の深さ、調査やプレゼンテーションに対する積極的な姿勢は前年度までの学生と明らかに違うと、各クラスの担当教員が報告し合ったという。
全員留学1期生の予想以上の成果に、2期生となる2020年度の2年次の派遣にも期待が高まった。先輩同様、1年次は事前学習に取り組み、年が明けてビザの取得など渡航準備がほぼ整ったところをコロナ禍が直撃。2020年3月の派遣を断念し、1年延期することに。
しかし、その後もコロナ禍は収束に向かわなかった。古家学科長らはぎりぎりのタイミングまで派遣の可能性を探ったが、2020年10月に中止を決定。そこに至るまでの経緯や、春休みに1カ月間、ELSカナダのプログラム受講によるオンライン留学を実施することについて、西本照真学長と古家学科長が学生に説明した。
オンライン留学においてもキャリア形成重視の方針を堅持し、事前学習と事後研修を設計。事前学習では、渡航からオンラインへと気持ちの切り替えを支援する「学びのリデザイン」をテーマにした授業を設けた。
「全員留学があるからこの学科を選んでくれたのに、期待に胸を膨らませながらスーツケースに荷物を詰め終わったところで延期になり、結局、中止を宣告された。学生の落胆や憤りは察して余りあるし、事務的な切り替えでは学ぶモチベーションを損ないかねない」。古家学科長はそう話す。「留学に限らずほとんどの授業がオンラインになってストレスが高まる中、ネガティブな感情を全部吐き出してリセットする必要があった」。
学生には、留学を通して成し遂げたかったことを再確認してオンライン留学の目標を再設定し、どのような姿勢で臨むか考えてもらった。
「Afterコロナ時代のグローバル人材とは」と題する講義では、アメリカ駐在の日系メーカー人事部長をゲストスピーカーに招くなど、「留学+キャリア」という学科のコンセプトの実現をめざした。
オンライン留学実施の2月まで毎月、情報提供やプレースメントテストを実施し、気持ちの切り替えとモチベーション向上を促した。
オンライン留学ではELSカナダと学生の自宅をリアルタイムで結び、1日5コマ、 合計100時間の授業を実施して4単位を認定した。
渡航していればホームステイやさまざまなアクティビティを通して出会ったであろう大学教員以外の人との交流の機会として、ホスピタリティ産業で働く人やホッケー選手を授業に招き、ブレークアウトルームでインタビューするプログラムなども盛り込んだ。
さらに、「経験のリフレクション」「グローバル社会と自己理解」「今後の学びへ」といったテーマで構成する事後研修を通して、オンライン留学で学んだことを基にその後のキャリアについて考えさせた。
オンライン留学後のアンケートでは90%以上がプログラムについて「充実していた」と回答。GTECのスコアは最大24点、平均で13.6点アップした。特にリスニングとスピーキングの伸びが大きかった。
4技能それぞれの成長実感を1期生と比べると、リスニングとスピーキングで「とても伸びた」という自己評価が1期生より少ない一方、「まあ伸びた」の割合は上回り、合計で1期生に迫る割合になった。
一方、GPSはおおむねどの項目でも1期生ほどの伸びが見られなかった。
古家学科長は「英語力はオンラインでも一定の力がつくことがわかった。『授業で積極的に発言した』が『とてもあてはまる』の割合は2期生が大きく上回るなど、オンライン授業の方が授業参加に対する積極性が高まることが読み取れる。一方で、GPSで測定するプレゼンテーションスキルやクリティカルシンキングなどの汎用的能力は、2期生は1期生に比べて低かった。これらの力の修得には、現地でのリアルな体験が大きく寄与するということだろう」と説明する。
教員が学生と直接話す中では「(カナダとの時差があるため)朝8時から昼過ぎまでのタイトな時間割が体力的にきつかった」「発言時のミュート解除など、対面のコミュニケーションと異なるタイムラグにストレスを感じた」といった声も聞かれたという。
古家学科長は「留学とは文字通り現地で学ぶことであり、私自身は『オンライン留学』というものはあり得ないと考えている。あくまでも渡航ができない状況下での次善の策として、オンラインプログラムはないよりはあった方がいいし、英語力向上には一定の効果が認められるということだ」と話す。
2021年度入試はコロナ禍の影響を強く受け、国際関係学系統や語学系統の学部の志願者が激減。その中でも武蔵野大学グローバルコミュニケーション学科の志願者数は対前年指数89で、相対的に見ると堅調だった。今年度も多くの学生が留学に期待を抱いて入学し、来年3月の渡航をめざして事前学習に取り組んでいる。
その多くが留学を経験しないまま卒業していくであろう現3年生に対し、古家学科長はこんなメッセージを送る。「われわれは困難に直面した時にそれをどう乗り越えるかで真価を試される。思い通りに運ばない状況にあっても投げやりにならず、前向きに取り組んだ学生はこの先の人生でどんな困難に直面しても、自分なりの創意工夫で乗り越える手段を見つけるだろう。社会はそんな人を求め、評価する。自信を持って歩んでほしい」。
オンライン留学、および事前学習と事後研修を通してこのメッセージが届いたことが、学生アンケートのコメントから読み取れる。「こんな状況だからこそできることもあるんだなとポジティブな気持ちになれた」「自分のやるべきことがわかった。留学はできなかったが、どこにいても知識を求める気持ちを持って、目標のために頑張りたい」「嫌なことでもチャレンジしないといけないと気付き、今の自分を変えていこうと思った」。
オンラインでできることとリアルでなければ難しいことを大学が見定め、学生の柔軟性をあらためて認識する機会にもなったコロナ禍の経験は、武蔵野大学の「全員留学」をさらに磨き上げることになりそうだ。