女子大初の工学部新設でリベラルアーツ型研究大学をめざす奈良女子大学
ニュース
2021.0413
ニュース
3行でわかるこの記事のポイント
●工学×リベラルアーツでエンジニアの世界に多様な感性を
●学年進行の縛りがないカリキュラムで「学部修了までに専門分野を選択」
●地域のリソースを活用して多様な選択肢を提供
奈良女子大学は2022年度、工学部を新設する予定だ。同大学にとって戦後初の学部新設であると同時に、私立も含め女子大では初の工学部設置となる。自分で専門分野や研究テーマを選ぶ力をつけることを重視し、工学の基礎とリベラルアーツの教育に力を入れる。幅広い教養に裏付けられた発想力でイノベーションを起こす女性リーダーを育成し、女子大の真価を発揮したいと意気込む。
奈良女子大学は文、理、生活環境の3学部を擁し、入学定員は合わせて475人。国立大学の一法人複数大学制度を活用して奈良教育大学と法人統合し、2022年4月には「国立大学法人奈良国立大学機構」を設立する予定だ。将来は奈良先端科学技術大学院大学、奈良工業高等専門学校をはじめとする国立機関と連携し、リソースを共有する「奈良カレッジズ」構築の構想もある。
2022年度に新設する工学部には工学科を置き、入学定員は45人。「人間情報分野」と「環境デザイン分野」の2つの専門分野を設ける。人間情報分野では生体医工学系(生体情報計測、福祉工学等)と情報系(プログラミング、センシング等)、環境デザイン分野では環境デザイン系(環境、建築、造形デザイン等)と材料系(有機、無機、物理化学・高分子等)を学ぶことができる。
約20人の専任教員は、生活環境学部で専門分野が工学に近い教員を中心に一部、理学部からも異動して構成。入学定員もこの2学部から移す。教養科目の教員はキャリア教育の専門家や製造系の起業者など、外部の人材も多く加えた。
今なぜ、女子大に工学部なのか。「工学部進学者のうち主要大学では女子はわずか1割台というデータがあり、産業界でも女性エンジニアはまだ少数派。ジェンダーギャップは明白だ。多品種少量生産を特色とするSociety5.0時代を支えるこれからのモノづくりには多様な感性が不可欠で、そこに工学を学んだ女性を送り出すことには大きな意義がある。われわれがその役割を担い、イノベーションを起こす女性リーダーを育成したい」。工学部新設を主導する小路田泰直副学長はそう説明する。
「同性の仲間が少ないところへの進学には躊躇するが、全員女子という環境なら飛び込んでみたいという高校生もいるはず。女子大不要論が聞かれる中、だからこそ女子に対する受け皿が実質的には十分に整っていない工学部のような学部を女子大につくることで、新たな存在意義を打ち出す」(小路田副学長)。
名称こそオーソドックスな「工学部工学科」だが、その中身は斬新なコンセプトで設計されている。近年、大学の工学部では専門縦割りの弊害を排して分野横断型の教育を掲げる学科大括り化の動きが広がっている。奈良女子大学はさらに踏み込み、「リベラルアーツ型の工学部」を構想。工学全般について基礎的な理解を深めつつ、人文、社会、芸術など幅広い教養科目を学ぶ。リベラルアーツ重視の目的は「自分で考え、選ぶ力」の修得だ。自分の専門分野や研究テーマ、そこに到達するまでの履修科目を主体的に選ぶ力をつけさせたいという。
小路田副学長は「近年の工学では『どう作るか』以上に『何を作るか』が重視される。歴史や文学を通じて多様な価値観や生き方に触れることが『今、何が求められているか』を俯瞰的に考える基礎になる」と説明する。
工学全般の知識を広く学ぶ基幹科目は低学年で必修化し、確実に基礎固めをする。次のステップとなる専門科目には学年進行の縛りはなく、興味・関心に基づいて自由に選択できる。「偏食」や「つまみ食い」にならないよう、教員はラーニングポートフォリオで履修状況を確認しながら助言する。あくまでも学生が自分で決めるよう促す役割に徹するため、トレーナーとしてのスキル修得のFDに力を入れる考えだ。
工学部では、幅広く学んだうえで自分の専門分野を決める「Late Specialization」の考え方を採用。「大学院進学を推奨するので、専門は学部修了までに決めればいいと指導する。特定の専門を持たず、工学全般に精通したモノづくりのコーディネーターをめざすことも選択肢になるだろう」(小路田副学長)。
社会課題について、分野横断的な知見による解決策を実践的に探るPBL科目は、複数分野の教員が共同で指導する。必修の「エンジニアリング演習」「価値創造体験演習」をはじめ、さまざまなテーマで開講して知識を活用する力を身に付けてもらう。
高校で文系を選択した生徒も積極的に受け入れるため、数学Ⅲや物理の未履修者向けの科目を開講。附属中等教育学校での教育経験が豊富な教員が担当し、習熟度に応じた内容をオンデマンド方式で学べるようにする。
工学部の完成年度に合わせて大学院を設置し、そこを起点に研究大学への転換を目指すという。「研究大学の実質は、学生も研究者であること。日本の大学では学生は単なる学習者で、研究に関わる場合も教員の助手的な役割にとどまることが多い。その意味で日本には真の研究大学はまだ存在せず、本学がそのパイオニアになりたい」(小路田副学長)。
学生が自分で研究テーマを決めてこそ研究大学と呼べるのであり、教員がテーマを与えたり押し付けたりしてはいけない、と強調。そのためには自分で考え、選ぶ力を修得させることに加え、多様な選択肢を提供することが重要だと指摘する。学生が望めば工学部の教員の専門外の分野でも指導できるよう、奈良先端科学技術大学院大学や関西文化学術研究都市に集積する企業の研究所などと連携し、地元のリソースを最大限に活用する地域連合型の大学院も構想している。
入学定員45人のうち15人は、大学入学共通テストを課さない総合型選抜の枠にする。高校では文系を選択していてもモノづくりに対する意欲が高ければ積極的に受け入れる方針で、志望理由書や研究計画書でやる気と適性を見極める。一方、一般選抜の後期日程では数学のみを課して理系の学力を評価。多様な学生が混じり、触発し合う学びの環境づくりをめざす。
入学時、場合によっては学部卒業まで専門分野を決めないことについて、設置審査では繰り返し懸念を示された。
しかし、附属中等教育学校から移籍して工学部の専任教員に就任する長谷圭城教授は「カリキュラムの特色さえしっかり伝えれば、志望校として検討する高校生は多いはず」と期待する。全国の女子高校生3000人を対象に実施したアンケート調査や高校生へのインタビューで、「電気や機械のことはよくわからないし入学前に工学の専門分野を選ぶのは難しそうだけど、複数の分野を学んだ後で選択できる学部なら興味がある」「工学を通じて社会貢献したい」と考える生徒が一定程度いることを確認できたからだ。
一方で、高校教員や保護者が学生募集の壁になることを想定し、全国を視野に入れた高校訪問や説明会で丁寧に説明し、理解を深めてもらう考えだ。
戦後70年間、3学部体制を維持してきた同大学にとって工学部の新設は歴史的な大事業で、学内では激しい抵抗もあったという。小路田副学長は「国立大学として存続するためには研究大学への転換、そのための分野と規模の拡大が不可欠であり、今やらなければ先がないと、繰り返し説いてきた」と振り返る。そうした中でも専任教員内定者の間では新しい教育の理想が共有され、足並みが乱れることはなかったという。「生活環境学部から移る教員は、今の理論中心の専門性にモノづくりという実践的な指導を加えられるよう、自己研鑽に余念がない」。
目下、文科省から地方国立大学に提起されている定員増には慎重な姿勢だが、小路田副学長は将来的な規模拡大は既定路線だと明言。「アメリカのカレッジ型総合大学をモデルに、学びたい人がいつでもアクセスできる新しい学びの場をつくりたい。そのためにも大学院まで揃った教育にシフトして多様な選択肢を提供できる体制を早く整え、オンライン教育なども強化していく」。