2022.0905

女子学生比率の目標値達成めざし広報・入試の施策を展開-芝浦工業大学

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3行でわかるこの記事のポイント

●長期ビジョンで掲げる課題「ダイバーシティ推進」の下、取り組みを本格化
●女子対象の公募推薦による入学者と一般選抜の成績優秀者に奨学金を支給
●探究学習で女子校と連携し、総合型選抜につなげる構想も

理工系、とりわけ工学分野に女性の人材を増やすことが国を挙げての重要課題となっている。18歳人口減少という環境も重なり、大学の工学部における女子学生獲得の動きが活発化する中、芝浦工業大学も取り組みを本格化させている。ジェンダーギャップによる自学の競争力、ひいては日本の国際競争力の低下に危機感を抱き、「2027年の女子学生比率30%」をめざす。その活動は「工学は男子の分野」と捉える保護者、社会の意識を突き崩していく挑戦の第一歩でもある。

*参考記事
学長の指揮と教職協働で改革総合支援事業の成果を最大化―芝浦工業大学(Between情報サイト)


●「教育も研究もダイバーシティの中でこそイノベーションが生まれる」

 芝浦工業大学(東京都江東区)は工、システム理工、デザイン工、建築の4学部からなり、約9000人の学生がいる。
 長期ビジョン「Centennial SIT Action」では「世界に学び、世界に貢献するグローバル理工学人材の育成」というスローガンの下、創設100周年となる2027年に「アジア工科系大学のトップ10に入る」という目標を掲げる。その実現のために取り組む5つの課題それぞれにKPI(数値目標)を設定し、行程を管理。課題の一つが「ダイバーシティ推進先進校」だ。「教育も研究もダイバーシティの中でこそイノベーションが生まれる」という考えの下、国籍、ジェンダー、年齢などの多様性確保に努めている。

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 2014年に「スーパーグローバル大学等創成支援事業(SGU)」に選定されて以来、留学生の受け入れや外国人教員の採用を推進。近年は学生の男女比の是正に力を入れている。「Centennial SIT Action」では 「2027年に女子学生比率30%」という目標を掲げ、そこにも寄与するものとして女性教員比率も30%をめざす。
 アドミッションセンター長の新井剛教授(工学部)は「日本の工業大学で女子30%は極めて高いハードルで達成は困難かもしれないが、向かうべき目標がなければ一歩も踏み出せない」と説明する。

●「女子が工学なんて」という意識が生み出すジェンダーギャップ

 2021年度の全国の大学入学者のうち、工学分野における女子の割合は15.2%(内閣府調査)。OECD加盟国の高等教育機関全体を対象とした調査では、2019年の工学分野の入学者に占める女子の割合は全体平均26%に対し、日本は16%で最下位だった。
 2022年度、芝浦工業大学の学部生に占める女子の割合は19.1%。年々、上昇しているが、グローバルスタンダードには遠い。比較的女子が多い建築学部が33.5%、デザイン工学部が32.2%に達する一方、工学部は電気工学科7.4%、機械工学科8.7%という状況だ。鈴見健夫理事長、山田純学長らトップは強い危機感を抱いている。  

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 「高度経済成長をけん引した重厚長大産業は男性だけで担うこともできたが、もはやそれが無理なのは明らか。例えば、日本人の多くが海外製のスマホを使っていることが、女性の感性を欠いた日本のものづくりの限界と国際競争力の低下を端的に物語っている」と新井センター長。
 「小学校低学年までは算数や理科が好き、得意という女子も多いが、高学年から中学、高校と進むにつれて理系離れが起きる。わが子に『女の子が理系に進んでどうするの?』『男性から敬遠されるし就職もできないよ』と言う保護者の影響力はすさまじく、これがそのまま日本社会の意識として理系、とりわけ工学分野におけるジェンダーギャップを生んでいる」「高校教員も、理系の女子に示す選択肢はまず医学部で次が薬学部、それから理学部と続き、工学部は『女子にはちょっと...』で終わってしまう」。
 さまざまな場で聞いてきたというエピソードを交えて話す新井センター長の口調に悔しさがにじみ出るのは、自身の経験とのギャップが大きいからだ。自身も芝浦工業大学の卒業生で、材料工学科の前身の学科で同期約100人中、2人だけだった女子は「どちらも超優秀だった」という。教員として関わってきた女子学生も「ほぼ例外なく優秀で、実に生き生きと学ぶ」と話す。「就職できなかった例など聞いたこともなく、男子がうらやむようなトップメーカーや国の研究機関などに行く。これほどの可能性を秘めた人たちを工学から遠ざけようとする日本社会は、一体どうなっているんだと思う」。

●女子高校生向けサイト開設に続き学生広報アンバサダーが発足

 芝浦工業大学は「女子に来てほしい」という思いを行動に移し、保護者、社会の意識を少しでも変えていこうと、さまざまな施策を展開している。
 保護者も一緒に工学の面白さに触れてもらおうと、2021年12月、小学3年生以上の女子を対象に土木工学の実験講座を開催した。
 2022年4月に開設した女子高校生向けサイト「シバウラSWiTCH」は大学の公式サイトとは大きく異なるテイストだ。女子学生による「シバウラの施設の良さやお気に入りの場所」「シバウラはどんな高校生におすすめ?」といったトーク集、企業の採用担当者が語る「女性技術者への期待」など、精力的に発信している。

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  7月 には女子高校生と保護者を対象に「女子高生の知らない工業大学の世界」と題するシンポジウムを開催。女性教員が社会貢献に直結する学びについて語り、専門分野が異なる 8 人の女子学生が、女子校の校長との座談会で「なぜ工学部を選んだのか」「どんな職業をめざして何を学んでいるか」を語った。 
 工業大学進学に対する疑問や不安を解消してもらおうと、女子学生が相談に乗る予約制の座談会も開いた。   
 学生の視点を取り入れた広報の強化を目的に2022 年 7 月に発足した「学生広報アンバサダー」も、女子学生の比率向上を課題の一つと位置付けて活動する。マーケティングアナリストの原田曜平教授の指導の下、Z世代とその保護者世代に向けた広報戦略を探るプロジェクトから派生した学生グループが、SNSなどのウェブメディアを通して理工系分野の学び、研究の魅力を伝える。

●一部学科で始めた女子向け公募推薦を段階的に拡大 

 女子学生の獲得に向け、入試でも新たな施策を投じてきた。
 2018年度入試から女子向けの推薦入試制度を設け、2022年度入試からは成績優秀な女子に入学金相当の28万円を支給する奨学金制度を全学で導入した。
 当初、特に女子が少ない工学部の機械・電気系4学科でスタートした公募制推薦入学者選抜(女子)を、2022年度入試で工学部全9学科に拡大、2023年度入試で全学に広げた。これに加え、女子向け公募推薦による入学者(約30人)、および一般選抜の成績上位の女子入学者(約100人)に奨学金を給付。この全学的な施策は2024年度入試まで3年間続け、効果を見たうえで次の一手を考える。
 女子に限定した募集枠や奨学金という新たな手法 に踏み込むことには、学内で「逆差別ではないか」との反対論もあったという。しかし、「18歳人口が減少する中で男女比の偏りを放置していたら、日本の国際競争力がますます低下してしまう」というトップの危機感を、学長補佐を兼務する新井センター長らが代弁しながら粘り強く説得した。
 「奨学金に劇的な効果があると考えているわけではなく、暗中模索という面もある。それでも『優秀な女子に振り向いてほしい』というわれわれの熱いメッセージを具体的な形に込めてまずは始めてみた」。

●改組による新たな学びの仕組みも女子による積極的な活用を予想 

 高校での探究活動の活発化を好機と捉え、従来以上に積極的に高大連携を働きかけていく考えだ。女子校の連携校拡大には特に力を入れる。2022年度の夏休み、複数の女子校を対象にサマーインターンシップを開催。1週間ほど研究室で受け入れ、研究の一端に触れてもらった。今後はこれを高校の探究学習の支援に発展させ、総合型選抜につなげる構想がある。学部ごとに具体的な選抜方法を検討中だ。 「インターンシップ参加者から届いた感想に教職員が励まされ、こういう意欲ある生徒を見いだしていきたいとの思いを新たにしている」(新井センター長)。
 2024年度に予定する工学部の改組も、より女子にアピールできそうだと新井センター長は予想する。学科を廃止して課程制を導入、専攻する課程のほかに副コースを履修できるようにし、その積極的な履修を促す仕組みも講じる。「一般的に男子学生は一つの専門分野を掘り下げようとする傾向があるのに対し、女子はいろいろな分野に好奇心を示し、それを満たすための行動力もある。女子の方が改組後の新しい仕組みをどんどん活用するのではないか」。
 工学部の改組の先には、文系分野も取り込んだ「分野融合」を実践する全学的な改組を見据える。「『ものづくりからことづくりへ』がキーワードになりそう。従来のガチガチの工学から脱却し、GAFA (Google、Apple、Facebook<現・Meta>、Amazon)のように新しい概念、価値を創出できる工学への転換を図る」(新井センター長)。

●「リケジョという言葉が使われない時代」を思い描く

 大阪大学による女子対象の奨学金創設や名古屋大学による女子枠の新設など、理系、工学分野での女子獲得の動きは国立大学でも活発化している。奈良女子大学の工学部設置に続き、お茶の水女子大学も2024年度の共創工学部(仮称)設置を構想中だ。
 新井センター長は「社会の意識を変え、受験生を動かしていくうえで影響力のある国立大学のこうした動きは大歓迎」と話す。「本学の女子比率を30%にすることがわれわれのゴールではない。その先で工学教育をどう進化させ、日本社会をリードしつつ国際貢献を果たすかを考えながら種をまいていく。2027年の先、次の100年は、理系分野の女性を特別視する『リケジョ』という言葉が使われなくなり、男女半々で担うのが当たり前になった日本の工学の強みや課題を語れる、そんな時代になってほしい」。

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