2021.0610

大学DXを推進するための教職員研修をテーマにベネッセがセミナー

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3行でわかるこの記事のポイント

●技術によるビジネス変革だけでなく、業務改善もDXの重要なフェーズ
●大学DXを担う人材の育成を阻む「理解」「時間」「体制」の3つの障壁
●個別最適化と内容のアップデートが可能なeラーニングを導入する大学も

Society5.0、ポストコロナに対応した大学のDXを推進するうえで、教職員はどのようなプログラムでどんな力を修得すればいいのか。それを後押しするための組織のあり方とは? ベネッセコーポレーションは2月から3月にかけ、これからの大学教職員に必要なスキルについて解説し、職能開発に取り組んでいる事例を紹介するオンラインセミナーを開催し、反響を呼んだ。その要旨を報告する。


 ベネッセが開催したセミナーは「これからのDX時代に求められる大学教職員の職能開発を考える会」。大学のDXを担う人材を育成するための研修のあり方について、事例を交えて情報提供した。
セミナーの概要は以下の通り。 

●現在の研修について、3割超の教職員が「形骸化して効果が感じられない」

 セミナー開催に先立ち、参加を申し込んだ大学教職員に、自学の研修についてアンケートに答えてもらった。
 自学の職能開発支援に対する満足度は、満足と不満の「どちらでもない」という回答が52%で最も多いが、「不満」が「満足」を上回った。研修の実施形態は「学内での対面講義形式」が約40%。自身が年間で職能開発に費やす時間は「1~5時間程度」が34%で最も多く、次いで「ほとんどない」が21%。課題は「そもそも研修の機会が少ない」が45%で、「実施しているが、形骸化して効果が感じられない」も3割を超えた。

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●企業では働き方改革からDXをスタートする例も

 Society5.0社会の到来にコロナウイルス感染拡大が拍車をかける形で、デジタルを活用した新たなビジネスモデルが次々と生まれ、各業界に大きな変革をもたらしている。コロナ禍への対応として始まった大学のオンライン授業は、アフターコロナにおいてもある程度、継続すべき前向きなチャレンジだと総括する大学も多いのではないか。
 DXをテーマにした数多くの講座を手掛けている箕輪旭氏は、DXを6つの視点に分けて捉えることを提唱する。「DXを支えるテクノロジー」「人材・文化のDX」「IT基盤のDX」「業務オペレーションのDX」「顧客接点のDX」、そして「ビジネスモデルのDX」の6つだ。

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 ポイントは、DXとはテクノロジーを用いたビジネスモデルの変革だけを指すのではなく、業務プロセス改善につながる取り組みも重要なフェーズに位置付けられることだ。DXを技術として捉えてしまうと大学では推進されにくいが、まずは組織として人材・文化を変革することが重要だと理解すれば、取り組むべき価値が見えてくるだろう。
 「IT基盤のDX」はデータの活用によって意思決定のスピードと生産性の向上につながり、「業務オペレーションのDX」は業務効率化やコスト削減に直結する。「顧客接点のDX」は学生や保護者・地域の人々にとっての大学体験価値の向上につながる。

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 企業では働き方改革の具体的な施策としてDXのファーストステップを踏み出すケースが多く、三菱電機、三井住友、日本交通などは顧客のサービス活用満足度の向上と合わせて業務効率化やコスト削減も実現している。

●DXに投資する企業のパフォーマンスは取り組まない企業の3~4倍

 外資系のコンサルティングファーム・マッキンゼー社は2020年、「デジタル革命の本質」と題する緊急提言レポートを出した。それによると、日本ではコロナ禍以降のデジタルや非接触型のサービスの利用が他国より遅れている。その要因を経営者へのインタビューに基づいて分析した結果、シニアマネジメント層のDXに対する理解や姿勢など、組織の問題が最も大きいと結論づけている。日本企業のリーダーはICTを変革のイネーブラー(支え手)ではなく、コストとして捉えがちであるというのだ。大学についても同様のことが言えるのではないか。
 マッキンゼーによるDXの定義では、「人材」の面については「構成員全体のデジタルの理解度を高め、必要なデジタル人材の約半数を内製化すること」とされている。一方、「組織」の面では「全社的な機能横断チームでアジャイル(開発対象を小さな機能に分割し、1つの反復で1つの機能を開発する手法)に活動すること」となっている。
 このレポートによると、DXに成功する企業は投資全体の半分以上をデジタルへの投資にあて、パフォーマンスはDXが進んでいない企業の3~4倍に上る。コスト削減が25%以上、従業員の生産性は2.5倍に向上、売り上げは5~10%向上など、デジタルインパクトを合算するとパフォーマンスに大きな差がつくという。DXやデジタル化、さらにこれらにつながる職能開発や環境づくりを単なるコストと捉えず、大胆に推進していくことの重要性がわかる。
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●日本の教育現場のIT化は国際的に見て大きく遅れている

 さて、大学は多くの課題に直面している。Society5.0やグローバル化への対応のための教学改革、少子化への対応のための戦略的学生募集、コロナ禍の下での安心・安全の学習環境の構築、さらには遠隔授業が続く中でのキャンパスや立地以外の大学の魅力づくりといった課題を、DXを通じて解決していく必要がある。
 近年、注目を集めているミネルバ大学、Googleによる大学教育相当のオンラインコース開設などは、従来の大学教育の価値を破壊するものではないという見方もできる。しかし、これらテクノロジーの活用による教育DXの先には大学のサービスモデルの変革があり、既存の大学はそこでの競争に堪えうる魅力づくりを迫られている。
 しかし、日本の教育現場のIT化、中でも指導のためのデジタル技術の整備は遅れており、OECDの調査で45か国中32位というデータがある。また、アメリカではIT人材全体の1割以上が教育・学習支援といった公的部門に所属しているのに対し、日本では1%にも満たない。IT人材そのものが足りない中、IT産業以外での人材の育成や獲得が進んでいないのだ。

●基本的ビジネススキル習得を起点に組織全体の能力向上へ

 こうした状況にあっても、先進的にDXに取り組む大学がある。東北大学は電子決済化の推進で職員の7割は遠隔勤務が可能になった。早稲田大学では支払いの事務作業を自動化するソフトウェアロボット「RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)」の活用によって年間約4万時間の業務効率化を果たした。これらは先に示したDXの領域に当てはめると「業務オペレーションのDX」が中心で、他の領域を含め大学のDXにはまだ推進の余地があるはずだ。
 その土台になるのはプレゼンやOAスキル、コミュニケーションスキルや思考力といった基本的なビジネススキルであり、これらを起点にして組織全体の能力向上に努めることが大切だ。教職員が日々の業務に加えてこれらのスキルを習得できる文化・風土を醸成する必要がある。それを阻むのは、①意思決定者が最新のテクノロジーやDXについて理解していない、②教職員が日々の業務に追われて時間的余裕がない、③大学では部門ごとに独立していてそれぞれ特有のスキルが求められるため情報やノウハウの共有が難しい、といった「理解」「時間」「体制」の3つの障壁だ。

●長野県立大学はeラーニング導入で求めるスキルの変化に対応

 「理解」「時間」「体制」の障壁に立ち向かい、教職員の職能開発に動き出した大学を紹介する。
 長野県立大学はDX化を進めるべく、まずは教職員間の学びの波及に取り組んでいる。従来はハラスメント防止など、コンプライアンスに関する研修が中心だった。コロナ禍に対応してテレワークを導入したが積極的な実践とはならず、電子決済も導入に至らなかった。こうした経過をふまえ、自己点検委員会で議論されていた「教職員個々人の能力を伸ばす研修の充実」に取り組むことになった。
 DXにつながる研修を自前で行うにはリソースが足りず、一斉研修で個別最適化を実現するのは難しいため、eラーニングによる実施を決めた。同大学では、教職員に求めるスキルが大きく変わっているという。今後、テクノロジーを活用する業務が増えると、従来のように外部の業者に学内システム構築を発注し、職員は調整のみというわけにはいかないと考えている。できるだけ多くの教職員がAIやテクノロジーの知識を修得して業務改善を担ってほしいという。
 「近年はさまざまなツールがあるので、教職員がある程度の知識を修得すれば内製で大学独自のアプリを開発でき、従来に比べて圧倒的な低コストで済むようになる」と同大学の担当者は説明する。学生や卒業生のデータの分析など、全てを内製化できなくとも、外注先から受け取ったデータを活用するための知識を身に付けられるプログラムを研修に取り入れたいと考えた。
 こうしたニーズの下、同大学はオンライン学習プラットフォーム「Udemy」を導入。テクノロジー関連の講座はもちろん、ビジネスに必要な基礎スキルの講座まで幅広くそろっているため、部門ごとに必要な講座を設定できる。ビジネススキルやSNSを用いたマーケティング等は全教職員を対象とし、アナリティクスの講座は広報部門が受講するといった具合だ。
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 2020年11月にUdemyを導入し、半年後には学習成果をもとに業務改善の提案をしてもらったという。

●早稲田大学はデータサイエンス教育推進で職員のデータ分析能力が必要に

 早稲田大学もDXを推進するための職能開発に取り組んでいる。同大学では全学的なデータサイエンス教育プログラムを設け、2020年度は全学生約5万人のうち約8000人が受講。2021年度からは独自のデータサイエンス認定制度もスタートするため、受講者の規模が拡大する見込みだ。この教育改革を全学的に進めて成果を検証するためには、データ分析のスキルが職員にとっても不可欠になる。そこで、従来のマネジメントやアカウンティングに加え、データサイエンス分野の研修にも力を入れる方向だ。
 内製による研修コンテンツもあるが、時間や場所を選ばず、教職員が自分に必要な知識やスキルを選択して短期間で修得できること、実社会で求められる最先端の内容を学べることなどを考慮し、Udemyを活用している。

●DXとその実現に向けた職能開発が大学の魅力づくりにつながる

 今回のセミナーの事前アンケートでは、これからの職能開発でどの分野に力を入れるべきかも聞き、「ITを使いこなすリテラシーの修得」「戦略的な企画能力の向上」がそれぞれ70%前後に上った。これらはテクノロジーの進化に応じた変化が激しく、常にアップデートが必要な分野だ。
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 大学教職員の研修はこれまで、偏在的で階層的機会として設定されていた。これを不偏的・自律的なものにし、画一的で陳腐化が早い内容を個別最適化された最先端のものに変えていく必要がある。
 産業界では、現業に必要なスキルを磨き続ける一方で、プラスαのスキルを身に付ける「リスキル」という言葉が注目されつつある。大学の教職員についても、学び続けることに対する理解と意識を高めて環境を整備することが、将来的な大学の課題解決につながるはずだ。DXの実現に向けた職能開発は、教職員の学びを変えると同時に学生のための教学設計、さらにはリカレント教育の推進や留学プログラムの進化など、大学の魅力づくりにつながる可能性を秘めている。