オンライン授業での気づきを教学改革につなげる-桐蔭横浜大学
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2021.0209
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3行でわかるこの記事のポイント
●学生調査で「自律的な学び」という効果を確認
●32の全学共通科目を「オンデマンド講義+対面のアクティブラーニング」に
●インプットのみだった授業に「知識の活用」を組み込む
桐蔭横浜大学は、小規模校ならではのスピーディな意思決定や学生の反応に基づく見直しによって、コロナ禍の下でのオンライン授業をスムーズに進めてきた。満足度の向上や明らかになった課題をふまえ、今回の緊急対応を"ポストコロナ"の教育デザインへと発展させようとしている。
*桐蔭横浜大学におけるオンライン授業の実践をレポートしたサイトはこちら
桐蔭横浜大学には法、医用工学、スポーツ健康政策の3学部があり、学生数は約2300人。アクティブラーニングの第一人者として知られる溝上慎一氏が2019年度に学校法人桐蔭学園の理事長に就任。同氏が2020年度に桐蔭横浜大学の学長に就くと同時に、島根大学や関西大学でFDに取り組んだ森朋子氏が副学長として着任した。反転学習の研究者でもある森氏は、同年に新設された教育研究開発機構の初代機構長も兼務する。学修者本位の教育デザインの専門家2人を柱とする新たな教学体制は、コロナ禍によって早速その真価を問われることになった。
オンライン授業の実施に向けた同大学の動きは速かった。まず、溝上学長の提案で意思決定プロセスを変更。学部長等による企画検討会議ではなく、学長、副学長が加わる執行部会議で速やかに議論し、決定事項を学部に下ろすことに。政府による緊急事態宣言が現実味を増していた2020年3月下旬からほぼ毎日、3密を回避しながら対面による執行部会議を開いた。教育研究開発機構はオンライン授業に関する情報提供など、各学部の支援にあたった。
当初の予定を前倒しして4月3、4の両日に新入生のオリエンテーションを開いたのは、対面でコミュニケーションができるうちにLMSの使い方など、オンライン授業への導入をしておかないと大混乱を来すと考えたからだ。
緊急事態宣言が出た4月8日には、教育研究開発機構から教員に向けて「自分の授業で学生とのリアルタイムでのコミュニケーションが必要かどうか、まず検討を」と発信。その結論ごとに、選択肢となるオンライン授業の手法とツールをそれぞれのメリット、デメリットと合わせて提示。ゼミなど少人数授業向けの完全リアルタイム型、オンデマンドによる事前課題とリアルタイムでのディスカッションを組み合わせる混合型など、4パターンの中から選んでもらう方式にした。
こうした働きかけをリードしたのは、反転授業におけるオンデマンド型授業の運営に詳しい森副学長だ。教育研究開発機構は学内のどの授業でどの手法が採用されているかを把握、ツールの使い方等に関するQA集や解説動画を作り、各学部に配置したICT委員と連携して教員を支援した。この体制の下、オンライン授業の中でもアクティブラーニングが続けられた。同機構のスタッフは森機構長以下、専任と兼務を合わせて3人。同氏は「全学の教学を俯瞰しながら施策を考え、発信・展開する部門は本学のような小規模校にも必要だと、今回のことで実感した」と話す。
本来、90分×15回の授業を100分×13回に変更。オンライン授業を総括し、その後の改善につなげるために最後の授業で50分間の振り返りの時間も設けた。
同大学は、実態に即してオンライン授業を見直すために学生の声に耳を傾けることを重視。4月中旬と6月下旬の2回、全学生を対象にした「在宅中の生活・学習に関する一斉調査」でストレスや不安の程度、自律的に学べているか、個人を特定できる形できいた。
初回調査ではストレスを抱え、ケアを必要とする学生が一定程度いることを把握。担任が電話で状況を確認し、必要に応じて関係部署につないだ。入学後ほとんど登校できないままだった1年生への対応には特に気を配った。
一方、複数の学生に共通する困りごとには学部としての対応を協議。授業ごとに多くの課題が出て負担が大きいという声が出た学部では、教員が連携して課題の量を調整することにした。ストレスや不安を軽減するため、1日に最低1コマ、リアルタイムの授業を組み込みストレッチをさせるなど、さまざまな改善を加えた。
6月末の2回目の学生調査では4月に比べ、オンライン授業に対する満足度が総じて上がっていることを確認。この調査結果が森副学長はじめ教員に気づきをもたらし、カリキュラム改革の検討につながった。
ストレスや不安がおおむね軽減され、気になる学生はほぼゼロに。成績にかかわらず、学修に自律的に取り組めていると答える学生が増えるなど、「早く対面授業に戻さねば」というスタンスの教員側に再考を促す反応だった。一方で、教員とのコミュニケーションの少なさに不満を感じる学生が多いこともわかった。
森副学長は「オンデマンドだと理解度に応じて繰り返し視聴したり早送りしたりと、自分のペースで学べることに気づき、肯定的に受け止めるようになったのだろう。一方で、対面でなければ実現できない学びがあることも調査でわかった」と解説する。教員は「大教室での講義を聞くために学生が時間と労力をかけて登校する意味とは?」という疑問と向き合うことになった。
「一方で、オンデマンドでも大教室での講義と同様、一方通行になるので学生は集中力欠如や受け身の姿勢になりがち。結果、知識のインプットにとどまり知識を統合・活用する力は身につかないという問題もある」(森副学長)。
6月末の学生調査が発端となり、学生に確かな力をつけるためには授業をどう変えるべきかという議論が執行部会議でなされ、"ポストコロナ"の新たな学びのデザインにつながった。従来、講義のみで行われていた授業を、オンデマンドの講義と対面でのアクティブラーニングを組み合わせるブレンド型に変えることにした。自分のペースで学べるオンデマンド授業で知識をインプットし、それを活用してアウトプットする実践型の授業も加える。
対象はこれから新たに設置する全学共通教育の23科目。現在は講義のみで行われている授業を2022年度からブレンド型に切り替え、全13回の授業のうち9回をオンデマンド、残り4回は「アクティブラーニング・ターム」とし、社会課題に取り組むグループワークやプレゼンテーションを想定している。オンデマンド授業では毎回、理解度のチェックとフィードバックをすることで双方向性を確保する。
この改革のもう一つの注目点は、アクティブラーニングは学部の教員ではなく、ファシリテーションを得意とする別の教員が担当し、両者によるチームティーチングにすることだ。森副学長は「長年FDにかかわる中で、すべての教員がアクティブラーニングの指導ができるようになるべきという理想論に限界を感じるようになった。各教員が自分の得意な部分を引き受けて役割分担する方が、授業のクオリティが上がり学生のためになる」と話す。
2022年度からの本格実施に向け、2020年度後期は法学部の1科目2クラスでチームティーチングによるブレンド型授業を試行中だ。法学とSDG'sをかけ合わせて課題解決に取り組む内容で、アクティブラーニングは教育研究開発機構の教員が担当。ファシリテーション担当教員の増員が今後の課題になりそうだ。
森副学長は「コロナ禍の経験を通して教員の意識が大きく変わった」と振り返る。「学生のことを考えて連日、真剣に議論した濃密な時間が執行部の一体感を高めた。そして、オンライン授業に対する学生の反応の変化は『教室で相対することこそが教育だ』というわれわれの『常識』を揺さぶり、学生の成長のためにすべきことは何かという本質的な課題に向き合わせてくれた」。
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