探究学習評価型入試③ 評価基準の公表で高校教育を支援-桜美林大学
学生募集・高大接続
2021.0928
学生募集・高大接続
3行でわかるこの記事のポイント
●探究プログラムの提供、経験のアウトプット支援を経て新入試を導入
●社会との接続を見据えて選抜のあり方を見直し、高校教育の変化を促す
●各学群が教育接続の受け皿整備を進める一方、新学群の設置構想も
桜美林大学は2022年度入試の総合型選抜に「探究入試」(Spiral)を導入した。大学自ら高校生に探究プログラムを提供し、出願書類へのアウトプットを支援してきたオリジナルの高大接続シナリオに、新たに書き加えた施策だ。「探究」が教育を変え、社会を変えるという確信の下、高校との相互理解を深めながら「あるべき接続の形」の実現をめざす。
*この記事では、2020年度入試以前に実施していた「AO入試」も便宜上、「総合型選抜」で統一しています。
*探究学習評価型入試① レポートで意欲を測る一般選抜-産業能率大学
*探究学習評価型入試② 研究成果の発表経験を重視-工学院大学
*新課程入試を考える-「探究」で大切な「良い問い」の手本、大学が示そう
桜美林大学(東京都町田市)の「探究入試」(Spiral)(以下、「Spiral入試」)は初年度、リベラルアーツ学群(募集人員20人)、ビジネスマネジメント学群(15人)、健康福祉学群(若干名)の3学群で実施される。高校の授業をはじめ部活や委員会、自主活動などの課外も含め探究学習に取り組み、発表した経験があることを出願要件にしている。書類審査と面接の2段階選抜で、いずれも探究学習の内容や実績以上に、その過程における気づきや成長、大学での学びにどうつなげるかという振り返りを重視する。
「Spiral」という名称は、「課題設定」「情報収集」「整理・分析」「まとめ・発表」という探究の4段階のサイクルを回しながら上昇し、世界を広げていく螺旋型の成長イメージを表している。
「Spiral入試」を説明するうえで、同大学が取り組んできた高大接続プログラム「ディスカバ!」という前史を欠かすことはできない。
高校生を主な対象とする「ディスカバ!」は、探究活動の提供によって経験のインプットを支援する「探究プログラム」と、出願書類の書き方指導を通して経験のアウトプットを支援する「総合・推薦型入試準備セミナー」(以下、「入試準備セミナー」)で構成される。
2016年度、アウトプット支援のプログラムが先にスタート。その前年、7年ぶりに入試の現場に戻った現・入学部の高原幸治部長が、総合型選抜の出願書類に志望理由をきちんと書けない受験生が多いことに気づいたのがきっかけだ。アウトプットの力が弱いのは、そもそも経験のインプットが乏しいためだと考え、2017年度には「探究プログラム」を始めた。
当時、桜美林大学は入学定員の約3割を総合型選抜で受け入れていた。高校での経験を振り返り、大学で学びたいことを自らに問い直したうえで進学し、スタートダッシュを切れる受験生を増やすことは、自学が正面から向き合うべき課題だと考えたのだ。
「入試準備セミナー」では90分のワークショップで自己分析を行い、志望理由の材料を探して実際に作成するための第一歩を踏み出してもらう。「Spiral入試」の導入に伴い、2021年度は「探究入試対策セミナー」も実施している。
春休みと夏休みを中心に開講する「探究プログラム」は、桜美林大学の教職員がファシリテーターを務め、現場に赴いたり専門家の話を聞いたりして「課題設定」から「まとめ・発表」までの探究のサイクルを体験させる。「若者トレンド研究-次に流行る〇〇を予想しよう」「5歳児にSDGsを伝えるには?」など、高校生の興味・関心に応える多彩なテーマを設定。コロナ禍を受け、2020年度からはオンラインでの実施が中心だ。
個人で参加するプログラムには、1日で完結する初級編や1カ月かけて取り組むゼミ型がある。2020年度には、探究学習を先行実施する高校との連携による出張方式の「ディスカバ!for School」も始めた。対面とオンラインのいずれにも対応し、3~5回に分けて実施するプログラムが多い。2021年度の延べ参加者は「for school」の25校、約5000人を含む約6500人に上る。
「ディスカバ!」の統括コーディネーター・今村亮氏は「探究プログラム」と「入試準備セミナー」について、「学年も含め、参加者層が異なる」と説明する。「探究プログラム」の参加者は、総合型選抜での進学をめざす高校1、2年生が中心。低学年から受験を意識して動く学力上位層で、慶應義塾大学のSFCを第一志望とする生徒も多いという。一方、3年生対象の「入試準備セミナー」は参加者のほとんどが桜美林大学を第一志望とし、総合型選抜での合格をめざす層だ。
直近のデータでは、「探究プログラム」参加者のうち桜美林大学に出願するのは2、3割だという。このプログラムで力をつけ、上位の大学に合格する受験生も少なくない。
「探究プログラム」は学生募集戦略の一つであることはもちろんだが、より広く長期的な観点から「高校生にもう一つの居場所を提供する」という社会貢献的な側面もある。キャリア部門も経験した高原部長は「大学生や社会人にも同じことが言えるが、高校生が成長するためには、クラスや部活に加えもう一つ別のコミュニティに参加することが大切だ。今の高校にはそれを提供する余裕がないので、われわれにできることをやっている」と話す。
「探究プログラムの参加者には公立トップ校や私立進学校の生徒も多い。彼らにとって、例えば教育困難校と呼ばれるような学校の生徒と一緒に同じゴールをめざす活動は、まさに非日常の体験であり、価値観に何らかの影響を与えていると実感する」
「ディスカバ!」の活動を積み重ねてきた桜美林大学にとって、2022年度、高校の新課程実施に合わせた「Spiral入試」の導入は、必然と言える。探究学習が本格的に広がり、2025年度の新課程入試に臨むまでに、選抜方法を検証しておきたいという考えもあるようだ。
将来的には「総合型選抜における募集人員の半分をこの入試でとりたい」と言うほど、「Spiral入試」にかける期待は大きい。「大学入試に至るまで、学校段階では一貫して教科学力による選抜が中心なのに、就職試験では一転して主体性や課題解決力が問われる。社会でこうした能力を求められる以上当然であり、大学入試も高校までの教育もそこにシフトしていくべきだ」(高原部長)。
「答えのない課題に向き合い続けなければいけない」とされる時代には、社会に出るまでに探究のサイクルを数多く回した人ほど活躍のチャンスが多い-高原部長はそう考える。「高校でそのサイクルを経験した生徒を、探究そのものとも言える大学教育に受け入れて成長させることは、高大接続に加え、社会との接続という点でも理にかなっている」。
高校の探究学習に対する桜美林大学の期待は、「Spiral入試」の評価基準公表にも表れている。「高校は以前から、総合型選抜の評価基準がわからず指導が難しいと悩んでいた。そこに、探究の評価基準という新たなブラックボックスが加わったら、いよいよ混迷を極める」(高原部長)。探究という成長支援の仕組みがしっかり根付き、社会に広がってほしい。そのためには大学が高校教育の変化を肯定し、支援することが大切であり、探究の成果をオープンな基準で評価する入試が具体的な支援になると考えている。
「Spiral入試」は将来的な規模拡大を前提に、まずは小さなスタートを切った。探究学習に取り組む高校がまだ少なく、その経験者を満足させるような大学教育の受け皿も十分とは言えないからだ。初年度は「現場に赴いて課題に取り組む」という形の探究的な受け皿が、ある程度整った3学群での実施となる。
リベラルアーツ学群はサービスラーニングの必修化に加え、よりハイレベルの「探究サービスラーニング」を卒業論文や卒業研究に替えて選択履修できる。ビジネスマネジメント学群はインターンシップが必修で、学修意欲の高い学生を対象とするオナーズプログラムの新設も検討中だ。健康福祉学群は従来の資格取得を中心とした教育にとどまらず、2023年度、共生社会の実現をテーマとする3領域における6メジャー・14マイナーの教育プログラムへの再編を予定している。
今後の「Spiral入試」導入を視野に、他の学群も教育プログラムの整備を進めている。そうした中、2023年度の設置をめざして構想中の「教育探究科学群(仮称)」*は、探究学習の最大の受け皿となりそうだ。「リサーチ・スキルや論証法、分析研究などのリサーチメソッドを学術的・体系的に修得」「自己変革力を引き出すゼミ型のカリキュラムが入学直後からスタート」「あらゆる科目が学生同士で教え合い、学び合うピアラーニング」といった特徴を掲げ、探究入試はもちろん、他にもユニークな入試を検討中だという。
*「教育探究科学群(仮称)」については予定であり、変更になる場合がある。
上位大学との併願先として関心を持つ受験生が多いことを見越し、「Spiral入試」では専願/併願を選べるようにした。併願者については合格基準を高めにし、入学手続きの期限は遅めに設定している。
「最初の自己紹介で『本当は他の大学が第一志望でしたが、ここに来ました』と話す新入生が徐々に増えている」と今村氏。以前はなかった歓迎すべき併願パターンなのだろうが、総合型選抜に不本意入学者の問題はないのだろうか。
今村氏は「上位大学ほど不本意入学者が多いというデータもあり、どの大学にもいるのでそれ自体は問題ではない。入学前から入学直後にかけて、いかにしてモチベーションを上げ、『ここで頑張ろう』という気持ちにさせるかが大事」と説明。総合型選抜の入学者リストに「探究プログラム」の参加経験者を見つけたら春休みの同プログラムのスタッフに誘う、入学直後、基礎ゼミや英語などコマ数の多い授業で教員が注意深く見守り脱落を防ぐ―そういったことを心がけているという。
桜美林大学は「ディスカバ!」と「Spiral入試」の実効性を高めるため、高校教員とのコミュニケーション、相互理解に力を入れている。
神奈川県を中心とする高大連携校68校や学校推薦型選抜の指定校などを招き、十数年前から春と夏に開催してきた研修会を、2020年度から「探究×入試」の勉強会として拡充。探究学習、探究入試をそれぞれ先行導入した高校、大学による事例報告など、8回を重ねた。
新しい大学入試の事例として「Spiral入試」のほか、立命館アジア太平洋大学(APU)の「世界を変える人材育成入試」、島根大学の「へるん入試」について、各担当者が解説した。
コロナ禍でオンライン開催に切り替えると地方からの参加も増え、これまでに延べ200校700人ほどの高校教員が参加。
今村氏は「この勉強会が高大のすり合わせの場になっている」と話す。課題の立て方など、探究の進め方そのものがわからないという高校現場の声が「探究プログラム」の高校出張版につながった。「どの高校も困っているが、それでも何とか前に進めようとする学校と、わからないから蓋をしてしまおうという学校がある。われわれは前に進もうとする先生たちと手を携えてやっていきたい」(今村氏)。
桜美林大学の「ディスカバ!」と「Spiral入試」は、大学の人材育成の成果を最大化するため、高校段階まで分け入り手をかけて人材を育て、自学で受け入れるための仕組みと言ってもいいだろう。その一方で社会貢献的な色彩も強く、手をかけて成長させた結果、「上位校に進学されてしまう」現実もある。一私立大学が多大なコストをかけ、高校生の成長に関わる意義や費用対効果について、どう考えているのだろうか。
高原部長は「今の社会で、もはや一人勝ちはあり得ないでしょう。さまざまなプレイヤーがWinWinの関係をめざして一定の持ち出しを引き受けるのは当たり前」と返す。この考え方は、従来の募集広報のあり方への疑問につながるようだ。「募集が厳しくなっていく中、低学年からどう囲い込むかが大事。『うちに来て』一辺倒の囲い方では従来の客層しか集めきれず、母集団は細る一方。上位の大学をめざす受験生にとっても魅力的な大学になり、かつ存在を知ってもらわなければ」。
そして、「費用」に対する「効果」はある意味、表れ出しているのだと言う。「探究に関わる取り組みをどこよりも早く始めたおかげで注目され、今回を含めいくつかのメディアに取り上げられた。広報効果は大きい」。
「ディスカバ!」は、2024年度に参加者3万人という目標を掲げる。「その中から1割が出願してくれたらそれだけで定員を充足し、一般選抜をやる必要がなくなるかもしれない。そんな野望を抱きつつ、『儲け』のこともしっかり考えている」。高原部長は笑いながらそう話した。