2020.0129

中期計画策定のポイント① 体制、項目の基本的考え方と戦略的対応

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3行でわかるこの記事のポイント

●策定や実行の進捗管理への教員の参加が重要
●私立大学の中期計画の根幹は「建学の精神と育成する人材像」
●PDCAサイクルのCは「現場とのコミュニケーション(Communication)」のC

改正私立学校法で大学・短大を運営する学校法人に中期計画の策定が義務付けられた。各法人は同法が施行される2020年4月1日までに中期計画をつくるべく作業を進めている。初めて取り組むところも多く、策定の意義やポイント、どんな内容を盛り込むかなどで悩みがちだ。そこで、私立大学の中期計画に詳しい2人の専門家が計3回にわたって解説とアドバイスをする。初回は、学校法人二松学舎の西畑一哉常任理事(企画・財務担当)に、法改正への基本的対応、および中期計画の戦略的活用に向けたポイントを解説してもらった。

●中期計画は組織にとって「役立つ道具」

 西畑一哉常任理事は日本私立大学協会大学経理財務研究委員会内の部会で、中期計画策定に関する「一種のマニュアル」(西畑氏)の作成にかかわっている。
 同氏の話の要旨は以下の通り。

 日本私立大学協会大学経理財務研究委員会は、毎年秋に大規模な研修会を開催している。この中の班別研修会は、中期計画策定の義務化が現実的になる前の2016年から4年連続で中期計画をテーマにして開催してきた。義務付けの有無にかかわらず、学校法人にとって重要な課題だと考えたからだ。2019年は一種のマニュアル「やさしい中長期計画の作り方と活用方法」(暫定版)を作成し、研修のテキストとしても使用した。現実的な中期計画の策定と運用方法について、加盟校の研修生と議論を重ねている。
 私はその一方で、二松学舎の担当理事として自学の中期計画の運用に関わっている。水戸英則理事長のリーダシップの下、2012年に最初の中期計画「N'2020 Plan」を策定、創立140周年の2017年には「N'2030 Plan」に更新して公表した。 
 法律による義務化の是非はさておき、中期計画は組織にとって策定そのものが目的ではなく、とても「役立つ道具」であることをまず理解する必要がある。策定することによって組織全体の経営の方向性についての議論が始まって問題点が明らかになり、それを教職員が共有することに意味がある。数字で示された目標が「実現のために何をすべきか」という具体的な行動の抽出・整理にもつながる。

●「人による支配」から「ルールによる支配」への転換

 企業にとっては中期計画に基づく経営はかなり前から当たり前になっている。目先の1、2年のことだけを考えるのではなく、中期的な視点に立った経営方針と計画を示すことは、株主総会等で株主の信頼を得るうえで不可欠だ。私は日本銀行勤務時代、金融機関を検査等で訪問する前には必ず中期計画に目を通し、その内容に沿って経営者のヒアリングを実施してから議論を始めた。中期計画がないと経営トップと論点がすれ違ってしまう。
 多様なステークホルダーを抱える組織である大学も、中期計画を通してより良い教育、より良い経営をめざすビジョンを示すことによって信頼を獲得し、支援を強化してもらうという発想が求められる。
 中期計画が一旦出来上がると、経営トップであっても正当な理由と手続きなしにそれを変えることはできず、「人による支配」から「ルールによる支配」への転換が起きると言える。私立大学法人においてはガバナンスを透明化するという効果も期待できるわけだ。

●予算的裏付けのため、策定プロジェクトに財務経理部門の参加を

 中期計画にどんな内容を盛り込み、どのような体制・手順で策定するかは基本的に各大学の事情や特性に応じて個別に考えるべきことだ。私立大学の場合は国公立大学以上に「個性ある中期計画」であるべきと考えている。そのことを前提に、私自身の経験や他大学の事例も踏まえ、まず、改正私学法への対応という「ミニマムスタンダード」の考え方について述べてみたい。
 日本私立学校振興・共済事業団が2019年に実施した調査によると、全学にかかわる業務である中期計画策定を担当するのは「企画」部門が33.7%で最も多く、次いで「総務」の19.4%だった。「専門部署(プロジェクトチーム等)」も19.1%で「総務」とほぼ同じ割合だった。
 プロジェクト形式を含め、中期計画策定のための組織をつくる場合、財務経理部門からもメンバーを加えるのが望ましい。計画を「絵に描いた餅」にしないよう、予算の裏付けをとるためだ。さらに、教員の参加が重要なポイントになる。一般的に教員は法人全体の経営やビジョンに関心が薄い傾向があり、「職員だけで作った計画」だと、他人事として捉えられてしまい、実行段階での協力が得にくくなってしまう恐れがあるからだ。
 改正私学法では、中期計画の策定にあたっては評議員会の意見を聞くこととされている。実際には評議員会に加え、計画の主体となる教職員にもヒアリングを行い、その意思を反映することが欠かせない。

●「定員確保策」「財政基盤の安定化策」でステークホルダーの信頼獲得を

 中期計画に記載すべき項目として、例えば私大協会の「私立大学版ガバナンス・コード」では「教育改革の具体策と実現見通し」「経営・ガバナンス強化策」「法人・教学部門双方の積極的な情報公開」「グローバル化、ICT化策」などを例示している。これらも参考に、各大学の置かれた状況や重点課題によって柔軟に項目を決めればいい。
 そうした中でも、私立大学であれば建学の精神と育成する人材像を中期計画の根幹として最初に記載するのは自然なことだと考えられる。ただし、特に歴史のある大学の場合、一般の人が理解、共感できるよう建学の精神を現代的な文脈の中で再定義して言い替えることが大切だ。
 また、私立大学の総収入の7割を学納金が占める中、中期計画で「設置校の入学定員確保策」を示すことは、ステークホルダーの安心と信頼を得るうえで共通的に必要な観点と言えるだろう。一方、学生募集が厳しさを増す状況下、学納金頼りの経営からの脱却方策を示す「財政基盤の安定化策」も重要な項目だ。競争的補助金の獲得については、単年度では要件を満たせない募集事業等もあるので、中期計画の中に位置付けて着実に取り組む必要がある。
 認証評価にも中期計画策定の義務化が反映されることになっており、各評価機関の新たな評価項目が今春には出揃う見通しだ。認証評価に対応できる中期計画にするため、各大学は新たな評価項目を注視しておきたいところだ。評価機関に対しては、重要なポイントに絞った最小限の共通的な項目にとどめることを期待している。 

●戦略的な中期計画には幅広いヒアリング、ベンチマーク校設定が必要

 ここまで述べてきたことは「私学法改正に対応するために最低限理解しておくべきこと」だ。
一方、中期計画は単なる法令順守という次元を超えて、「大学の個性を打ち出すことによってブランド力の引き上げを図る」という戦略的な活用も可能だ。このようなより積極的な発想による中期計画策定において、参考にしてほしい観点についても述べてみたい。
 中期計画の内容を充実させるためには、理事会や評議員会、教職員に加え、在学生をはじめその保護者、卒業生、地元の自治体や産業界など、多様なステークホルダーからもヒアリングすることが望ましい。こうしたステークホルダーの声は「貴重な鏡」である。自学がどう見られ、何を期待されているのか、客観的な声を幅広く集めることによって目指すべき方向がより鮮明になるはずだ。
 また、複数のベンチマーク校(比較対象校)を設定することも推奨したい。具体的な目標がある方が計画も具体的になり、実行に向けた教職員の意欲が高まるからだ。ベンチマーク校とすべきは近隣に所在し、偏差値が自学を少し上回っているなど、マラソンに例えると「前を走る背中が見えているライバル校」だ。はるか先を走り背中が全く見えない大学をベンチマーク校にしても、「追いつき追い越そう」という意欲はわきにくい。

●年度アクションプランの総括で現場とのコミュニケーションを重視

 中期計画で掲げた目標を達成するには、年度単位で取り組むべきことにブレークダウンした年度計画(年度アクションプラン)を策定することが重要だ。年度単位の計画にすることによって、予算とのリンク付けが容易になるなど、PDCAサイクルを回しやすくなる。
 二松学舎では年度アクションプランの課単位での総括会議を6月に実施し、計画が達成できているか否かに加え、達成できなかった場合はその原因等について現場の声を丁寧に聞くようにしている。PDCAのCは一般的には「チェック」を意味するが、私はコミュニケーション(Communication)のCだと考えている。現場の声をしっかり聞いて次年度の計画に活かしていくことが、PDCAサイクルを実質的に回すポイントの一つである。
 二松学舎では中期計画やアクションプランの数値目標となるKPI(Key Performance Indicator)を33項目設定している。その達成度を一覧できるKPIダッシュボードというシステムを導入し、教職員全員が自分のパソコンから見られるようにしている。自部門の取り組みの進捗状況はもちろん、法人全体の経営状況を俯瞰的に捉えることによって経営への参画意識を高める効果が期待できる。

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●義務化はされていないが公表が望ましい

 年次アクションプランの進捗管理をする委員会等を置き、月次や四半期ごとに報告と議論の場を設けることは、中期計画を実効性あるものにするために重要だ。中期計画のPDCAサイクルを円滑に回すためにも、委員会等に学長や学部長など、教学の責任者にも加わってもらう方がいい。進捗管理の委員会の内容は定期的に理事会に報告するとともに、経営の責任の下で中期計画の実行に取り組むという位置付けが明確になるよう、項目ごとに担当理事を決めておくといいだろう。
 今回の法改正で義務化されるのは中期計画の策定であり、公表までは義務付けられない。しかし、先に述べた通り「作った以上は簡単に変えられない」という縛りをかけ、「ルールによる支配」を担保するためにも、公表するほうが望ましいと考えている。その方が、実現に向けた本気度も高まるだろう。
 二松学舎大学はもちろん、関西学院、桜美林学園などがウェブサイトで中期計画を公表しているので、内容と公表の手法を参考にしてほしい。

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