2018.0809

私大協会が地方大学振興の提言-サテライトキャンパスの対案も

この記事をシェア

  • クリップボードにコピーしました

3行でわかるこの記事のポイント

●「地方私大のことを知ってほしい」というメッセージで貫く要望をとりまとめ
●私学助成算出における「社会貢献係数」導入を提案
●私大中心の地域プラットフォーム形成も要望

政府を挙げた地方創生のかけ声の下、地方大学振興のための施策が動き出している。しかし、当事者である地方大学には「中央の発想に基づく地方創生」に違和感もあるようだ。こうした背景の下、日本私立大学協会がまとめた地方大学振興に関する提言では「東京の大学によるサテライトキャンパスの設置」への対案として、「地域の大学による『連合大学(仮称)』の設置」も盛り込まれた。とりまとめの中心となった松本大学の住吉廣行学長に、提言のねらいと概要を聞いた。

*提言全文はこちら


●政府・文科省、自治体への要望で構成

 日本私立大学協会の会員校には地方小規模大学が多い。そこで、同協会私立大学基本問題研究委員会の下に「地方創生に向けた大学のあり方検討小委員会」(委員長=松本大学の住吉廣行学長)を設け、当事者の立場からの地方大学振興策について議論した。2018年3月にまとめられ、文部科学省に提出された「成熟社会における都市と地方の調和ある発展のための私立大学の役割」(最終報告)の主な内容は以下の通り。

1.政府・文部科学省に対する要望

(1)地方私立大学政策を強化するための組織改編
  高等教育局私学部に「中小規模大学支援係(仮称)」を設置
(2)地方私立大学に配慮した大学設置基準の弾力的運用
  ①地方大学の小規模学部については、収容定員に見合った設置基準の見直しを行う。
  ②定員未充足の大学に対し一時的な「臨時収容定員減」を認める。
  ③大学が立地しない地方都市に限って、近隣の大学が定員を持ち寄り「連合大学(仮称)」を設置できるようにする。
(3)私学助成制度の見直し
  ①収容定員未充足の場合の私学助成不交付基準の撤廃
  ②一般補助の配分に「社会貢献係数(仮称)」を導入する
(4)東京の大学のサテライトキャンパス設置は慎重に
  サテライトキャンパスを設置する場合、当該地域の既存大学、自治体、産業界、市民の意向を尊重し、簡単に撤退できないルールを設ける。
(5)地域プラットフォーム形成の要件
  地域の多様な要望を反映させるべく、国公立大学との連携を必須とせず、私立大学を基幹としたプラットフォーム形成を認める。

2.都道府県(市町村)に対する要望

(1)各都道府県における「高等教育政策室(仮称)」の設置
(2)都道府県が国に私立大学助成のための予算を請求する
(3)国の地方創生関係交付金による都道府県版GP事業の実施
(4)私立大学の公立化の抑制

 この最終報告について、住吉学長に解説してもらった。

●「地方を支えているのは私立大学」との自負

 最終報告全体を通して訴えたいのは「地方私立大学のことをきちんと知ってほしい」ということだ。われわれがそれぞれの地元で何をやり、どんな状況にあるかを政府や自治体、大企業が集まる中央の産業界、そして社会がきちんと知り、正当に評価してほしいというメッセージを投げかけた。
 メディアで私立大学の定員割れの問題がクローズアップされ、経営困難校をいかにして撤退させるかが政府や産業界の関心事となっているが、そうした「問題のある私立大学」の多くは地方の小規模大学だ。定員割れや撤退に関する議論を日々耳にしながら、松本大学含め地方小規模大学は、地元の高校生を受け入れて社会にとって有用な大人に育て上げ、地元の産業界に送り出すという営みを必死になってやっている。人口流出や人手不足が深刻化し、地元の大学からの人材供給がなければ地方の産業は立ち行かないという現実がある。
 学部学生の8割が私立大学で学び、私立大学の6割が地方に立地する中、地方では国公立大学以上に私立大学が社会を支えているという自負がわれわれにはある。このような現状を正当に評価しないまま、旧態依然とした「官尊民卑」の感覚で地方創生や地方大学の振興、経営困難な私大への対応を論じても決していい方向にはならない。そうした考えが提言の土台になっている。

sumiyoshi.jpg

●「定員割れということだけで大学をひとくくりにすべきでない」

 文科省に「中小規模大学支援係(仮称)」を設置するというのも現場をきちんと理解したうえで政策を考えてほしいという問題提起であり、経済産業省に中小企業庁が置かれているのと同じ発想だ。同様に、大学設置・学校法人審議会学校法人分科会の前身である「私立大学審議会」を復活させ、当事者である私立大学関係者の委員を中心に私立大学の政策を審議・決定できるようにすること、各種審議会の委員により多くの中小規模私立大学関係者を入れることも求めている。
 都市部の大規模大学から地方の小規模大学まで一律の基準で縛る大学設置基準は現実に合っておらず、見直しが必要だ。地方大学には多分野にわたる人材を少人数ずつ供給することが求められている。従って多様な分野を小さな規模でそろえる必要があるが、それぞれの分野で設置基準が求める専任教員をそろえるのは難しく、弾力的な運用を求めたい。
 また、定員割れになった大学に改善努力の猶予を与えるため、一時的な「臨時収容定員減」を認めてほしい。これによって定員未充足による私学助成の不交付を免れ、一定の投資が可能になる。その期間に定員を戻すか恒常的な定員削減を行うか検討できる。地方においては「定員割れ=経営努力の不足」ではない。多くの大学は地道な高校訪問などで入学者を1人増やすにも汗をかいているが、それでも定員を満たせないのは東京一極集中、偏差値や設置形態重視の進路選択など、構造的な問題があるからだ。
 そこで、「収容定員未充足の場合の私学助成不交付基準の撤廃」も求めている。小規模大学にとって私学助成打ち切りは死活問題で、地域の若者の受け皿であり、地域産業への人材供給源である私立大学が一つなくなればたちまち地域の衰退につながる。それは明らかに地方創生に逆行する。
 改革を怠り定員割れを放置している大学に税金を投入しないことについてはわれわれも異論はなく、定員割れということだけで大学をひとくくりにすべきでないと言っているのだ。その観点から、私学助成の一般補助の算定指標として「社会貢献係数(仮称)」を導入することも提案している。地域の人口や年齢構成、市民・県民所得、県・市の進学率や就職率などを反映した係数を設け、定員は満たしていなくても地域に貢献している大学にはきちんと補助金を出して支えるべきではないか。

●「連合大学」は具体化できるアイデア

 内閣府の「地方大学の振興及び若者雇用等に関する有識者会議」では東京の大学が地方にサテライトキャンパスを設置することを促したが、過去の例もふまえて慎重に判断すべきだ。地域に大型スーパーが進出して小さな商店が次々になくなった後、採算割れでスーパーが撤退して住民が途方に暮れる、高等教育でそんな事態を招いてはいけない。サテライトキャンパスをつくる場合は地元の既存大学、自治体、産業界、市民の意向を十分に尊重し、簡単に撤退できないルールを設けるべきだ。
 サテライトキャンパスを要望するのは人口10万人規模の地方都市だと推測する。その規模の地域では大学経営が難しく、高等教育サービスが行き届きにくい。そこでわれわれはサテライトキャンパスへの対案として、近隣の大学が定員を持ち寄って設立する「連合大学(仮称)」制度を提案している。大学がない地方都市に限ってこれを認め、参加大学が教員も派遣する。各大学の学生は日常的には連合大学の存在する「キャンパス」で学び、連合する各大学のキャンパスで開講されている多様な授業も受講でき、学生同士の交流ができるという魅力ある内容だ。実際にある地方都市の首長が関心を示し、周辺の複数の大学も参加の意向を示すなど、具体化できるアイデアだ。

rengodaigaku.jpg

 政府は地域の国公私立大学が協力し、産官と連携するプラットフォームの形成を打ち出している。この施策では国立大学を中心にした連携が想定されていると思うが、われわれは国公立大学との連携を必須とせず、私立大学を基幹としたプラットフォーム形成も認めるべきとの考えだ。文科省の「地(知)の拠点大学による地方創生推進事業(COC+)」など、国立大学を中心にした連携事業では、取り組み内容が地域のニーズとミスマッチを起こしたり、私立大学には活動に見合ったお金が下りてこなかったりというケースを多く見聞きしている。地域と連携してさまざまな貢献をしてきた私立大学による主体的なプラットフォーム形成も認めてほしい。

●各都道府県に「高等教育政策室」設置を要望

 今回の提言では、都道府県を中心とする自治体にもいくつかの要望を掲げている。地方の私立大学は公立大学と比べて遜色ない地域貢献をしているが、自治体からの交付金・補助金は両者の間で大きな隔たりがある。これを是正し、地域の高等教育の全体的な底上げと発展を図るべきという考え方だ。
 第一に挙げたのがやはり、私立大学の現状を知ってもらうための「高等教育政策室(仮称)」の設置だ。松本大学の地元・長野県は2016年4月に「信州高等教育支援センター」を設置した。県内の大学の支援を通じた高等教育振興が目的で、センターを窓口にして私立大学に対する理解も一定程度進むはずだ。
 こうした高等教育専門の部署で施策を検討し、私立大学に対する助成を当面、公立大学の50%程度で予算化してほしい。自治体として、地域活性化のために各私立大学に取り組んでほしいことを「都道府県版GP」として事業化し、国の地方創生関連予算で実施するという提案も盛り込んだ。文科省の私立大学等改革総合支援事業では補助金を得るために多くのことに取り組む必要があるが、われわれ地方の小規模大学がそれら全てに対応するのは元々無理がある。個々の大学の役割や特色に応じた特定の課題への取り組みを評価・支援する事業があってもいい。
 自治体に対しては、私立大学の安易な公立化、さらには公立大学の新設を選択するのではなく、進学者への学費補助などを通じて既存の私立大学を有効活用する方策を考えてほしい。長野県内では県立短大の四大化、私立大学の公立化が相次いだ。これらの大学では県外からの入学者が大幅に増えた結果、地元進学を希望する県内の高校生が他県に出たり浪人したりといったことが起きていると高校の先生から聞く。この状況が地方創生にかなっているのか、考える必要がある。

●「日本社会を支えるマジョリティの育成に力を貸してほしい」

 高等教育政策に影響力を持つ文科省、各種審議会、経済団体などは、いずれも旧帝大や「ブランド私立大学」出身のエリートで構成されており、それらの大学での人材育成を中心に政策を考えるのは自然なことだ。私自身、東京大学で研究にいそしんでいた頃は、社会全体で見れば一握りの集団に過ぎない、最先端の研究をしている院生・学部生を社会が支援することを当たり前に感じていた。
 しかし、日本社会を支えるマジョリティは地方私立大学の学生であり、教職員は新たな教育手法を編み出し、それを駆使して手塩にかけて学生を育てている。人材育成と地域の発展のことを毎日考えている大学の存在を知り、力を貸してほしい。そのための一歩として、今回の提言に耳を傾けていただけるよう期待している(談)。


*関連記事はこちら

23区内での定員抑制、秋からの施行に向けて政令の検討が大詰め
経済2団体の提言に対し委員からコメント相次ぐ―将来構想部会
将来構想部会が中間まとめを検討―国立のアンブレラ方式など提言へ
改革総合支援事業で函館市、鳥取県など9つのプラットフォームを選定