臨床工学技士養成の大学・専門学校が認知度向上に向け共同の広報活動へ
学生募集・高大接続
2023.0518
学生募集・高大接続
3行でわかるこの記事のポイント
●志願者数の伸び悩みに養成機関団体が危機感
●「束」としての活動で第1志望層を拡大、共倒れ回避を図る
●研修で進研アドが学生募集広報の「ナーチャリング戦略」を提案
人工心肺装置や人工呼吸器など、生命維持管理装置の操作・保守点検を担う医療専門職「臨床工学技士」の養成機関団体が、この資格と学びに対する高校生の理解を広げようと、大学と専門学校の共同による広報活動をスタートさせる。他の医療系専門職に比べて認知度が低いという問題を解消し、入学者の安定的確保と互いの共生を図る。その第一歩として学生募集の現状と課題を共有する講演会を実施、進研アドが講師を務めた。
臨床工学技士は高度な医療機器を操作・保守点検する技術者で、1987年に国家資格として制度化された。医師・看護師ら医療技術者によるチーム医療の現場で、人工呼吸器などの操作にあたる。医師の負担軽減に向けた制度改正によって2021年からは、従来、医師が行っていた「静脈路からの薬剤投与」「内視鏡用ビデオカメラの保持・操作」といった医療行為もできるようになるなど、活躍の場が広がっている。
臨床工学技士の養成課程は医療・福祉系の大学・学部や専門学校に設けられていて、養成機関はこの10年間で大学・専門学校合わせて19校増えた。「日本臨床工学技士教育施設協議会」(以下、JAEFCE)は48大学と34の専門学校等で構成されている。
JAEFCE、および会員校の最大の課題は、臨床工学技士の認知度向上と、その養成課程を第1志望とする志願者層の拡大だ。医療系の資格の中では比較的新しいこともあり、社会における認知度はあまり高くないという。「この資格について知らない高校教員も多く、進路指導で生徒に勧めたり的確なアドバイスをしたりしてもらえないのが現状だ」。JAEFCE広報委員会の浅井孝夫委員長はそう説明。「大学、専門学校とも志願者数が伸び悩んでいる。志願者には他の医療系学部・学科との併願が多く、第1志望の志願者数も横ばいだ。小さなマーケットの中で大学と専門学校が競争する状況が常態化している」。
医療機器の高度化が進む中、臨床工学技士の数はまだ足りないという。「今後も志願者が増えなければ、現場への人材供給が滞って救えるはずの命を救えなくなる事態も想定される。もちろん、養成機関の経営的な危機感も強い」(浅井委員長)。
大学と専門学校の間でも競争がある中、これまで、両者を束ねるJAEFCEの広報委員会は学生募集の直接的な支援とは距離を置いてきた。臨床工学技士の認知拡大というミッションの下、高校生や社会一般に向けてウェブサイトで情報を発信する など、側面支援に力を入れる。
しかし、近年は「そうも言っていられない」との危機感を強めている。「医療現場に不可欠な技術者の養成機関という社会的使命を考えると、また、このまま業界全体で共倒れにならないためにも、もはや各大学、専門学校の個別の取り組みだけに委ねるわけにはいかない。会員校が『束』となって志願者確保の策を考えていく必要がある」(浅井委員長)。
JAEFCEは、募集広報の検討に向けてまずは現状を客観的に捉えようと、2023年3月の広報委員会定例会の中で、前例のない外部事業者による特別講演会を企画。講演は、入学者の学びの意欲向上という課題についても示唆を得られる内容にしたいと考えた。「年内入試による入学者の割合が増えて学力のばらつきが出る一方、一般入試では不本意入学の問題がある。教員はモチベーション向上の策を考える必要性に迫られている」(浅井委員長)。
高校の進路指導と大学、専門学校の学生募集、および教育に関する知見に基づいて募集広報と教学改革の方向性を示してもらおうと、進研アドに講師を依頼。当日は、同社の広報支援、教学支援それぞれの担当者が「育てる広報と教育」と題して話した。
進研アドによる講演の概要は以下の通り。
18歳人口の減少と大学、受験生双方の年内入試シフトによって志願者数が減少傾向にある。その中で臨床工学技士養成機関の募集広報において意識すべきことは、この分野に興味・関心を持っているターゲットにしっかり接触し、それを次のステップに「つなげる」、いわゆる「ナーチャリング戦略」によって出願率や入学率を高めることだ。
ナーチャリング戦略では、受験生の「自己理解」「学問理解」「学校理解」の3つの要素を噛み合わせる形で出願に導くことが重要だ。しかし、高校生にとって臨床工学技士は看護師などと違って身近な存在ではないため、学問理解において想起されづらい。まずはこの資格、職業に対する理解を深めておかないと、その後の学校理解につながらない。臨床工学技士の仕事内容、どんな人に向いていてどんなキャリアプランが考えられるかを丁寧に語って学問理解を促す必要がある。
高校生の進路検討過程で臨床工学技士の志望動機を育てることに加え、入学後の学びにスムーズに入っていけるよう高大接続を強化することも重要だ。
近年の大学入学者全般の問題である「年内入試による入学者の割合増大に伴う学力の多層化」に加え、医療系の学生については「学修への積極性」に関わる問題も顕在化している。
ベネッセ教育総合研究所が2021年12月に実施した「第4回大学生振り返り調査」では、医療系の学生全体で「与えられないと動けない受動派」が過半数を占めた。また、入学時点から8か月後の12月にかけて「与えられても動けない無関心派」も増加していた。
この問題を解決するには、入学前から学力の担保と合わせて学習習慣や学習意欲を育成する必要がある。その具体策として有効なのは、入学前教育を通して、基礎学力という「見える学力」、および主体的に学ぶ姿勢・習慣、モチベーションといった「見えない学力」で構成される学修リテラシーを高めることだ。
講演会後のアンケートでは、「臨床工学の学問分野にマッチしそうな生徒を初回接触時に取りこぼさずフォローすることが大事だと感じた」「自学の特徴や強みを高校生の興味・関心につながるよう発信するというナーチャリングの考え方に強く納得した」「不本意入学者が多いため、専門分野に入る前に、特に見えない学力を向上させる工夫を考えたい」といったコメントが寄せられた。
浅井委員長は「小さいマーケットだからこそ、臨床工学技士をめざす高校生を増やすために新規ターゲットを設定する必要性を理解した。各大学・専門学校が伝えたいことだけでなく、臨床工学技士の魅力をターゲット層の興味・関心に結び付けて伝えていく広報を会員校全体で行いたい。これまで別々の方向を向いていた会員校の目線をしっかり合わせることができた」と話す。JAEFCEには新しいことに挑戦しやすい風土があるという。「今後は大学、専門学校それぞれの知見を出し合いながら、先進的な取り組みをどんどんやっていきたい」。
広報委員会で志願者拡大に向けた広報戦略を考えようと呼びかけ、コアメンバーを募ったところ、大学、専門学校から20人近くが手を挙げたという。
「医療の現場で工学分野の知識を駆使するエンジニア的な存在」という他の専門職との差別化ポイントを前面に打ち出す広報によって、第1志望者を増やす方針だ。臨床工学技士の職能団体との連携を強化し、この資格・職業の魅力を伝え、高校生はもちろん高校現場、社会における認知度向上を図る。