2021.0331

志願者数大幅増の聖学院大学-入試改革と広報戦略で新たな層を開拓

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3行でわかるこの記事のポイント

●一般選抜は前年から80%増、指定校推薦など年内入試でも大きく増加
●入試科目増と併願制度の導入で国公立大学との併願層を取り込み
●LINE個別相談や高校教員向け動画で新入試を積極的に広報

3月末現在、私立大学の一般選抜志願者数は対前年指数86.8と大きく減少した(豊島継男事務所調べ)。その中で聖学院大学は、指数178.9の大幅増となった。年内入試でも志願者数が増加。その大きな要因は、新たな入学者層の獲得をめざした入試改革、そして入試の中身を教育の特色とあわせて伝える広報戦略だった。コロナ禍に対応して展開したオンラインによるコミュニケーションは、情報をより遠くまで届け、より深い理解を促す力を発揮。これらの取り組みの根幹にあるのは、小規模校ならではの強みを生かして地道に磨き続けた教育の理念だ。

*この記事では便宜上、2019年度までに実施した入試についても「一般選抜」「総合型選抜」などの新名称で統一している。
*聖学院大学の年内入試についてはこちらも参照。
*関連記事
3月初旬現在の私大志願者数は前年比86.8、後期の減少目立つ
私大の総合型選抜志願者数は減少で着地見通し―コロナが複合的に影響


●5年前の大幅な定員割れで危機感が高まる

 埼玉県上尾市にある聖学院大学は政治経済、人文、心理福祉の3つの学部に5学科を置く入学定員540人のミッション系大学だ。週刊誌による高校教員対象の調査の結果を基に、広報でいち早く「面倒見のいい大学」というコピーを打ち出したのは20年ほど前。高校訪問を通してこの特色に共感する高校と信頼関係を構築し、総合型選抜で生徒を送ってもらうという募集スタイルを定着させた。
 その後、同じような特色をアピールする大学が増え、18歳人口が減少する中で学生募集は年々厳しい状況に。2016年度の入学者が400人を割ったことで危機感はピークに達した。
 自学の価値を再確認しようと、学生を加えた学内のワークショップで議論して「面倒見の良さ」を掘り下げた結果、抽出されたのが「対話の多さ」だった。それを「一人を愛し、一人を育む。」というタグライン(普遍的な価値の定義)で表現し、広報で打ち出してきた。並行して人間福祉学部から心理福祉学部への改組(2018年度)など、教育改革を進めた。
 こうした取り組みと軌を一にして志願者数は徐々に増加、2018年度に定員充足に至った。 
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●「いい教育も、知ってもらえなければ選ばれない」

 一連の取り組みの中でも特に注目したいのが一般選抜の改革だ。
 聖学院大学は総合型選抜を中心に人物評価型の入試に力を入れてきた。こうした入試での受験に積極的な「固定客」の高校ができる一方で、一般選抜での受験が中心の高校には大学名すら知ってもらえないというジレンマもあった。「いくらいい教育をしていても、それを知ってもらえなければ選ばれることはない。聖学院大学は一般選抜にもしっかり向き合うというメッセージを打ち出し、ボリュームゾーンの高校との接点を作る必要があった」。入試・広報課の磯田和久マネージャーはこう説明する。
 文科省の入試改革にも背中を押された。多面的・総合的評価という理念は総合型選抜を重視してきた同大学の方針と合致。「タグラインの『一人を愛し、一人を育む。』の『一人』には『多様な一人ひとり』という意味が込められている。より多様な学生を受け入れるためにも、一般選抜のてこ入れは不可欠だった」(磯田氏)。
 国語・英語の2科目のみだったメーンの入試を、2020年度入試からは世界史、日本史、数学のいずれかの選択科目を加える「3科目型方式」に変更し、国公立大学と併願する層を新たなターゲットに設定。さらに、3科目のうち得点上位2科目で判定する「ベスト2科目型方式」を新設、追加の受験料なしで「3科目型方式」と同時出願できるようにした。3科目型、ベスト2科目型いずれも3学科まで出願できる「トリプル出願制度」も導入し、「1回の出願で6回のチャンス」をアピールしている。
 さらに、今回の入試からは共通テスト利用方式を導入。センター試験時代も含めて初となるこちらの決断も、より高学力の層に出願してもらうことがねらいだ。磯田氏は「記述式問題で思考力を評価することは重要だと考えているが、独自に出題、採点するにはクリアすべき課題が多い。結果的に記述式導入は見送られたが、この点でも共通テストに期待した」と説明。共通テストの利用については、2年前告知ルールに基づいて2019年の大学説明会で高校教員に発表。その後も、入試の変更点について積極的に広報してきた。

●総合型選抜では自分の内面を深く見つめさせる入試を新設

 総合型選抜も見直し、ポートフォリオと活動計画書をあわせた内容の「自己カタログ」の提出を課すことにした。今回新設した「アンバサダー入試」では、「なぜ聖学院を選んだか」「なぜこの入試なのか」とより深く自分の内面を見つめてもらうため、カスタマイズした自己カタログを使う。コロナ禍で中止されたワークショップの代わりに大学案内を読み込んで理解を深めたうえで、グループディスカッションと面接に臨んでもらう。
 他にも学力の3要素を評価する「課題解決入試」、英語が得意な受験生が対象の「英語特別入試」など、総合型選抜にも多様な入り口を設けた。

●「第一志望」「学部・学科の中身で選んだ」という志願者が増加

 一般選抜の志願者数の大幅増には併願を促す入試改革が影響しているが、実人数でも増えた。共通テスト利用方式の志願者の3分の1は学内併願していないなど、新たな層を開拓できたことは間違いない。実績ゼロの高校からの出願が増え、1校から十数人が出願するケースもあるなど、高校教員が同大学を薦めたことが推測される。
 前期日程の出願時アンケートでは、聖学院大学が第一志望だという者、「学部・学科の中身で選んだ」という回答者の割合がいずれも上昇した。「偏差値やイメージではなく、教育の中身で選ばれていることに勇気づけられる」(磯田氏)。
 総合型選抜は文科省からの通知を受けて出願開始を延期したことが影響し、志願者が減少。一方、指定校推薦は同じ高校からの複数の出願が増えて志願者数が前年の1.6倍に。その結果、年内入試全体での入学予定者が前年より大幅に増えた。
 3月初旬現在、歩留まりにも大きな不安はないようだ。政治経済学部の共通テスト利用方式では入学手続き率が想定を上回った。

●LINEでコミュニケーションを深め、キャンパス見学で出願を後押し

 新しい入試を知ってもらうために広報の強化が必須となる中でコロナ禍が長期化し、オンラインのツールやメディアを活用する広報にシフトした。
 6月には、受験生向けにLINEによる個別相談をスタート。いつでも何度でも質問でき、対面では聞きにくいことも気軽に聞けるという点で、心理的ハードルを下げる効果があった。24時間質問を受け付け、遅くとも翌日には返信する対応でコミュニケーションが活性化。高校での活動を自己カタログでどうアピールすべきかという相談を受けて入試の意図を解説したり、学問の中身について質問されたりと、やりとりの質にも手応えを感じたという。年内入試で合格が決まった後も、オンライン授業に関する質問、資格取得に向けた履修の相談など、コミュニケーションが続くケースもあるという。
 Zoomによる個別相談会では、同席した保護者が学費について熱心に質問する場面も。
 これらのオンライン相談で志望度が高まり、実際にキャンパスを見たいという声が増えだしたタイミングで、キャンパス見学会が開ける状況になった。予約が引きも切らず7、8月は日曜を除く毎日、1回10組限定、2回の開催が続いた。ここで、コアとなる志願者層を出願まで導くことができた。

●積極的な入試広報で高校教員の共感と信頼を獲得

 高校教員向けのコミュニケーションもまずオンラインで接点を広げ、対面で理解を深める流れになった。
 例年5、6月に開いている大学説明会をオンデマンドの動画配信に切り替え、1時間程度の動画を制作。関東の1都6県と志願者が多い新潟・宮城両県の全高校に郵送でURLを知らせた。コロナ禍もあって多忙な高校現場に配慮し、8月まで視聴できる設定に。これまで説明会に参加できなかった高校にも見てもらえ、変更点が多い入試について繰り返し確認できることが歓迎された。
 再開した高校訪問では、共通テストの導入や積極的な入試情報の提供、指定校推薦の枠と基準の維持について評価する声が多く聞かれた。キャンパス見学会や個別相談に参加した生徒の情報をフィードバックしたことも、生徒の動きを把握しにくい状況にあった高校から信頼を獲得し、出願の後押しにつながったようだ。

●ブランドの訴求から入試解説まで多様な動画をウェブサイトに

 オウンドメディアの充実に力を入れ、ウェブサイトには数多くの動画を上げた。「間口の広い入り口を設けて大学に興味を持ってもらう」「共感してもらう」「志望度を上げる」「どの入試で受けるか考えてもらう」という流れを念頭に動画を制作し、新入試紹介サイトやLINEの個別相談に誘った。入試直前期には出願へと背中を押すため、それまでに寄せられた質問をQ&A集にして掲載した。

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 新入試サイトには、性格診断で自分に合う入試を調べる高校生目線のコーナーも。「一人を愛し、一人を育む。」という大学の価値を伝えるブランドサイトでは、適度な距離感で教員に見守られ、仲間から刺激を受けながら自分の可能性に気づいていく学生の姿を描き、共感を誘う。


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 磯田氏は「学生募集がしっかりできてこその大学運営だという認識が学長はじめ経営層にあり、従来通りの広報予算を確保できている。ただし、費用対効果は厳しく問われるので、効果検証に基づいて内容や予算配分を継続的に見直していく」と話す。

●「多様な学生がいてこそ、聖学院ブランドが輝く」

 多様な学生を受け入れるための入試改革以降、聖学院大学の教職員は変化の兆しを感じている。SDGsの取り組みを大学に提案したり、オンラインによるボランティア活動を企画したりする学生が現れ、それに触発された別の学生が自らも主体的に動き出す、そんな好循環が生まれているという。
 「長年センター試験を導入しなかったのは、日曜日は礼拝の日というミッション系大学としてのポリシーの表明でもあった。今回の共通テスト導入については学内でもさまざまな意見があり、十分、議論したうえで決定した」。磯田氏はそう振り返る。「丁寧な対話を通して見出した魅力ある学生、最後まで頑張った勉強の成果を評価した学生、その両者がキャンパスにいてこそ聖学院ブランドは輝きを増すと、われわれは考えている」。そこに理念のブレは全くない、と自信を示す。
 量と質、両面での志願者確保の成功事例とも言える聖学院大学が今後さらに、多様な学生を求めてどんな入試や広報を打ち出すのか。そして、多様化していく学生に対する「一人を愛し、一人を育む。」教育をどう磨いていくのか、注目したい。