CBTは利点多いが日本的試験文化との調和が課題―入試センターが報告
学生募集・高大接続
2021.0301
学生募集・高大接続
3行でわかるこの記事のポイント
●IRTとのセット導入によって複数回実施、複数回受験が可能に
●膨大な数の問題ストックや不正防止策で財政負担増大は不可避
●入試の「公平性」を重視する社会で受け入れられるか、十分な検討が必要
大学入試センターは大学入学共通テストでのCBT(パソコンを用いて実施される試験)活用に関する検討状況をまとめ、文部科学省の有識者会議で報告した。IRT(項目反応理論)との組み合わせによって複数回実施が可能になるなど、紙による試験にはないメリットを説明。その一方で問題の非公表や成績表示手法の変更など、「日本的試験文化」との調和が難しい点も指摘、コストの大幅な増大とあわせ社会的な理解を得られるかが大きな課題だとした。
*入試センターの報告資料はこちら
*同日の「大学入試のあり方に関する検討会議」の資料はこちら
*記事内の図は文科省の発表資料より
CBT(Computer-based Testing)は、2014年の中央教育審議会のいわゆる高大接続答申で検討が提起された。国内外の各種試験へのCBT導入の流れや大学入試改革の議論を背景に、入試センターが共通テストへの導入の可能性について検討してきた。これまでに整理された導入のメリットや課題について、同センターの山本廣基理事長が2月17日の「大学入試のあり方に関する検討会議」(座長:三島良直東京工業大学前学長)で報告した。
入試センターはCBTとIRT(Item Response Theory=項目反応理論)のセット導入について、従来のPBT(Paper-based Testing=紙と鉛筆による試験)との比較の観点からメリットやクリアすべき課題を整理。IRTとは、難易度が管理された大量の試験問題を蓄積し、1問ごとの正誤に応じて次の出題がなされ、各設問の難易度から推定される受験者の能力値を成績として表示する方式だ。異なる試験問題に解答した受験者間でも成績を比較でき、試験の複数回実施が可能なことから、「大学受験を一発勝負にしない」「複数回の機会を与える」という入試改革の理念の下で、導入が検討されている。
山本理事長の報告概要は以下の通り。
共通テストへのCBT・IRTの導入には、PBTが抱える問題の解決につながるいくつかのメリットがある。
<CBTのメリット>
①出題・解答形式の柔軟性
・動画や音声を使った多様な方法による出題や解答
・解答だけでなく、そこに至るプロセスの情報も取得できる
②試験問題・解答の迅速・効率的な配信・回収
・問題冊子の印刷や輸送、解答の回収等が不要
・受験者数の増減や問題訂正等に迅速に対応できる
・正確で効率的な採点ができる
<IRTのメリット>
・複数の試験問題を使い複数回実施が可能
・病気等の個人的リスク、新型コロナ等の社会的リスクを軽減できる
・試験当日に発揮された力を評価するような「一発勝負」を回避できる
CBTによる共通テストは①テストセンター運営事業者が運営する既存のテストセンター(CBT試験専用の会場)での実施と、②従来通り大学等での実施-の2パターンが考えられる。前者の場合、一定の基準で統一された規格のパソコンを使用して全国で受験することが可能。
テストセンターと大学等、いずれを会場にする場合でもパソコン等のサイズやスペック、ネットワークの回線速度など、条件を統一しなければ公平性を担保できない。また、国語の問題を縦書き表示するなど科目特性に応じた機能、大問形式(一つのストーリーの下で複数の小問を組み合わせる)での出題などを可能にするため、ソフトウェアの独自開発も想定しておく必要がある。
現在の技術では端末やネットワークの不具合をゼロにはできないため、試験を最後まで受けられないような事態や解答データの消失・欠損が発生した場合の対応体制の構築も求められる。PBTでは想定されてこなかった不正を防止するため、生体認証による本人確認や監視カメラの使用など、個人情報やプライバシー保護との調整が必要な検討課題もある。
これらシステム上の課題への対応によって試験実施の費用はPBTに比べて高額になり、財政負担が増すのは必至だ。
IRT導入に向けた課題としては、次のようなことが考えられる。
試験の実施方法や受験者数によっては1科目あたり数千から数万もの問題作成が必要になり、人員・時間・経費の大幅な増大が見込まれる。試験問題は繰り返し使用するため非公開が前提で、過去問を使った指導や勉強ができなくなる。一方で、問題漏洩を完全に防ぐのは不可能なことも理解しておくべきだ。
IRTの試験では成績表示方法が従来のものと大きく変わる。各設問の配点を合算する「素点」ではなく、予備調査に基づく設問ごとの難易度から受験者の能力値を推定し、算出したスコアが成績となる。こうした手法により、出願の目安となる自己採点は困難になる。
試験の複数回実施や複数回受験の実現のためには12月以前の試験日設定など、高校教育への影響について配慮が必要な検討事項も出てくる。受験日による不公平(感)や経済格差・地域間格差を生じさせない工夫、制度設計も必要となる。
共通1次、およびセンター試験は次に挙げるような特徴を持つ試験として約40年間にわたって安定的に実施されてきた。
①年1回、同一の試験問題を使って一斉に実施される
②試験問題は実施直後に公開される
③多肢選択式の大問形式が多く、高度の認知能力を測ることができる
④正答した設問の配点を合算した「素点」によって成績が示される
これらはいわば「日本的試験文化」であり、大学入試のスタンダードとして社会に定着し、公平性担保の要件だという考え方が浸透している。このような文化の下で、CBTによる入試の大きな変化が受験生や社会に受け入れられるのか、十分できめ細かい議論が必要だろう。
大学入試、とりわけ多くの受験生が受ける共通テストでは、単なる学力試験や検定試験をはるかに超える実施水準が求められる。共通テストにCBTを導入するメリットがあるのは確かだが、その実現にはクリアすべき課題が多いことも理解しておくべきだ。
入試センターでは課題解決のための検証や具体的な実施方法・出題形式等の調査研究を続け、大規模な入学者選抜におけるCBT活用の可能性についての報告書を今年3月までにまとめる予定だ。
山本理事長の報告を受け、「大学入試のあり方に関する検討会議」の委員からは「CBTには課題も多いことがよくわかった。導入が自己目的化しないよう十分な検討が必要だ」「CBTの理念を大事にしつつ、結論を急がず慎重に検討すべき」といった意見が相次いだ。
また、「より急ぐべきは共通テストのウェブ出願化」「受験生が速やかに自分の得点がわかるよう成績開示をデジタル化してほしい」といった意見が出て、これらに賛同する声が聞かれた。