2017.1218

中小規模大学のIR事例からのヒント~「すぐできること」で着実な一歩を

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3行でわかるこの記事のポイント

●共通点は「トップの働きかけによるデータ重視文化の形成」
●Excelの活用/一元化せず都度授受等、データ管理は自学に合う方法で
●生え抜き職員/企業からの招へい等、状況に応じた担当者の人選を

IRの必要性に対する大学の認識が高まり、担当部署を設けたり担当者を置いたりという動きが広がっている。一方で、特に中小規模の大学からは「IR室等の『箱』は作ったものの、担当者に知見やスキルがあるわけでもなく何から手をつけていいかわからない」という声が多く聞かれる。そこで、中小規模大学のIRについて実地調査をした研究者に実践例の紹介と他大学が参考にできるポイントの解説をしてもらった。


●2015年度時点で3割の大学がIR部署を設置

 2018年度からの認証評価第3サイクルでは内部質保証システムの実質化が重視される。そのため、教育成果を可視化し、改善のためのPDCAサイクルを構築するIRの整備が不可欠との認識が高まっている。文科省がこのほど発表した「平成 27 年度の大学における教育内容等の改革状況によると、2015年度に全学的なIRの部署を設置していた大学は227校で全体の29.5%に上った。2011年度から171校増え、全体に占める割合は22.1ポイント上昇した。

 私立大学等改革総合支援事業に申請するために「とりあえずIR室をつくる」大学も多いが、特に中小規模の大学ではデータ処理や分析のノウハウがなく、休眠状態になっているケースもあるようだ。
 こうした状況をふまえ、中小規模の加盟校が多い日本私立大学協会が設置する私学高等教育研究所は「中小規模大学のIRに関する研究プロジェクト」(プロジェクトリーダー・山田礼子同志社大学教授)による調査・研究を行っている。高等教育が専門の立教大学大学教育開発・支援センターの堺完(さかい・おさむ)助教は、研究協力者としてプロジェクトに参加。堺助教に、2017年夏までの実地調査をふまえ、「トップの関わり方の重要性」「大学の状況・特性に応じた担当者の配置」「まずは既存のデータや仕組みを使ってできることを考える」といった視点から3大学の事例を紹介してもらった。

●A大学(学生数約2000人の地方大学)の取り組み

 数年前、経営危機の中で着任した理事長・学長がエビデンスに基づく大学運営への転換の必要性を認識。2014年度、教育改革推進のためのシステム作りを対象とする文部科学省の補助事業に選定され、理事長直下にIR室を新設した。学生募集と中退防止を目的にデータ分析に取り組んだ。専従で配置された若手職員はIR関係のセミナーや講演で他大学の取り組みについて情報収集し、自学の方向性を検討した。
 並行して各部署が収集・管理している教学関連データの内容や形式をヒアリングし、データマップを作成。現在は各データを統合してExcelで管理している。中退者の出席状況や成績の変動、入学時の志望度などを他の学生と比較し、どの時期からの欠席増加が退学リスクにつながるかといった分析をしている。その結果をもとに、正課外での仲間づくりを支援する活動などが実施された。
 2016年度からは執行部と学部長が参加する月1回のIR会議で分析結果を報告。しかし、その内容を現場の教員に降ろして対策を考えたり、横の連携をとったりする動きは学部や部署ごとで温度差が大きかった。そこで、2017年度からは教務、入試、学生などの各委員会の委員長も会議のメンバーに加えて連携強化を図っている。一方で、現場レベルでのIR浸透を目的に、主要部署の中堅・若手職員による「教学改善IRチーム」を発足させ、教学関係の課題の整理や分析に有効なデータの洗い出しをしている。 

参考にすべきポイント>堺助教のコメント
 大学存続の危機感から「これまで通りのやり方ではまずい」という認識とIRの必然性が学内で共有されていた点が大きい。IR担当者に抜擢されたのはA大学卒業生の生え抜き職員で、データ処理のスキルもさることながら、自学の文化を熟知し、各部署に働きかけやすい点が重視されたと推測できる。IR会議のメンバーを2年目すぐに広げたり、現場の職員によるIRチームも設けて取り組みを重層化したりと、状況を見極めながらスピーディかつ柔軟に対応している。
 小規模大学にとって高額のデータベースシステムの導入は予算と運用の両面でハードルが高く、Excelで十分なケースも多い。学内に埋もれているデータを使ってできることから始め、成果を一つずつ生み出していくことが大事だ。 

●B大学(学生数約3000人の地方単科大学)の取り組み

 民間企業出身の理事長が2000年代半ば、認証評価への対応方針を検討するためにアメリカのアクレディテーション機関等を視察。データに基づく意思決定の重要性を痛感し、第一段階として認証評価担当部門がデータ整備に力を入れ始めた。これまでは認証評価対応と中期経営計画策定におけるデータ活用が中心で、学科改組のための環境分析にも使っている。
 2017年、やはり民間企業から経営戦略立案部門の管理職経験者を担当者として迎えてIR室を設置。解決すべき課題の洗い出し、データベース構築によるデータの一元化、外部データの収集など、本格的な教学IRの体制整備を進めている。教員が記入する担当科目の振り返りをデータ化し、カリキュラムや授業の改善に生かすことなどが検討されている。

参考にすべきポイント>堺助教のコメント
 各部署に対するデータの提供依頼など、学内の根回しが重要な業務となるIR担当者に、大学という組織に不慣れな企業出身者を据えるのは一般的にはリスクが大きい。B大学の場合、見識あるトップが10年間かけてデータ重視の文化を根付かせたうえで担当者を迎えたため、学内でスムーズに受け入れられた。単科大学なので縦割りの弊害に阻まれて業務が滞ることもないようだ。

●C大学(東日本にある学生数約3000人の大学)の取り組み

 金融機関出身の理事長の下、格付け取得の取り組みを通してデータに基づく計画策定と進捗管理が法人本部で定着した。教職員アンケートで現場の課題を吸い上げ、中長期計画や年次計画に反映している。
 2016年にIR室を設置、教学IRにも着手した。管理職と実務担当職員を1人ずつ置き、自己点検・評価の委員会や学長による教学改善の意思決定をサポートする情報提供、政策提案を担っている。
 データの集約・一元化は行わず、従来通り各部署で管理。必要なデータはIR室がその都度、担当部署に提供を依頼して入手するが、データの縄張り意識はなくスムーズに受け渡しされるという。学修成果や満足度、学生生活等を把握する調査を学内で実施し、一部の項目については大学IRコンソーシアムで一般公開されている結果と比較し、自学の強みとして募集広報ツールでアピールしている。分析結果を学内メールで定期的に発信するなど、データを内外のコミュニケーションに積極的に活用している。

参考にすべきポイント>堺助教のコメント
 理事長の強力なリーダーシップと教職員アンケートに基づく年次計画策定など、トップダウンとボトムアップのバランスがIRの推進にも発揮されている。
 IRにおいて各部署のデータの一元化は不可欠というわけではない。そこに時間と労力がかかるなら、スムーズに提供し合う仕組みを作って実質的な共有・活用ができるようにすればいい。

●まとめ>堺助教のコメント

 組織や財務の基盤が弱い中小規模大学の場合、まずは何のためにIR活動を行うのか、できる限り目的を明確にすることが重要だ。次に学内既存のデータや仕組みを使って具体的に何ができるか考え、誰もがわかりやすい形でエビデンスを示し、企画や政策の策定、意思決定を支える「成果」を生み出すことが大事ではないだろうか。手持ちの資産を生かして「自学の姿を正確に捉える」という着実な一歩を踏み出すことを勧めたい。
 他大学との比較など、より精緻な分析を行うには当然、学内データや公開データだけでは限界があるので、足りない部分については大学IRコンソーシアムといった中間組織や民間のサービスを活用することも有益ではないか。
 3つのポリシーに基づく教育成果の可視化が求められる中、中小規模大学の特徴に合う学生をどう受け入れ、教育を行い、学位を授与して社会に出すか。学生が置かれている状況と4年間の成長プロセスを調査を通じて継続的に把握し、改善に結びつける必要がある。
 いずれにしてもIRは、小さな「成果」を積み重ねていくことによってその有用性を学内に浸透させ、協力を得やすい雰囲気をつくっていくことが重要で、結局はそれがIRを定着させる近道と言えるのではないか。


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