2020.0219

中期計画策定のポイント③ SWOT分析による内外の環境把握

この記事をシェア

  • クリップボードにコピーしました

3行でわかるこの記事のポイント

●中期計画に具体的な根拠を与え、「絵に描いた餅」を回避
●組織の強みと弱み、外部環境の機会と脅威の掛け合わせで戦略を選定
●「機会」×「強み」を中心にした検討でポジティブなアイデアを

改正私立学校法で大学・短大を運営する学校法人に義務付けられた中期計画の策定について解説するシリーズの最終回は、前回に続き日本私立学校振興・共済事業団(私学事業団)私学経営情報センターの野田文克次長に話を聞いた。テーマは、SWOT分析による戦略決定の具体的な進め方。中期計画策定プロセスの要となる組織の現状分析と外部環境分析を行い、最優先の戦略を導き出すための具体的な手法を解説してもらった。

*「中期計画策定のポイント① 体制、項目の基本的考え方と戦略的対応」はこちら
*「中期計画策定のポイント② 経営理念を起点とした策定ステップ」はこちら


●「脅威」と「弱み」の掛け合わせについては縮小・撤退の検討も必要

 以下は、野田次長による解説の要旨。

 SWOT分析とは、マーケティングにおける意思決定とリソース配分の最適化を図るための分析手法の一つ。「自社の資産やブランド力、価格や品質といった内部環境」と「競合や市場トレンド、経済情勢等の外部環境」のそれぞれをプラス面とマイナス面に分けて整理・分析することによって最適な戦略を導き出すというものだ。
 われわれ私学経営情報センターが改革に取り組もうとする学校法人に勧めているこの手法は、中期計画の策定にも有効だと思う。
 下図はSWOT分析の一般的なフレームだ。各法人の内部環境(「強み=Strength」と「弱み=Weakness」)、および外部環境(「機会=Opportunity」と「脅威=Threat」)をマトリックスにし、これら2×2を掛け合わせた4つの各領域で取り得る戦略を整理する。

swotryoiki.png

 「機会」と「強み」の掛け合わせとして導き出される戦略(積極的攻勢)こそが、積極的な投資によって取り組むべき部分だ。逆に「脅威」と「弱み」の掛け合わせ(専守防衛または撤退)は、経営状態をふまえた縮小・撤退も視野に入れた検討が必要となる。

●将来像を描く体験が教職員のモチベーションを高める

 SWOT分析のメリットは次のようなことである。
①中期計画の具体的な根拠になる。
 内外の環境分析に基づく戦略立案によって、中期計画にありがちな「絵に描いた餅」を回避できる。
②戦略の合理性を確認できる。
 組織にとって都合の良い条件だけでなく脅威・弱みの分析も行うため、思いつきや思い込みによる戦略になりにくい。
③組織として進むべき方向性が明確になる。
 「何に特化すべきか」「どう差別化するか」という重点実施項目を決められる。
④戦略の優先順位が明確になる
 複数の戦略から優先順位を決めるための手法であり、経営資源の分散を防ぐことができる。
⑤新しいビジョンが生まれ、将来へのモチベーションが高まる。
 将来像を描く体験を通して教職員の納得度が高まり、ビジョン達成に向けた意識を共有できる。
⑥経営者(後継者)教育、SDの絶好の機会となる。
 参加者が本音で議論する過程で組織の現実が認識され、危機感を創出できる。

●「機会」の抽出に最大の時間とエネルギーを投入

 SWOT分析ではまず、「強み」と「弱み」、「機会」と「脅威」の4つの象限を埋めていく作業からスタートする。しかし、初めての大学にとってはなかなか難しく、ありきたりなことしか書けず、具体的な戦略も思いつけないということになりがちだ。
 4つの象限それぞれについて、抽出するうえでのポイントを以下に説明する。

「機会」抽出のポイント 
 SWOT分析の肝は「機会」であり、その抽出に最も多くの時間とエネルギーをかけるべきだ。「経済の好調」「受験生の安全志向」など、業界の常識やマクロ環境の羅列にとどまって自学にとっての具体的な機会を抽出できなければ、表面的な分析に終わってしまう。「機会」とは「小さな可能性」「潜在的可能性」「角度を変えてみた場合の新たな可能性」と捉えるといいだろう。このような発想が比較的得意な若手の教職員、卒業生などを検討メンバーに加えると、議論の活性化が期待できる。

「脅威」抽出のポイント
 単なる「学齢人口の減少」などではなく、どの地域、あるいはどの時期にどんな要因でどの程度減少するかといった数値も含めて具体的に抽出することが大事だ。
脅威の裏には機会が隠れていることがある。マイナス面ばかりを注視するのではなく、角度を変えて見ることによって何らかの可能性を引き出そうという意識を持つようにしたい。
 例えば、大学改革の成功事例とされる共愛学園前橋国際大学の場合、地方大学である自学にとって社会のグローバル化は脅威と見なすこともできただろうが、「グローバル」を地域密着という自学の強みと結び付けて独自のグローバルの形をつくり出した。それが「地域に愛される大学、地域のためのグローカル大学」という特色になったことは、特に地方の大学にとって参考になるはずだ。
 「脅威」について長々と議論することによって、SWOT分析全体が「外部環境がここまで厳しい以上、打開は難しい」というネガティブな方向に進まないよう注意が必要だ。

「強み」抽出のポイント
 「良い点」と「強み」を混同しないよう注意してほしい。例えば「教職員の数が多い」は学生サービスが行き届くという意味で「良い点」には違いないが、人件費負担が経営を圧迫しているのであれば、それはむしろ「弱み」になってしまう。
 「強み」とは競合校と比較した場合の相対的なもの(差別化)であり、今後も継続的に維持できるものを抽出すべきだ。その意味で、例えば経営資源だと捉えている歴史や伝統は、ステークホルダーに評価され、学生募集等に結び付かなければ「強み」とは言えない。

「弱み」抽出のポイント
 「強み」と同様、「弱み」も「悪い点」と混同しないよう注意が必要だ。大規模大学、有力大学と比較して劣っている点でもない。「機会」(ステークホルダーのニーズや市場の変化)に対応するうえでネックになる組織の問題に絞り込んで考えてほしい。
 長々と議論して「弱み」をあげつらうことによって、SWOT分析全体が「改革できない理由」の正当化に陥らないよう注意が必要だ。

 以上のポイントに留意して内部環境(「強み」と「弱み」)、外部環境(「機会」と「脅威」)の4つの象限を埋めたら、それぞれを掛け合わせた視点で取り得る戦略を考え、記入していく。この時、「機会」×「強み」を中心に考えることが重要で、その方がポジティブな議論になってアイデアも出やすい。

●戦略目標を具体的な数値目標、行動計画に展開

 学校法人によるSWOT分析の具体例を下に示す。

gutairei.png

 この例では、「機会」の「面倒見の良さに対する注目度アップ」、弱みの「工学部の志願者減少」など、自学の将来像につながるものを抽出できている。そのうえで、最も重要な「機会」×「強み」では、「経済学系統が再び注目されつつある」という「機会」と「経済学部は地域の評価を獲得」という「強み」を掛け合わせて導き出した「経済学部を看板学部として、大学のブランド力向上に活用」という戦略に最優先で取り組むことになる。
 前回説明した通りこの次のステップとして、この戦略目標の下で数値目標を設定し、具体的な行動計画に落とし込む必要がある。SWOT分析から数値目標、行動計画への展開例を下表で示す。

sashikae.png

 多くの大学がこれまで「中期計画」と呼んできたものには、この表の「戦略目標」のレベルまでしか書かれていないものが見受けられたが、本来はこのように具体的な行動計画まで記載する必要がある。
例えば、「経常収入の増加」という戦略目標を掲げるだけでは「絵にかいた餅」で、具体的な成果は期待できない。これを「経常収支比率を○○%に」という数値目標にブレークダウンすることによって教職員が難易度をイメージでき、「補助金の増加、寄付金募集の強化」という行動計画に落とし込んで自部門が具体的に何をすればいいか認識できるようになる。
 この先では、前回説明した通り、戦略目標から展開される数値目標と行動計画まで含めて組織内での浸透・共有を図り、PDCAサイクルを回すことになる。

●財の自立を果たし、独立の気概を持つための中期計画に

 中期計画の策定を含め、国から大学に対してさまざまな要請が次々に降りてくるようになった。短期的な成果を求められるもの多く、大学は息をつくひまもない。しかし、やらされ感だけで対応するのでは、疲弊するばかりで何も実を結ばない。
 私立大学は建学の精神を拠り所にして、あらゆることに主体的に取り組むほうが得策だ。合理的根拠に基づく戦略によって財の自立を果たし、胸を張って自分たちのやりたいことをやるという独立の気概を持つことが大事であり、それを実現するための中期計画策定に取り組むべきだろう。

  nodasan.png