2017.0411

「地方大学振興」有識者会議で座長が「東京での新増設抑制を」との私案

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3行でわかるこの記事のポイント

●座長私案では「地方大学の経営悪化等の現況を踏まえた対応が必要」と指摘
●出席者の間には「議論の軸足は新増設抑制から雇用創出へ」との受け止め方も
●文科省の有識者会議では新増設抑制、定員維持に反対意見が相次いだ

内閣官房が所管する「地方大学の振興及び若者雇用等に関する有識者会議」で、坂根正弘座長(コマツ相談役)が東京での学部・学科新増設の抑制が必要とする私案を示した。「大学の自律的な経営を縛る新増設抑制ではなく、地方における産業振興と雇用創出のための産学官連携へと議論の軸足が移りつつある」(会議出席者)との認識もある中での座長私案を受け、5月のとりまとめがどう着地するのか、注目される。
*座長私案はこちら
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/sousei/meeting/daigaku_yuushikishakaigi/h29-04-03-siryou6.pdf
*「地方大学の振興及び若者雇用等に関する有識者会議」事務局の資料はこちら
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/sousei/meeting/daigaku_yuushikishakaigi/h29-04-03.html
*「地方大学の振興及び若者雇用等に関する有識者会議」に関する記事はこちら
/univ/2017/02/chihososei.html
/univ/2017/03/chihososei02-03.html


●サテライトキャンパス設置には地方大学から異論

 「地方大学の振興及び若者雇用等に関する有識者会議」の4回目の会合が4月3日に開かれた。そこで示された坂根座長の私案では、「18歳人口が減少する中、学生の過度の東京圏への集中、地方大学の経営悪化等の現況を踏まえた対応(例えば学部・学科の新増設の抑制)が必要」とされた。
 増田寛也座長代理(東京大学公共政策大学院客員教授)も、この日提出した意見書の中で、東京 23 区の大学生が増加傾向にあり、都内の大学の進学者収容力が約 200%と突出していることを指摘し、「23 区においては、原則として大学の定員増を認めないこととすべき。総定員の範囲内で対応するのであれば、既存の学部の改廃等により、社会のニーズに応じて新たな学部・学科を新設することができる」と提案した。
 5月のとりまとめに向け、座長と座長代理がそろって東京の大学の拡大を規制する姿勢を打ち出したわけだが、会議としての見解がこの方向に収れんしつつあるというわけではなさそう。委員は、自治体首長や企業トップ、大学関係者など13人。地方の衰退に対する危機感から、「地方私立大学はそれなりに人を集めないと健全な経営や良い教育ができない。これまで以上に東京23区の入学定員の増加や大学の新増設は避けるべき」との意見が当初からある一方、私立大学の経営の自由を縛るべきではないとの反対論も強い。「私立大学にとって定員増は学費収入の増加につながる経営努力そのものであり、その手段を奪うべきではない」といった主張だ。
 出席者によると、回を重ねる中で「東京での新増設抑制が必ずしも地方大学の活性化にはつながらない」「地方からの若者の流出は就職による割合も大きく、産学官連携による雇用創出こそが本質的な課題」との認識が委員の間に広がりつつあるという。首長を中心とする「地方に東京圏の大学のサテライトキャンパス設置を」との要望に対しても、むしろ地元の大学から学生を奪うことにつながりかねないとの慎重論が出て、黒田壽二金沢工業大学総長も反対の立場を明確にしている。

●「定員増は経営強化策」「拡大ありきの改革は疑問」という見解の違いも

 一方、3月末に開かれた文部科学省の「私立大学等の振興に関する検討会議」と中央教育審議会大学分科会では、東京での新増設抑制に対して懐疑的な見解が相次いだ。
 「私立大学等の振興に関する検討会議」では次のような意見が聞かれた。
・私立大学にとって定員を増やして改革に突き進むことはリスクを伴うが、それを規制されると改革の動きが止まってしまう。大学の定員規制や地方に若者をとどめることが地方創生につながるというのは原点が違うのではないか(日高義博学校法人専修大学理事長)
・この議論は、社会のニーズに合わせて新しい分野を作っていくという大学改革に逆行している。短期的な定員管理ではなく、大学改革を長期的に後押しする制度が必要(坂東眞理子学校法人昭和女子大学理事長)
・大学をハコものとして捉え、そこにヒトがついてくるという古い国土計画の発想から抜けきれていない。地方行政は大学を地域づくりのパートナーとして、ヒトづくりの観点から施策を考えるべき(清水潔明治大学特任教授)
 一方で 西井泰彦私学高等教育研究所主幹は、「定員超過を前提に経営してきた大規模私大が、今後も規模を拡大しないと改革できないと主張することには疑問を感じる」と一石を投じた。大規模大学の教育環境の問題、学費収入依存型の経営の問題を指摘し、「もはや拡大ではなくスリム化が求められるという時代認識の下、教育の質向上こそを考えるべきだ」と主張した。
 中教審大学分科会でも、「地方創生イコール地方の高等教育支援ではない。雇用の問題と合わせて考えるべき」(小林雅之東京大学大学総合教育研究センター教授)、「関西では進学よりも就職の時に東京に出る若者が多く、地方でも同様ではないか。地方活性化のためには大学よりも産業の仕組みを議論すべき」(村田治関西学院大学学長)、「工場等制限法の時には、地方よりむしろ大都市の中間学力層、中間所得層から規制地域の大学への進学が減った。このことから考えても東京での規制は地方からの流出抑制にはつながらない」(金子元久筑波大学特命教授)といった声が次々にあがった。
 高等教育関係の有識者の間から異論が相次ぎ、「地方大学の振興及び若者雇用等に関する有識者会議」自体の出席者からも「トーンダウンしつつある」と見られていた東京での新増設抑制案。実際の制度化については文科省内でも困難視する向きが強いが、政治的課題である地方創生の枠組みの中に位置付けられているため、今後の展開は見通しにくい。座長私案を受け、議論の巻き直しが図られるのか注目される。
 同会議は残すところ4月18日(予定)と5月中旬の2回で、そこでとりまとめに向けた最終調整がなされる。