2016.0728

入学前から始まる中退予防 〜入学前教育を活用した施策のポイント

入学前教育・初年次教育

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3行でわかるこの記事のポイント

●中退を防ぐには入学前からの対策が望ましい
●入学前教育の課題提出率や調査への回答で予兆を把握
●スクーリングで要ケアの入学予定者を捉えて情報共有

中退予防は多くの大学にとって大きな関心事となっている。中退率が高ければ学生納付金が減って経営基盤を揺るがす。さらに、大学の評判が低下して志願者が減り、志望度の低い学生を受け入れた結果、さらに中退者が増えるという悪循環にも陥りかねない。そんな問題意識の下、中退予防の具体策を模索する大学が増えている。そこで、入学前教育の支援を通してこの課題に取り組んでいる進研アド高大接続部の土井啓明部長が、大学の実践例をふまえた施策のポイントを解説する。


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●ある大学では1年次4月~6月に中退を考え始めた学生が最多

 近年、大学から「留年や休学、中退する学生が増えている。効果的な対策はないか」という相談が増えている。対策に乗り出す大学もあるが、思うようには成果が上がらないようだ。
 まず、中退リスクの高い学生をいかに見つけるかが重要だが、「初年次ゼミの2コマ以上の無断欠席」「5月の連休明けの不登校」「7月の前期試験での成績不良」など、ほとんどは入学直後から夏休みにかけての出席状況や成績によって予兆をキャッチしようとしている。残念ながら、それでは間に合わない。
 ある大学が、中退者を対象に「中退を考え始めた時期」を調査したところ、1年次の4、5、6月と答えた学生が圧倒的に多く、その後徐々に減っていったというデータがある。これは1大学の例だが、中退問題に悩む大学の多くが同様の傾向を肌感覚で捉えているのではないか。つまり、大学が学生を注意深く観察しだす頃、その一部はすでに中退のことを考えているわけだ。この問題に真剣に取り組むなら、入学前からの予防的アプローチが不可欠となる。

●奨学金利用の有無をリスク指標に加える大学も

 実際、入学前教育の受講情報を活用してハイリスクの入学予定者の把握を試みる大学もある。2つの私立大学での抽出方法を紹介する。
 A大学は、①全5回の課題の提出状況、②課題の平均点、③アンケートでの入学満足度についての回答、④アンケートでの入学後の目標についての回答の4つに着目。リスク度が最大レベル/その次のレベルとして、①〜④で以下のような基準を設定している。①は全回未提出/3回以上未提出、②は40点以下/60〜41点、③は「やむをえず進学を決めた」と記入、または未記入/「やや不満だが進学を決めた」と記入/④は未記入/「特になし」と記入、またはそれに準じる内容を記入。

 B大学では、入学前教育の課題提出率と期限内提出率に加え、入試区分、奨学金利用の有無、入学動機などによって中退リスクを判断している。経済的事情は中退の重要な因子となり、奨学金を受けてまで学ぶ学生はそうでない学生に比べて、大学への失望が中退に直結しやすいという経験知に基づき、奨学金受給状況を指標として取り入れている。

●在学生がファシリテーターとして意欲を喚起

 次に、入学前教育をより直接的な中退予防の施策として活用している私立大学の事例を紹介したい。
 C大学(入学定員400人)は、相対的に中退リスクが高いAO入試入学者と指定校推薦入学者を対象に、12月にスクーリングを実施する。主なプログラムは次の通り。①自分の個性を伝える名刺を作成して自己紹介する、②在学生がファシリテーターとして入学予定者のインタビューに答えながら、大学生活の過ごし方について助言して不安を解消したり、学びへの興味・関心を喚起したりする、③ワークシートを活用しながら大学での目標を考える、④目標を実現するための具体的な計画を考え、チャンレンジシートに記入する。
 ②ではファシリテーターの在学生がケアを要する入学予定者を把握し、③④でも入学に対してネガティブな意識を持っていたり全く記入できなかったりした者を担当者が把握して、いずれも各学部の教員に報告。情報を共有し、入学直後から各学部の基礎ゼミで重点的にケアする。
 さらに、3月には入学予定者全員を対象とするスクーリングも実施。ロールモデルを見つけるワークを設け、「4年間の自分づくりアクションシート&To do 10リスト」の作成と発表、意見交換もする。ここでもケアが必要な入学予定者の情報を教員に報告することになっている。
 在学生のファシリテーターは、入学予定者のロールモデルとして重要な役割を果たす。学生生活に対する不安や疑問に対して適切な助言や励ましができるよう、また、仲間づくりの支援ができるよう、事前に2種類の研修を受けたうえでスクーリングに臨んでいる。

 D大学(入学定員400人)でも、入学前教育のスクーリングで学習意欲を喚起するプログラムを実施。さらに、入学予定者の学習習慣や生活、意識を把握するためのアンケートも行う。それを基礎データとして参照しながら、入学後に教員が全入学者と面談する。そこで中退リスクが高いと判断された学生とは定期的に面談し、必要に応じて家庭訪問もするという。

 入学前教育の活用ではないが、中退原因の把握と水際での防止、さらに中退後の支援までも視野に入れ、手続きのプロセスを見直したE大学(入学定員2800人)の事例にも触れておきたい。
 同大学では2014年度まで、留年や休学、中退の届け出を機械的に受理し、その後で必要に応じて教員が面談するだけだった。しかし、それでは書類上の形式的な理由しかわからず、その背後にある本質的な問題を把握して防止策を講じることはできない。そこで、2015年度からは、中退等について口頭での申し出があったら、まず年齢が近い20代の職員、さらに他の職員も面談をして事情に耳を傾け、説得を試みる。中退の届け出に至った場合にも教員が面談して、同様のケースを繰り返さないために教学上の課題を探る。続いてキャリアアドバイザーが本人、およびその保護者と面談。中退後の進路について聞いたうえで、恒常的な非正規雇用に陥らないためにどうすべきか助言する。中退後も、大学側が半年後、さらに必要に応じて1年後、3年後と継続的に接触して状況の把握と助言をすることになっている。

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●入学前教育では専門分野と社会との関係を考えさせる課題を

 ここまで紹介してきた事例をふまえ、中退予防として効果的な入学前教育のポイントを整理する。

①大学での学びと社会とのつながりを考えさせる課題を出し、学習習慣の定着度を含めきちんと評価まで行う。 
 入学前教育で高校の教科学力を補うような課題を出す大学も多いが、それでは大学での学びに対する期待を高め、意欲を喚起するのは難しい。入学後の専門分野に応じた内容を設定し、その分野と社会とのつながりを考えさせることこそ重要だ。それによって、高校までの受験対策的な学習から社会に出る準備としての学びへと転換させ、意欲を高めることができる。社会で必要とされる力を起点に高校・大学の教育を考えるという文科省発の高大接続の方向性とも合致すると言えよう。

②スクーリングによって入学に対する不安を払拭し、不本意入学者の意識をポジティブなものに転換する。
 不本意入学者をゼロにすることは難しいが、適切な働きかけによって意識や姿勢を変えることはできる。入学前教育を「早期合格決定者を遊ばせないために課題を出す」という次元にとどめるのではなく、より積極的なアプローチで文字通り「教育」の機会にすることが重要だ。スクーリングでは在学生の活用がカギとなる。

③大学での目的意識や学びに対する意欲を把握するために入学前の調査を実施する。
 受講状況や調査結果を基礎データとして活用しながら、入学後、継続的にフォロー、ケアする教職チームの確立も不可欠である。ケアに関する研修の機会も定期的に設ける必要がある。

 前述のE大学のように、中退者を出すことの社会的責任を重く受け止め、真摯な姿勢で対策とケアに乗り出す大学もある。中退予防への取り組みは大学の財政的な課題であると同時に、教育の責任を果たすという意味でも今後、社会からの注目を集めるようになるだろう。「中退予防は入学前から始まる」という認識を持って具体的な策を講じることが求められているのだ。