2015.0925

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3行でわかるこの記事のポイント

地方小規模大学のV字回復、その舞台裏に迫る

■後編――「この2年間が正念場、改革の手は緩めない」

恒常的な定員割れから、3年連続の学生募集の回復で2015年度、定員をほぼ充足した梅光学院大学。前編では、高校訪問をはじめとする募集広報の強化に加え、抜本的な組織改革に着手したことを紹介した。後編では、新たな体制の下で進められている教学改革、学生支援強化の中身に迫る。

前編はこちら

●教学改革――たこつぼ化を脱すべく、2学部を統合

 2015年度の改組で、国際言語文化学部を文学部に統合して人文学科1学科のみとし、以前の学科の専門分野を5つの専攻として設置。「入学直後からの専門たこつぼ化」(只木徹統轄本部長)を脱すべく、共通の教養基礎(梅光コモンズ)、共通専門 (言語運用・文化理解)、専攻ごとの専門 というカリキュラム編成にした。只木本部長は「高等教育がユニバーサル化し、専門を深く極めるということは今や本学のような大学には求められていない。学内のリソースを使って幅広い学びを提供することが大事」と解説する。

梅光学院(後編)改組の図.jpg

 学部の統合は経営的判断でもあった。3学部4学科の設置基準を満たす教員を抱え続けるのは厳しいと考え、当初は子ども学部の統合も視野に入れたが、文部科学省から「小学校教員養成課程がある学部は他の学部と一緒にすべきではない」との指導を受け、断念した。

 カリキュラムも抜本的に見直し、内容が重複するものの統合などによって科目を減らした。教員も学生も、授業以外の多様な活動をする余裕を生み出すねらいもあった。

 改組・カリキュラム改革と並ぶ教学改革のもう一つの柱が、「他者との出会いを促進し、刺激を与えること」だという。その一環として、留学制度の充実を図った。英語コミュニケーション専攻と国際ビジネスコミュニケーション専攻の学生全員が参加するオーストラリアへの語学留学(1か月)、その修了者からの選抜によるアメリカ等の大学との交換留学(1年弱)に加え、語学レッスンとボランティア体験を盛り込んだ全学部学科の希望者が全員参加できるフィリピンセブ島への留学(1か月)も新設。奨学金などで費用を抑え、広くチャンスを提供している。

 「本学には、自信がなく、意欲の乏しい学生も多い。非日常体験を通した刺激や新たな出会いによって、自分ももっと成長したいという飢餓感、渇望感を与え、生き方を変えてしまいたい」と只木本部長。

 良い教育、手厚い学生支援をするために教員に切磋琢磨してもらおうと、2015年度から教員評価を始めた。前年度の職員評価制度導入に続くもので、学部長が各教員と面談し、担当科目ごとに目標を3つずつ出してもらい、それぞれの評価指標(学修成果)も確認し合う。さらに、教員ごとに、学生募集やキャリア支援等の学内業務への貢献度を、これらを所管する部署の職員が評価するしくみも導入。次年度からは、これらの総合的評価を給与に反映する予定だ。

●キャリア支援――「学内ダブルスクール化」を謳う教員採用試験対策講座

 自分たちに知見やノウハウがない部分は、その分野で実績を上げている大学やキーパーソンを訪ねるなどして助言を求めるフットワークの軽さが、樋口紀子学長・只木本部長コンビの真骨頂といえる。樋口学長は「以前は大学から旅費が出ず、自分で車を運転して他大学の視察に出かけることも多かったが、改革のための予算が確保できるようになって出張しやすくなった」と笑う。

 卒業生の就職状況が学生募集に直に影響を及ぼすと見定め、重要課題の一つに位置付けているキャリア支援についても、先駆者に学ぶ方式を採った。

 2014年夏、就職支援で実績を上げているある地方大学の就職センター長を学内講演の講師に招き、懇談の席で自学の実情を説明。強い危機感を抱く2人のトップに共感したそのセンター長は、梅光学院大学のキャリア教育プログラムに対して詳細なアドバイスをした。これを採用する形で、年度途中にシラバスを書きかえるほどの大改訂がなされた。

 「他大学のノウハウが自学にそのまま通用するわけでないことは、われわれもよく承知している」と樋口学長。助言者の大学では就職内定者が下級生を支援するピアサポートがプログラムの要になっているが、梅光学院ではサポートを担える学生はまだ少ない。そこで、まずはその育成に力を入れることを考えている。

 2015年度にはキャリア支援センター教職指導室が、教員志望の学生を対象とする教員採用試験対策プログラム「教員の星」をスタート。専門学校と提携し、「学内ダブルスクール化」を実施している。受講料を低額に抑え、一定の成績を修めた学生は無料にするなど、モチベーション向上に努める。

 さらに、航空会社傘下のエアラインスクールと提携してキャビンアテンダント等を育成する学内プログラムもスタートさせた。

●財政の建て直しと投資――「痛みを分かち合う支出削減」と「必要な部分への投資」

 改革にはお金がかかる。必要なところに必要な投資をすべきであり、そのために徹底的に無駄を削り、さらに全員で痛みを分かち合う部分も出てくる――。執行部は、このような考えを学内のさまざまな場で繰り返し説明し、激しい反発にさらされながらも、この考えの下で改革を進めてきた。

 2013年度、初年度納付金を従来の120万3000円から99万8000円に値下げ。「100万を切る」というインパクトで、近隣私立大学の中での安さをアピールしている。これも、やはり学生募集がV字回復した九州のミッション系私立大学に成功要因をヒアリングしたうえで、決断したものだ。

 他にも、前述の低額に抑えた留学制度の導入、多数の幹部職員の採用、改革先進校に学ぶためのトップ自らの全国行脚など、「かけるべきところにお金をかける」方針を徹底。広報予算についても、費用対効果をデータで検証した結果、テレビCFを始める一方で新聞やタウン誌の広告費を大幅に削った。

 一方で、2015年度の教職員のボーナスを一律にカット。退職金の支給基準も「企業等の一般的なもの」(樋口学長)に見直した。

●ガバナンスの強化――改革派の理事長を招く

 改革2年目の2013年度には、法人トップに強力な人材を迎えた。京都大学、立命館アジア太平洋大学で副学長等の要職を務めた本間政雄氏だ。あるセミナーで講演を聞き、共感した只木本部長が樋口学長と共に、面識のなかった本間氏を訪問。理事長就任の要請になかなか首を縦に振らない同氏を、「あなたはしょせん、旧帝大や有名私大の系列校など、恵まれた環境の中で成果を挙げてきたに過ぎない。最も苦しい小さな私大でなければ、本当の意味で大学改革を成し遂げたとは言えないのではないか」と挑発し、口説いたのだという。

 只木本部長は、本間氏について次のように語る。「高等教育行政に精通し、幅広い人脈を持つ点が強み。しかし、それ以上に、私たちがやりたいと考えていることに賛同してくれることが大切。舵取りが難しい大学では、それこそこが最大の支援であり、理事会を動かしてくれることがありがたい」。自分と本間氏との間には意見の相違もないわけではない、それでも、舵を切る大きな方向性が一致していることが重要なのだ、とも。

 なお、学長は投票ではなく理事会の推薦で選出するよう規定を改正し、樋口学長は2015年度から2期目を務めている。

●学内の変化、そして、これから――教学改革による成果創出をめざす

 学外から次々に幹部、管理職を迎えて組織が大きく変わり、業務の中身、やり方が変わり、学生が増え始めた梅光学院大学。急激な改革は、学内の雰囲気をどう変えつつあるのか。只木本部長はこう説明する。「キャンパスに学生が増え、新入生支援をはじめとする学生間のピアサポート、教職員の勉強会など、さまざまな活動が本格化しつつあり、目に見えて活気が出てきた。新しいことを始めようとするたび、異を唱える教職員は相変わらずいるが、これまでの改革の成果が形になって表れている以上、声高な批判はしにくい雰囲気がある」。

 樋口学長と只木本部長は、2015年度からの2年ほどが改革の正念場だと口をそろえる。「これまでの学生募集の回復は広報の効果に過ぎない。改革の本丸である教学改革はまだ緒に就いたところであり、出口の実績につながっているわけでもない。教育の中身の魅力を高め、それを就職実績で実証していかなければ、せっかく本学に期待し始めてくれた高校が再び離れていくし、学内の守旧派が息を吹き返しかねない。手を緩めることなく改革を進め、それをしっかり広報するという両輪を回していく」。

 法人全体の教学を束ねる只木統轄本部長にとっては、附属中高の改革も待ったなしだ。採算ラインを大きく割り込むほどの定員割れからいかに脱するか。こちらも、教育の中身と手法の見直しを巡る白熱した議論が、連日、繰り広げられている。学生・生徒・園児の総数約1400人、教職員総数約140人という小さな学校法人の中で、附属校の経営安定化が、まだまだ投資が必要な大学改革の成否にも大きな影響を及ぼす。

 眠りから覚めた地方小規模大学。その本気度がいよいよ試されようとしている。